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リクルートホールディングス(以下、リクルート)と聞いて、みなさんは何を連想しますか?
就職活動でおなじみの「リクナビ」、旅行・宿泊予約の「じゃらん」、飲食店やヘアサロンの予約を行う「ホットペッパー」、不動産に関するポータルサイトの「suumo」、ブライダル関連の「ゼクシィ」などなど、読者のみなさんもどれか一つぐらいは利用経験があるのではないでしょうか。最近では、受験勉強などの学習サービス「スタディサプリ」も有名ですね。
そのリクルートが、先ごろ発表した2022年3月期の決算において、前年比27%増で過去最高となる2.87兆円の売上収益を計上しました。親会社の所有者に帰属する当期利益(以下、当期利益)は前年比125%増の2968億円と、こちらも過去最高の水準です。
では上記に挙げたリクルートのサービスのうち、過去最高となった2022年3月期の売上と利益に最も貢献したものはどれだと思いますか?
実は上記のいずれでもありません。現在のリクルートを牽引しているのは、「HRテクノロジー事業」と呼ばれる部門なのです。
「リクナビ」や「ホットペッパー」など私たちにも身近なサービスと比べると、「HRテクノロジー事業」にはあまりなじみがないという方も多いかもしれません。いったいどのような事業で、リクルートを牽引するほどの強さの秘密はどこにあるのでしょうか?
そこで今回は前後編の2回にわたり、過去最高の決算となったリクルートの最新のビジネスモデルについて、会計とファイナンスの観点から考察していきます。
ユーザーと企業を結びつけるリクルートのリボンモデル
まずはリクルートの業績を概観しておきましょう。
図表1は、直近5期分の売上収益と当期利益の推移です。売上収益の成長もさることながら、当期利益の成長率は前年比125%と、まさに驚異的な水準です。
これほどの成長を実現できた要因を詳しく見るために、今度はセグメント別に見ていきましょう。
リクルートは現在、「人材派遣事業」「メディア&ソリューション事業」「HRテクノロジー事業」の3つの事業を柱としています。
「人材派遣業」はリクルートが昔から得意としている人材派遣の事業です。
「メディア&ソリューション事業」は、国内の住宅、美容、結婚、旅⾏、飲⾷などの分野で顧客企業の集客、顧客管理や販売促進等を行っている事業です。最近では「Airペイ」や「Airレジ」といった決済や注文管理の支援にも力を入れています。
これら2つの事業は、言ってみれば従来のリクルートが得意としてきた事業体です。
では3つ目の「HRテクノロジー事業」とは何かというと、これは求人プラットフォームの運営や人材ビジネスに関するソリューション提供などを行っている事業です。HRテクノロジー事業を構成するのは、後述する「Indeed」と「Glassdoor」という2つのオンラインプラットフォームです。
多様な事業を行っている現在のリクルートのエコシステムを表現したものが以下の図表2です。
一見バラバラな事業をたくさんやっているように見えるリクルートですが、実はそのビジネスモデルには一貫性があります。それが、リクルートが「リボンモデル」と呼ぶ、次のようなビジネスモデルです(図表3)。
リクルートのホームページには次のように書かれています。
就職・進学・住宅・ヘアサロン・レストランなど、必要な情報を求める個人ユーザーと企業クライアントが出会う場を作り出し、より多くの最適なマッチングを実現することにより双方の満足を追求すること。これが、リクルートグループが創業より大切にしビジネスのエンジンとして活用してきたビジネスモデルです。このマッチングの仕組みをリボン結びの形になぞらえて図式化し「リボンモデル」と呼ぶようになりました。
個人ユーザーと企業をつなぐシーンはそれぞれ違っても、ユーザーの関心や困り事を解決できる企業とマッチングし、お互いがWin-Winになれる関係性を取り持つ仕組みを提供する。それが、リクルートが目指してきた立ち位置です。
人材派遣にせよホットペッパーにせよIndeedにせよ、リクルートが抱えるサービスはいずれもこのリボンモデルにきれいに当てはまることがお分かりいただけると思います。
圧倒的収益力を誇るリクルートのHRテクノロジー事業
HRテクノロジー事業の収益は4年で4倍
以上の点を踏まえて、リクルートのセグメント別の収益を見ていきましょう。
前述のとおり、過去最高の収益を牽引したのはHRテクノロジー事業です。2018年3月期には2185億円だった収益が、2022年3月期には8614億円と4倍近くに伸びています。
一方、人材派遣事業とメディア&ソリューション事業の直近の収益は、2018年3月期と比較するとそれぞれ6%の増加(1兆2988億円→1兆3784億円)、3%の減少(6799億円→6586億円)と小幅の変化です。
美容、結婚、旅⾏、飲⾷等を扱うメディア&ソリューション事業はコロナの影響を受けたものの、HRテクノロジー事業が大きく成長したことで、全体として見れば過去最高の収益を達成できた格好です。
際立つHRのテクノロジー事業のキャッシュ創出力
セグメント別収益とあわせて、リクルートがKPIにしている「調整後EBITDA」の数字も見ておきましょう。
調整後EBITDAとは、次の式で計算される値です。
調整後EBITDAでは、キャッシュアウトを伴わない減価償却費が営業利益に足し戻されるため、事業が生み出している本質的なキャッシュを把握することができます。リクルートが調整後EBITDAをKPIにしている理由はおそらく、後編で詳述するようにM&Aを通じて多額の無形資産を有しており、これら無形資産にかかる償却費が大きいからでしょう。
図表5は、セグメント別に見た調整後EBITDAの推移です。先ほど見たように、収益全体に占めるHRテクノロジー事業の割合は30%ですが、調整後EBITDAで見ると、HRテクノロジー事業の割合はなんと60%にのぼります。これはつまり、HRテクノロジー事業は他の2事業よりもキャッシュ創出力が高いということです。
このことはEBITDAマージンで見るとより顕著です。EBITDAマージンとは、売上に対してどのくらいのキャッシュフローを生み出せるかを示す指標で、以下の式で計算されます。
要するに、EBITDAマージンが高いほど収益性が高いことを意味するということですね。ではリクルートの3つの事業のEBITDAマージンはそれぞれどのくらいかというと——。
(出所)リクルート有価証券報告書および決算短信より筆者作成。
図表6のとおり、HRテクノロジー事業のEBITDAマージンは34%と、他の2つを圧倒しています。
このようにいまや売上収益8000億円を叩き出すまでになったHRテクノロジー事業ですが、リクルートが2012年にIndeedを買収した当時、Indeedの売上高は60〜70億円と、今と比べればささやかなものでした。
それがこの10年でなぜこれほどまでに成長できたのでしょうか?
後編では、HRテクノロジー事業の強さの秘密を分析するとともに、強さを誇るリクルートに死角はないのかという点についても精査していくことにします。
※後編はこちら
(執筆協力・伊藤達也、連載ロゴデザイン・星野美緒、編集・常盤亜由子)
村上 茂久:株式会社ファインディールズ代表取締役、GOB Incubation Partners株式会社CFO。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。経済学研究科の大学院(修士課程)を修了後、金融機関でストラクチャードファイナンス業務を中心に、証券化、不動産投資、不良債権投資、プロジェクトファイナンス、ファンド投資業務等に従事する。2018年9月よりGOB Incubation Partners株式会社のCFOとして新規事業の開発及び起業の支援等を実施。加えて、複数のスタートアップ企業等の財務や法務等の支援も手掛ける。2021年1月に財務コンサルティング等を行う株式会社ファインディールズを創業。新著に『決算書ナゾトキトレーニング』(PHP研究所)がある。