『シン・ウルトラマン』で監督を務めた樋口真嗣氏。スピンオフ作品にあたる『シン・ウルトラファイト』では監修も務める。
撮影:伊藤圭
樋口真嗣監督・庵野秀明脚本による大ヒット上映中の『シン・ウルトラマン』。
従来のウルトラマン映画の常識を塗り替え、興行収入は6月27日時点の発表で40億円を突破した。
シン・ウルトラマンは、シン・ゴジラでタッグを組んだ樋口真嗣氏と庵野秀明氏が、再び製作をともにしたことで注目された作品だ。
ウルトラマンや怪獣(劇中では禍威獣と表現される)を当時の雰囲気を残したリアルな3DCGで描きつつ、現代的に解釈した新時代のウルトラマン映画として高い注目を集めている。
実は、3DCGの映像表現を最大限生かしたスピンオフ作品「シン・ウルトラファイト」の公開がはじまっており、SNSを中心に熱狂的なファンの間で話題になっている。
スピンオフ『シン・ウルトラファイト』より。映画にはなかったまったく新しいシーンが作られている。
©2022「シン・ウルトラマン」製作委員会 ©円谷プロ
3DCGとゲームにも使われるゲームエンジン技術を組み合わせた、現代ならではのアプローチを樋口監督ほか各話監督陣に取材した。
樋口真嗣(制作No.1、2、3、8):1965年生まれ。東京都出身。高校卒業後、『ゴジラ』(1984年)で特殊造形に関わったことがきっかけで映画業界に入る。その後、庵野秀明氏らが設立したガイナックスに参加。2005年に『ローレライ』で監督デビュー。以降、『日本沈没』(2006年)、『のぼうの城』(12年)など複数の話題作で監督を務め、『シン・ゴジラ』(2016年)では日本アカデミー賞最優秀監督賞を受賞。
中川和博(制作No.4):1986年奈良県生まれ。映像監督。主な監督作に『ゴジラ対エヴァンゲリオンTHE REAL4D』(USJアトラクション)、『ゴジラVSヘドラ』、『ウルトラマンデッカー』、WOWOWオリジナルドラマ『ダブル』など。
中山権正(制作No.5):1973年生まれ、鹿児島県出身、日活芸術学院卒。樋口真嗣監督に師事し、『日本沈没』(2006)以降の全ての劇場公開作品で監督助手・助監督を務める。
※本記事では一部ネタバレを含みます
『シン・ウルトラファイト』とは何か
シン・ウルトラファイトのタイトル。
©2022「シン・ウルトラマン」製作委員会 ©円谷プロ
「シン・ウルトラファイト」とは、円谷作品の動画サブスクリプション「円谷イマジネーション(TSUBURAYA IMAGINATION)」で視聴できる、オリジナル作品だ。
元ネタにあたる『ウルトラファイト』とは、そもそも「『ウルトラセブン』(1967年放映)と『帰ってきたウルトラマン』(1971年放映)の間に放送された異色のショートムービー」(円谷イマジネーションのナレーションより)だった。
もう少し踏み込んで言えば、『ウルトラセブン』の後に放映された作品の視聴率不振などに端を発する会社の低迷、そして日本特撮の始祖・円谷英二の急逝といったピンチの中で、円谷英二の長男、円谷一(はじめ)が企画した低予算の5分番組だった。
『ウルトラマン』と『ウルトラセブン』のフィルムから戦闘シーンを抜き出した「抜き焼き」のほか、怪獣のキャラクタースーツを活用して新規映像を撮影し、最終的に190本以上の作品が作られた。まさに当時の時代背景だからできた伝説的な番組と言える。
この現代版とも言えるのが、シン・ウルトラファイトだ。
©2022「シン・ウルトラマン」製作委員会 ©円谷プロ
本来、キャラクタースーツの活用によって低予算を実現した番組だったが、現代版の『シン・ウルトラファイト』としてよみがえらせるには大きなハードルがある。
『シン・ウルトラマン』はフルCGであり、実質上キャラクタースーツは一切存在しないからだ。その問題の解決に、ゲームの開発に使われるゲームエンジン(Unreal Engine、アンリアルエンジン※)が使われた。登場する禍威獣、外星人は、基本的に劇中と同じ3Dモデルだ。
Unreal Engineとは:Epic Games社が開発したゲームエンジンのこと。ゲームを作るために必要な、映像表現・音声再生などの機能をまとめ、ゲーム開発を効率化できる。
制作の現場を樋口監督らは次のように語った。
『シン・ウルトラファイト』は全10話構成になる
──『シン・ウルトラファイト』がすごい反響ですね。一部にはサービスしすぎとか、やりたい放題だとかという感想もみられますが、最終的に全部で何話あるんですか?
撮影:伊藤圭
樋口「最初は5話くらいでっていう話だったんですが、何だかやっているうちに時間的に収まらなくなって増えてしまって……」
担当P「最終的には10話になりました。『シン・ウルトラマン』本編の映像を使った「抜き焼編」が3本ありまして、そのほかに「新撮影編」が7本で、合計10本ということになります」
Unreal Engineで禍威獣をゴリゴリ動かす
左から、監修を務めた樋口真嗣監督、中川和博監督、中山権正監督。
撮影:伊藤圭
『シン・ウルトラファイト』は、全編がフルCGでつくられている。その「作り方」は非常に現代的で、劇中の3Dモデルをそのまま使っていることが特徴だ。
── シン・ウルトラマンの劇中にはなかった禍威獣や外星人のアクションを創り出すために、ゲームエンジン(UnrealEngine)で作るというのはどこから着想されたんですか?
担当P「限られた予算の中で、出来る限りレンダリングやコンポジットなどの技術的な部分ではなく、演出そのものに予算をかけられるかということで、ゲームエンジンを採用したいと考え、ゲームエンジンが得意なスタジオブロスさんに相談させて頂きました。」
樋口「ブロスさんがUnreal Engineを日本で一番使える人たちだということで」
── 6月6日配信の『シン・ウルトラファイト』「閃光の無観客試合」では、ウルトラマンとにせウルトラマンが、劇中にはないシーンで戦います。少しネタバレすると、プロレスのリングですよね。
このリングが置かれた岩場というのは、どこか実在の場所を3Dスキャンしたんですか?
シン・ウルトラファイト TI版2 / 「閃光の無観客試合」(制作No.5)より。ウルトラマンとにせウルトラマンが劇中にはなかったリングで戦っている。背景の岩場は特撮作品におなじみの風景のように見えるが……。
©2022「シン・ウルトラマン」製作委員会 ©円谷プロ
樋口「フフフフフフ」
中川「これスキャンしてないんですよね。採石場みたいなところに、戦える平地があって、段差があるっていうイメージボード(世界観を共有するためのスケッチ)を描いて、CGで作ってもらいました。各話ごとに撮影のアングルを変えることで、違う場所のようにギリギリ見えるみたいな。
背景ステージ的には2つまでっていう約束だったんですよ。この採石場みたいなやつと、もうひとつーー言っていいんでしたっけ?」
樋口「うん」
中川「もうひとつは「海岸」なんですよ」
樋口「『ウルトラファイト』といえば、海岸」
オリジナルの『ウルトラファイト』でも、特に後半に入ってから多用されるのが採石場跡地のようなロケ地と、海岸で撮影が行われた。ファンに評価の高い第195話「激闘!三里の浜」では、エレキングとバルタン星人などの怪獣と宇宙人が刀に見立てた得物を持ってウルトラセブンとチャンバラを演じるという名場面がある。
記事公開時点ではまだ公開されていないが、今作『シン・ウルトラファイト』にもそうした海岸シーンが登場するということなのだろう。
6月6日配信の『シン・ウルトラファイト』の「閃光の無観客試合」の監督をつとめた中山権正氏。リングで戦うウルトラマンのキレの良い動きの理由をきくと、モーションアクターは「実は名前は出せないんですけど、本職のプロレスラーの方たち」(中山監督)だという。
撮影:伊藤圭
中山「僕としては、ステージに凝りたい部分があって。こっちにカメラを向けた時には僕の都合にしてもらって、他の監督には他の方向を使ってもらうというやり方で、ステージ全体を作ってもらいました。採石場を三方向で使えるようにして……」
中川「本当に岩舟(※)みたいな使い方ですよね」
樋口「(CGだから)オリジナルで何でも作れるはずなのに、作ったら岩舟に近づいてしまったという……(笑)」
※注:栃木県栃木市岩舟には、特撮の聖地と言われる採石場跡地がある
「まるで人が入っているような動き」はどのように作られたか?
── まるでキャラクタースーツの中に人が入っているような動きが本作のCGの特徴です。これは一体どうやって作ったんでしょうか?
樋口「それはもう、モーションキャプチャーですよ」
モーションキャプチャーをしている様子。「閃光の無観客試合」の終盤にはまさにこの動きのシーンがある。
©2022「シン・ウルトラマン」製作委員会 ©円谷プロ
記録されたモーションアクターの動きを3D空間上のCGの動きに置き換え、チェックしている様子。最終的な本番映像として出力すると『シン・ウルトラファイト』ができあがる。
©2022「シン・ウルトラマン」製作委員会 ©円谷プロ
── やっぱり「一発撮り」みたいな形で撮影しているんですか?
中川「最大5人で同時にキャプチャーできるスタジオがあって、基本的にはNGなしというルールで短時間に収録しています」
── いわゆる、台本はあるんでしょうか?
中川「台本、ないですよね?」
樋口「台本とかあると台本に引きずられちゃったり、形骸化するので、そこを破壊するのが『ウルトラファイト』なので」
中山「僕の担当した回だと、(ウルトラマンによる)プロレスっていう流れがあるじゃないですか。だけど練習しちゃうと、明らかに予定調和になってしまう。『ウルトラファイト』って明らかにその場で即興でやってるよね、と。だからなるべく即興の良さが生きるように演出してます。できるだけ練習しないで、間違ったところも、それが『ウルトラファイト』だろうと」
── とはいえ、オリジナルの『ウルトラファイト』に比べると、かなり手間がかかっているように見えます。実際どのくらいの期間で作るのでしょうか。
撮影:伊藤圭
中山「撮影自体は本当に短いですよね」
樋口「キャプチャーの収録は2日間で全話撮ってるので、実質、1話2時間半くらいですね」
中川「基本的にNGなし。撮ったら絶対それで行く」
中山「CGがめり込んじゃったりした時だけは取り直しOKだけど・・・」
樋口「演出的にはNGなしで行くという(笑)」
この作品は、技術的な取り直しはあっても演出的にはNGなしという、かなり大胆な作り方をしている。
『ウルトラファイト』という、低予算番組のフォーマットが下地にあるからこそ可能な、ある意味で乱暴な、それ故に魅力ある演出につながっている。
禍威獣「ネロンガ」(左)と「ガボラ」(中央)と対峙するウルトラマンのシーン。
©2022「シン・ウルトラマン」製作委員会 ©円谷プロ
モーションキャプチャーのスタジオでは、実際には、このような形で収録している。
©2022「シン・ウルトラマン」製作委員会 ©円谷プロ
── これ(『シン・ウルトラファイト SP3』)が最初に出た時はかなり話題になりました。
樋口「こう見えて意外とすごいのが、(3DCGなのにオブジェクト同士の)めり込みとか全部ないところ。普通に(何も考えずに)作ったら、モデルの関係性が破綻するものなんです。CGアニメーションが上手い下手とかじゃない、地道な(仕上げ)プロセスがブロスさんの方できちっとできてる。特に「尻尾」の表現ですよね」
中山「モーションキャプチャーするときに、尻尾にマーカーがないんで動かせないですよ、と言われていたんです。けれど、実際仕上がったら、ちゃんと動かしてくれていた」
担当P「ブロスの皆さん、ウルトラマン大好きだったみたいなんですよね」
中山「何がいいって、尻尾に意志がない。勝手に動かずに、まさにキャラクタースーツにそのままくっついているだけの動き。うまくやってくれていますよね」」
樋口「キャプチャーの時の現場のやつに比べたら全然もう、尻尾の動きがよくなってるわけですよ」
制作プロセス短縮としてのゲームエンジンとバーチャルカメラ
── こうしたUnreal Engineの活用は、これからの映像制作にどんな影響を与えそうですか。
中山「モーションキャプチャーとバーチャルカメラの作業は、それぞれ2時間ずつくらいで終わるので凄く早い。けれども、キャプチャーとバーチャルカメラの『間』(の処理)が長いんですよ」
樋口「相当待ったよね。どうしても手作業でデータのクリーニングをしなければならないから」
担当P「データのクリーニングに1カ月はかかりました」
樋口「そこはいずれAIとかがなんとかしてくれるといいんですけどね」
中川「Unreal Engineに入った後は、バーチャルカメラで撮った素材を編集して終わりですから、最後は早いですね」
「Unreal EngineでCG映画のスピンオフをつくる」ことの可能性
『シン・ウルトラファイト』は背景だけ見たら、ほぼ実写と区別つかない、というところには、可能性を感じる。
Unreal Engine 5のデモとして制作された映画『マトリックス』の一場面も、ほとんど実写映画と区別のつかないリアルなものだった。
マトリックス最新作公開時には、「The Matrix Awakens: An Unreal Engine 5 Experience」(以下UE5版マトリックス)という無料のデモアプリが話題になった。
PS5からのスクリーンショット
これまで、ゲームのコンピュータグラフィックスというのは「できるだけ写実的(フォトリアリスティック)に」ということを目指して改良が重ねられてきた。そのために数々の手法が発明され、グラフィックス専用ハードウェアとアルゴリズムが互いに刺激を与えながら共進化することで発達してきた。
その中でも、Unreal Engineによる背景の表現は、ひとつの到達点と言える。
もともと、Unreal Engingではサンプルのプロジェクトとして、実際の地形を3Dスキャンした背景ステージが用意されているが、本作『シン・ウルトラファイト』ではあえてそうした“ありもの”を使わず、イメージボードから直接モデリングしたステージを使った。
完全に「嘘の」作り込みでありながら、これほどの岩石表現が、しかもゲームエンジンであるためリアルタイムにできるようになった。
理屈の上では、『シン・ウルトラファイト』と同じレベルの画質で、まさに『ウルトラファイト』を戦うゲームのようなものも技術的には作れるということになる(実際、『シン・ウルトラマン』本編のような映画用のレンダリングには、1カットの出力に何時間から何十時間もかかることもある)。
現在の映画における特撮シーンはほとんどがフルCGで撮られている。こういう映画が増えている中で、これだけの絵がリアルタイムに動かせるというのはスピンオフやゲーム化など、表現の幅を大きく広げるに違いない。
(後編 「山寺宏一さんの実況、『シン・ウルトラマン』とは別の可能性を追求」に続く)
(文・清水亮)
清水亮:1976年長岡生まれ。幼少期にプログラミングに目覚め、高校生からテクニカルライターとして活動、全国誌に連載を持つ。米大手IT企業で上級エンジニア経験を経て1998年に黎明期の株式会社ドワンゴに参画。以後、モバイルゲーム開発者として複数のヒット作を手がける。2003年に独立して以降19年間に渡り、5社のIT企業の創立と経営に関わる。2018年より東京大学で客員研究員として人工知能を研究。主な著書に『よくわかる人工知能』など