産直EC「食べチョク」を運営するビビッドガーデンの秋元里奈代表。コロナ禍で急成長を遂げたものの、「まだまだ足りない」と先を見据えている。
撮影:伊藤圭
毎日欠かさず着ている「食べチョク」のロゴ入りTシャツに、耳に揺れる野菜のイヤリング——。
産直EC「食べチョク」を運営するビビッドガーデン・秋元里奈代表のトレードマークだ。
ビビッドガーデンは6月中旬、シリーズCラウンドで13億円の資金調達を発表。コロナ禍で急伸した「食べチョク」の成長をさらに加速させようとしている。
2021年の段階で(1年間の)流通金額が「数十億円規模」となり、コロナ禍の2年間で128倍の成長を遂げた食べチョク。一次産業に携わるサービスとして、その存在感はもはや無視できない規模になりつつある。
急拡大を遂げることになったコロナ禍での2年間と、これからのビビッドガーデンの行き先を、秋元さんに聞いた。
コロナ禍で躍進も「まだこれから」、上場は「良いタイミングで」
6月中旬、浜松町に構えるビビッドガーデンのオフィスで取材に応じる秋元さん。耳には焼きアスパラのイヤリングが揺れていた。
撮影:伊藤圭
「(コロナ禍での)最初の1年は生産者さんからSOSが上がってきている状態で、本当に『緊急事態』という感じでした。後半の1年は、生産者さんも適応してきていたので、会社の認知の広がりもあって『事業として、組織として強くなっていこう』ということを意識していました」
取材の冒頭、秋元さんはコロナ禍での2年間をこう振り返った。
「食べチョク」は、全国の一次産業の農家・水産事業者から消費者が直接野菜や水産物を購入できる「産直EC」サービスだ。2020年、飲食店の営業が軒並み停止せざるをえなくなったことを背景に、農家や水産事業者は大きな打撃を受けた。
「当時は、月間の流通金額が今の10分の1程度だったので、生産者さんからSOSがきても、全てを助けることはできないと思いました。だから、『いま、頼ってくれている生産者さんが1年後も生産を続けていられるように』と、自分たちのできる範囲で送料の一部負担するなどのサポートをしていたんです」
緊急事態宣言はおろか、WHOからパンデミックの宣言も出ていなかった2020年3月初旬だった。
「『生産者さんから直接買えば応援になるんだ』という発見をした方々がたくさん共有してくださって、広がっていきました」
その後、食べチョクは劇的に広まり、2020年3月〜5月で流通金額は35倍に成長。2020年11月〜2021年10月の流通金額は、2018年〜2019年の同期間と比較して128倍にまで成長した。サイト上に出品されている品目数も、約4万5000点と膨大だ。
ただ、現状に満足している様子はない。
「生鮮食品ECでいうと、生協が数兆円規模、オイシックスグループも売り上げは1000億円規模です。そう考えると、まだまだこれからというところです」
実は、2020年春に実施したBusiness Insider Japanのインタビューの中で、秋元さんは2023年の上場(IPO)を目指すと語っていた。あれから2年、上場に対する考え方をあらためて尋ねると、時期を明言することはできないとしながらも、IPOを目指していることや、それがあくまでも通過点の一つであるという考え方は変わっていないと語った。
ただ、「上場に対するイメージは変わってきました」とも言う。
「IPOをする時って、めちゃくちゃ社会に貢献できているイメージだったんです。ただやっぱり、どの規模になってもまだまだJA(農業協働組合)さんの規模からすると、めちゃくちゃ小さいんですよね。そういう規模だと、まだまだ社会に対する貢献度は大きくないのだろうと思っています」
「私たちが持続可能でなければ、裏切ってしまう」
撮影:伊藤圭
「まだまだこれから」とは言うものの、コロナ禍から社会が元に戻り始めている現状で、食べチョクの勢いにかげりはみられないのか。
確かに食べチョクは、コロナ禍でブーム的に売上が伸びた。ただ「それを差し引いても事業として成長していると評価されているのではないか」と秋元さんは自信を語る。
コロナ禍では「在宅需要」によって生鮮食品EC業界全体で購入頻度が増加していたという。
「私たちの場合も、購入頻度がすごく上がっていました。ただやっぱり『これはずっと続かない』と(業界の中では)言われていました。だから、『今はこの金額が出ているけど、実力値はこれぐらいかな』という見方をしていました」
その中でポイントになったのは、「コロナ後もちゃんと買い続けてくれる人」をユーザーとして抱えられているかどうかだ。
「無理やり『今だけ自炊してます』みたいな人を取りにいかない。もともとお料理が好きで、コロナ禍でその頻度が増えたという方なら、コロナの流行が落ち着いた後も頻度は下がるかもしれませんが利用し続けてくれるんじゃないかなと」
この2年、食べチョクへの注目度が増していく中であっても、例えば「長期ユーザーになりにくい層に、クーポンを配布して売上を伸ばす」という短期的に数字が伸びそうな手法を取らなかったのはそのためだ。
「持続可能というのはすごく大きなテーマなんです。もちろん生産者さんもそうですし、私たちが持続可能でないと、結局は頼ってくれている生産者さんを裏切ってしまうことになるので」
コロナ禍でピンチに陥った生産者をサポートしたいという気持ちを抱えながらも、「そこ(支援と成長)の両立は創業時から意識をしていました」と秋元さんは語る。
実際、外出自粛が解除されて以降、食べチョクでも購入頻度こそ多少下がってはいるというが、利用ユーザー数や継続率といった数字には大きな離脱はないという。
「新規生産者が月に300軒ずつ増加」で見えてきた次のフェーズ
ビビッドガーデンのオフィスには、野菜や生産者らの写真が並んでいた。
撮影:伊藤圭
2019年末の段階で600軒規模だった登録生産者数は、いまや7400軒を超えた。今では、月に300軒程度、食べチョクのサービスを利用する生産者が自然と増えていく状況になっているという。
急成長を遂げる中で課題も見えてきた。
「商品数、バラエティが増えているので、それでも魅力的な売り場を作らないといけません。規模が変わったことで新しく生まれたニーズや課題に対して、プロダクトを追いつかせていかなければいけない状況です」
規模が小さかったころは、商品数も少なく、販売アルゴリズムもコントロールしやすかった。「人力でもなんとかなっていた部分がありました」(秋元さん)とも。
ただ、ユーザー数65万人、生産者数7400軒、品目数約4万5000点という巨大サイトを人力で制御することは現実的ではない。ビビッドガーデンでは、多様化するユーザーに最適化するアルゴリズムの構築などに向けて、エンジニアの採用を積極的に進めているという。
また、別の課題も顕在化してきた。
食べチョクの規模が小さかったころ、最初に登録してくれたのは新しいサービスやSNSなどに自ら飛び込んでいける“感度の高い”生産者だった。ただ、そういった生産者は基本的に少数派だ。
サービスの規模が拡大するにつれて、登録する生産者の性質も「マス寄り」になりつつあるという。
「まだまだ少ないのですが、ネットを使ったことがないような高齢の生産者さんも増えてきています。そういう生産者さんでも『他の生産者と同じ土俵』に立てるように、食べチョクに求められるサービスのあり方が変わっていくのだろうと思っています」
6月14日に発表した13億円の資金調達は、まさにこの課題にトライするためのものだ。
13億の資金調達で地方との連携、リアルアセットの拡充へ
6月14日、シリーズCラウンドで13億円の資金調達の実施を発表した。写真に写っている株主はみな「カブ」を持っている。
画像:ビビッドガーデン
「最近、地方自治体との連携を進めているのですが、リアルでの接点があるということは、すごく強いということが分かりました。特に今までサービスを使って頂いていなかった方(生産者)からすると、近くの地域にサポートしてくれる人がいるというだけで、圧倒的に安心なんです」
スタートアップであるビビッドガーデンが今後規模を拡大していく上で、全国にいるすべての生産者に個別に対応することは現実的ではない。だからこそ必要になるのが、地方の生産者とビビッドガーデンをつなぐ役割を担える、地域と密着した企業との連携だった。
今回の資金調達で地方銀行系のVCの名前が並んでいるのはそのためだ。
「私たちの企業って、人海戦術でやることはあまり得意じゃないんです。IT企業なので、やっぱり良いプロダクトを作って、それを使っていただく。生産者さんとの対面のところを、例えば地銀さんにやって頂きながら、でも地銀さんにもメリットがある仕組みを作れれば、お互いにWIN-WINになるのかなと思っています」
ビビッドガーデンでは、「食べチョク学校」という食べチョクを使いこなしている生産者が、新規参入した生産者などにノウハウを共有するコミュニティも提供している。
こういった仕組みを構築しているのも、食べチョクのサービス利用者の輪が、自律的に広がることを期待してのものだ。
「私たちは手数料ビジネスなので、すごく収益性が高いわけではありません。コストをかけてガンガン人を雇って営業をしようとすると、会社が持続可能じゃなくなりますし、そうなると手数料を上げざるを得なくなります。手数料は今のままで広げていく方法を色々と考えているんです」
あらゆる選択肢の中で選ばれ続ける必然性を
消費者からすると、リアル店舗のスーパーや専門店、ネットスーパー、産直ECなど、生鮮食品を購入する選択肢はさまざまだ。
撮影:三ツ村崇志
今後サービスをさらに拡大していく上でもう一つのポイントになるのが、生産者はもちろん、消費者側からも選ばれ続けるサービスであるということだろう。
「生産者さんからするとまだ(販路の)選択肢は少ないんですが、消費者はめちゃくちゃ選択肢が多いんです」
秋元さんは、業界の現状をこう話す。
産直ECでは、ネットスーパーのように野菜を一つずつ好きな数だけ購入することはできないことが多い。加工品を一緒に買うことも難しい。一般的なネットスーパーや、リアル店舗に比べて、利便性は落ちる。
「消費者からすると、生協やオイシックス、楽天のネットスーパーもあれば、食べチョクもある。そういう選択肢の中で選ばれる必然性を、常に考え続けなければならないと思っています。
ネットスーパーと比較してもストレスのない体験を提供できるか、がポイントになると思います。ここをいかにテクノロジーの力で変えられるのかというところが、大きな挑戦です」
大きな倉庫に在庫を抱えて巨大な物流網を構築すれば、もしかしたら課題は解決するのかもしれない。ただ、そういう選択をすれば、食べチョクの良さが失われてしまうかもしれない。
「いかに産直の良さや、生産者さん自身が価格を決定できて生産者に利益が返る状態を崩さずに、体験をポジティブにしていけるかが課題です」
プロダクトのアイディアは、もうすでに頭の中にはあるという。
「産直ECの会社」から、一次産業を支えるIT企業へ
ビビッドガーデンが目指すのは農業を支えるIT企業。支え方はなにもいまの形だけではない。秋元さんは取材時に、農業の担い手不足の問題に対する課題意識も強いと語っていた。
撮影:伊藤圭
秋元さんは、創業当初から「生産者の“こだわり”が正当に評価される世界」を目指していると公言している。これから先、果たしてどういう状態になれば、秋元さんが描く世界が実現できるのか。
「今は、生産者が選べる販路の選択肢が、すごく少ないんです。例えば、『肥料がすごい値上がりした』となったときにも、生産者はそれを買わざるを得ない。やっぱり適切な選択肢が提供された上で、生産者が経営の面でも頑張ることができて、小さい規模でも自分の目指す売り上げを達成できる状態というのを目指したいです」
今、食べチョクがやっていることは「販路」の選択肢を増やすことだ。ただ、それだけでは足りない。農業を起点に、あらゆるビジネスに関与するIT企業。それが、ビビッドガーデンが目指す姿なのだろう。
「うちはあくまでも一次産業の会社で、今はたまたま販売先が消費者だからtoC事業をやっているだけです。選択肢が少なくて、生産者さんが困っていることを解決していく。それこそコストを下げる、必要な資金を集めるなど、色んな所にビビッドガーデンのサービスが関与していくような世界をイメージしています」
(文・三ツ村崇志)