今週も、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生が経営理論を思考の軸にしてイシューを語ります。参考にするのは先生の著書『世界標準の経営理論』。ただし、本連載はこの本がなくても平易に読み通せます。
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どうすればアウトプットの機会を増やせる?
こんにちは、入山章栄です。
以前、この連載の100回記念で、僕がこの連載を続けている理由について話したのを覚えていますでしょうか。
つまり「毎回、Business Insider Japanのみなさんに思いもよらないテーマを振られて、それに答えざるを得ない大喜利みたいになっているので、自分が考えていることを言語化するアウトプットのいい機会になるから」というものです。
BIJ編集部・小倉
入山先生は思考を整理するためのアウトプットを大事にしているそうで、だからこの連載も大事とおっしゃっていますよね。
でも、自分も含めて一般の人はアウトプットといっても、せいぜい周りの人に話すかSNSに投稿するくらいですよね。インプットは際限なくできてしまいもうこれ以上増やしたくないと思う一方で、日常的にアウトプットの機会を持つにはどうすればいいでしょうか?
そんなに大げさに考える必要はありませんよ。なぜアウトプットが大事かといえば、自分が考えていることを言語化する機会になるからですが、人間にとってその一番簡単な方法は「誰かに話す」ことでしょう。
僕も書くことは嫌いではないけれど、話すほうが楽だし、話している間にこそいろいろなことを思いつくんですよね。
うまく話せるときばかりではないけれど、七転八倒しつつもなんとか自分の思っていることを言語化しようとしているうちに、だんだん自分の言いたいことがはっきりしてくる。それがありがたい。
誰でもなんとなくモヤモヤ考えていることってあるでしょう。僕がやっているのも、それを僕以外の人に向かってしゃべるだけ。アウトプットをするなら、それを習慣づけるだけでいいと思います。
別に毎日やる必要はなくて、1週間にいっぺんとか2週間にいっぺんでも十分。ただし、その話す相手は、自分があまり知らない人であることが重要です。
BIJ編集部・小倉
知らない人ですか?
そう、ポイントは「知らない人」に話すこと。自分のことを知っている人は、自分の考えていることを伝えるとすぐに理解してくれるから、あまりアウトプットの訓練にならないのです。
特に日本はハイコンテクスト文化で同質性が高い。だからよく知っている同じ職場の人に自分の考えをしゃべったところで、それはアウトプットにならないんですよ。
自分の言いたいことを言語化する訓練という意味では、自分のことをよく知らない相手に、必死になって言語化して話すのが重要だと思います。
日本の大企業の社員のプレゼンは下手すぎる
ちょっと話がずれますが、僕は早稲田大学ビジネススクールで教えていて、学生は30代、40代の大手企業の社員がほとんどです。問題意識も高いし、優秀な方が多い。
自分でいうのも何ですが、僕は先生としては基本的にやさしいほうだと思います。
ところが、そんな僕が必ず毎回ブチキレることがある。それが社会人学生のプレゼンを聞くときなんです。日本の大手企業の社員のプレゼンの下手さには、怒りがこみ上げてくるくらいですよ。
BIJ編集部・小倉
えっ、そうですか? 大企業の人たちって、話は上手な印象がありますけど。
それはうわべだけですよ。ぜんぜん話の中身は響かない。日本の大企業の多くの社員がうまいのは、パワポをつくることだけです。
BIJ編集部・常盤
「パワポ職人」になってるんですね。
時間をかけてパワポの資料を作り込んで、プレゼン本番では、画面に映ったパワポを上から下まで読み上げるだけ。「もう、パワポに書いてあるじゃん! 自分で読めるのに、なんでそれを時間かけて聞かされるの?」と思いますよね。
BIJ編集部・常盤
それを読んだほうが早いですね(笑)。
そう、パワポを読み上げるだけで聴衆に響くわけがないんです。
特に僕が毎年頭にくるのが、修士論文の提出時期。早稲田大学ビジネススクールでは、毎年2年生の1月の初旬に修士論文を提出する決まりになっています。その締め切り直後に、いつも僕が起業家を呼んで講演してもらう名物授業がある。
そのとき僕は、「俺はいまから軽く説教します」と宣言して、「お前ら、修論を出したと思って安心しただろう」と言ってお説教をするんです。もちろん、ハラスメントにならないようにソフトに話しますが(笑)。
学生たちは修論を書くだけでも大変だから、提出した解放感から、「出しました~」とお祝いパーティーを開きたくなる気持ちは分かる。でも論文を提出しただけでしょう。本当にMBAを取得できるとは、まだ決まっていないのです。
修論を提出してから1カ月後、その修士論文は審査会というものにかけられます。そのとき学生は、論文の内容について教授たちの前でプレゼンをして、教授たちからの質問に答えなければなりません(これを口頭諮問といいます)。それに合格して初めて成績がつく。
ということは、提出しただけで喜ぶのはまだ早い。最後の口頭諮問でいかにいいプレゼンをするかで成績は決まるのですし、極論すれば、そのプレゼンが下手すぎだったらMBAはとれないのです。
もっともそういうケースはごくまれですが。でも少なくとも、論文の出来がA+でも、プレゼンが下手ならBにもCになることもあり得る。
逆に論文のクオリティがBでも、話がうまくて内容を的確に面白く言語化できたら、総合的にA+になる可能性だってあるかもしれない。もちろん論文そのもののほうが審査の比重は高いですが、人間は最後のほうの出来事が印象に残るものですから。
とにかく、ほとんどの学生が、「とりあえず論文が書けた」というだけで安心して気が緩んでしまう。これは一部の日本のものづくり企業が停滞しているのと、根底で通じるところがあるかもしれません。
BIJ編集部・小倉
どういうことでしょうか。
つまり日本のものづくり企業にもし課題があるとしたら、それはものづくりという言葉に頼り切ってしまう可能性です。
もちろん、ものづくりはとても大事ですよ。でも、よいものをつくっただけで満足していては意味がないですよね。大事なのは、「売って、儲ける」ことです。
修士論文でいえば、「論文を売り込む」のは口頭諮問の場でしょう。そこで指導教官の共感を呼んで、高い成績をもらうのが最終目的です。
しかし論文を提出しただけで「終わった~」という気になってしまい、プレゼンの練習を疎かにするのなら、それは工場から商品を出荷しただけで、まだ1円も売り上げていないのに売る努力を怠るのと同じ。そういう状態で喜ぶなんて甘いよ!という話をするわけです。
BIJ編集部・小倉
確かに日本の企業にはそういうところがあるかもしれません。
僕は学者なのですが、なぜか営業マインドが強いというか、「人は結果を出してなんぼ」だと思っている人間なので、作っただけで結果が出てないのに喜んでいる人を見ると気になって仕方がないんですよね。
BIJ編集部・常盤
入山先生は、ご自身の著書のプロモーションも熱心にされますものね。
はい。僕が過去3冊に書いた本は出版社のみなさんのおかげで3冊ともベストセラーになりましたが、僕もベストセラーになるよう、かなりがんばりましたから。
だっていい本を書けたといって満足しても仕方ないでしょう。本は多くの読者のところに届いて初めて意味があるんですから。
大企業にいると「話す力」が鍛えられない
話がそれましたが、とにかく日本の大企業にいると何が起きるかというと、「大企業の人って、誰にでも自分の話を聞いてもらえる」んですよ。
BIJ編集部・小倉
いわゆる名刺の威力ですね。
そう、名刺のパワーで、特に外の人たちには絶対に話を聞いてもらえる。会社の中の人たちもいい人たちなので、「うんうん」と話を聞いてくれるんですよ。
みんな事情を共有しているハイコンテクストな状態なので、ろくに説明しなくても「分かる、分かる」という状態になる。だから、大企業の人たちはプレゼンが上達しないんです。
一方で、スタートアップは誰も話を聞いてくれません。何のバックグラウンドもないそのへんの若者が、夢と野望とビジョンだけを示して「そういうわけで、2億円ください」といっても、それは相当魅力的な言語化をしないと不可能でしょう。
BIJ編集部・小倉
相手の感情を相当揺さぶる必要がありますね。
そのためには「この人の心を動かすには、もうこの言葉しかないだろう!」というような言葉の選び方を死ぬ気でしないといけない。
しかも「エレベーターピッチ」と言うように、同じエレベーターに乗り合わせたタイミングでキーパーソンに話しかけて、数十秒で興味を持ってもらえるように話し方を磨く必要がある。それに比べて大企業のプレゼンは、たっぷり数十分から1時間あることが多い。そりゃアウトプット力に差がつくわけですよ。
ですからアウトプットをするときに大事なのは、自分のことを知らない人にも伝わるように話すこと。少なくとも自分の言いたいことを理解してもらうことが大事。できれば言いたいことをうまく言語化して、共感してもらうようにする。
僕はありがたいことに取材や講演などで知らない人に向かって話す機会が多いので、ほかの方よりやや言語化が得意かもしれません。逆に言うと同じ会社で同じ人としゃべっているだけでは有効なアウトプットの訓練にはならないということです。
オンライン読書会がおすすめ
BIJ編集部・小倉
でも知らない人と会うといっても、そう機会はないですよね。営業パーソンなら新しいお客さんのところに行って説明するとか考えられますけど。
そういう意味ではいまこそ、オンライン上でのコミュニティに参加するのがおすすめですよ。そこは「知らない人」ばかりなわけですから。
例えば本好きな人なら、読書会がおすすめです。本を読むとやっぱり何かインスパイアされるでしょう。
だけどなんかうまく伝えられないな、というときに、初めて会った人としゃべって、「僕はこの本をこう読んだんだけど」と感想を言語化することで、「ああ、自分はこんなふうに考えていたんだな」という新鮮な発見があると思います。
BIJ編集部・常盤
書店にはビジネスパーソンのためのインプット術の本がたくさん並んでいますが、アウトプットもそれ以上に大事ということですね。みなさんも、アウトプットを意識してみてはどうでしょうか。
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(構成:長山清子、撮影:今村拓馬、連載ロゴデザイン:星野美緒、編集・音声編集:小倉宏弥、常盤亜由子)
入山章栄:早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所に勤務した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』『世界標準の経営理論』など。