今、食糧と水の供給が危ない──スティーブン・カーペンター教授に聞く「地球の未来を守るために必要なこと」

2022年6月15日、公益財団法人旭硝子財団は、第31回のブループラネット賞受賞者を発表した。その一人、ウィスコンシン大学陸水学研究センター名誉所長のスティーブン・カーペンター教授は、地球のリン問題の危機的状況を指摘する。すでに現状では、プラネタリー・バウンダリー(地球の限界)を超えており、取り返しがつかない状態になりつつある。そう警鐘を鳴らす教授に、リン問題の現状と予測されるリスク、地球の未来を守るために今後、私たちが起こすべきアクションなどについて聞いた。

加速する汚染、深刻化するダメージ

「リンの地球化学的循環は、すでに壊れてしまっている」

ウィスコンシン大学陸水学センター名誉所長、名誉教授のスティーブン・カーペンター教授。

ウィスコンシン大学陸水学センター名誉所長、名誉教授のスティーブン・カーペンター教授。

提供:旭硝子財団

カーペンター教授は、こう指摘する。

第二次世界大戦中、工業的な窒素固定により弾薬を製造していたため、戦後はこの技術で窒素肥料を生産することができた。リン鉱石の採掘の拡大と合わせて、リンと窒素は農業用のよい化学肥料となった。

1950年頃から肥料の使用量は大幅に増え、以降、これらの化学肥料の大量使用に伴い、リン・窒素化合物による土壌汚染も悪化の一途をたどってきた。農業は広域で行われ、土壌に浸透した雨水は河川、湖沼、最終的には海に流れ込む。その結果、湖沼の水質汚染が一気に進んだ。

カーペンター教授は、リン汚染による影響をこう説明する。

「私が研究対象としているウィスコンシン州のメンドータ湖は、総面積約40平方キロメートル。これに対して周辺の農地面積は湖のざっと15倍、約600平方キロメートルもある。農地に与えられた肥料中のリンなどを含む化学物質が、四方八方から湖に流入して湖の富栄養化が起こる。その結果、有毒な藻類が大量に発生し、湖の他の生物を絶滅させる恐れがある」

メンドータ湖(ウィスコンシン州)

GettyImages/Stephanie Hager - HagerPhoto

富栄養化によってアオコのような有毒な藻が大量に異常発生する現象は『藻類ブルーム』と呼ばれる。藻類ブルームは今、アメリカに限らず世界中の、農業に化学肥料を使う地域周辺の湖沼で発生している。

一方で地球上のリン資源は有限である。早ければ今後100年ぐらいの間に枯渇しかねない貴重な資源だ。リン資源が枯渇すれば、農産物の生産に影響し、世界の食料供給が脅かされる。2007年頃に中東諸国が軒並み政情不安に陥ったのも、実はリン資源が世界で一時的に不足したことと関係している。市場が動揺したため、リン鉱石の主要生産国で輸出が一時的に止められ、リン鉱石の市場価格が高騰して農業国に十分な肥料が行き渡らなくなった。そのため小麦の収穫量が減少し、中東や北アフリカの飢饉の原因となった。

リン汚染の防止はもとより、限られたリン資源を再利用することで、地球上の生物に対して持続可能に供給していくことが必要である。

「汚染された状態から生態系が回復できなくなる」

カーペンター教授はリンによる水質汚染によって引き起こされる、レジームシフト発生のリスクを警告する。レジームシフトとは、ある生態系において、従来の状態から突然別の状態へと不連続的な変化が起こり、以前の状態への回復が困難となる現象である。湖沼にリンが過剰流入すると湖水の富栄養化が起こる。その結果、大量の有毒な藻が発生して元の生態系に戻らなくなる恐れがある。カーペンター教授は解説する。

「湖沼では2種類のレジームシフトが起こりうる。数百年単位の変化と短期間で発生する変化だ」

長期に渡るレジームシフトは、リンを含む化学物質が時間をかけて湖底に堆積された後に起こる。その引き金となるのも富栄養化に伴う藻類の大量発生だ。表水層で過剰に発生した藻類を動物プランクトンが捕食しきれなくなると、藻類の多くは湖底へと沈んでいく。この藻類が深水層で分解されるため水が無酸素状態となり、鉄と結合していたリンが解離して表水層に浮上する。湖底に堆積されていたリンが表水層に達するとさらに富栄養化が進み、膨大な量の藻が発生し、他の生物は死滅する。ひとたびこの現象が起きてしまうと、現在の技術では回復できない。

一方、短期のレジームシフトは、毎年夏に複数回発生している。周辺の農地などから排出されたリンが湖水に入ってきた段階で、これを栄養源とする藻類が大量発生する。すると動物プランクトンが捕食しきれなくなり、藻類が爆発的に増えて湖を覆ってしまうのだ。

短期レジームシフトへの対応策を研究してきたカーペンター教授らは、1988年からメンドータ湖で食物網を変える取り組みを試してきた。

「具体策として、大型の魚を増やして小型の魚を減らし、同時に人の爪の大きさぐらいの捕食生物を増やした。この生物が藻類を捕食して、最終的には大型魚の餌となる。その結果、2010年にはメンドータ湖は、以前のようにきれいな状態になった」

リンや窒素の地球化学的な循環は、プラネタリー・バウンダリーに関わる問題だ。プラネタリー・バウンダリーとは文字通り「地球の限界」を意味する概念だ。これに基づき地球の安定性を維持するために最も重要なプロセスが9つ特定され、各プロセスについて「安定した地球で人類が安全に活動できる範囲」が定められた。9つある指標のうち、気候変動、生物多様性、土地利用と並んで、リン・窒素の地球化学的な循環も限界値を超えて危険域に突入したと考えられている。

「WHOによって、湖沼については藻類の上限値が設定されている。これを元に肥料として土壌に投入できるリンの上限値も算出されていて、その量を超えてリンが投入されると問題が起こる。9つのバウンダリーは相互に強いつながりを持っているため、総合的な視点での解決が必要だ」

地球はまだ救えるのか?

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GettyImages/Global_Pics

カーペンター教授の研究成果の実践的な応用例は、次の2点にまとめられる。1つには栄養カスケード、すなわち食物網を介してつながる捕食者の連鎖が引き起こす影響の有効活用である。

メンドータ湖での実績が示すように、表水層に大きな魚を配置し、中間層で小型の魚を取り除いて藻類の捕食生物を配置する。すると捕食生物が藻類を食べ、この捕食生物を大きな魚が食べる栄養カスケードが形成される。このメカニズムを活用すれば湖の浄化が可能だ。ポイントは捕食生物を食べる小型の魚を取り除く点にある。

もう1つの例は、天然の湖の全生態系を対象にした実験、メンドータ湖の水質管理研究、湖のレジームシフトを研究するための数理モデル開発である。レジームシフトが起こると元に戻せず、水質はずっと悪化したままになってしまうこともある。長期的に悪化すると重要な経済的影響も出るかもしれない。

湖沼の管理には経済学的な視点も欠かせない。湖は飲料水の供給などの恩恵をもたらしているが、周辺地域での農業で化学肥料を使えば湖は汚染される。教授は、経済学者と協力して、農業ときれいな水のバランスを考慮しつつ経済合理的な意思決定を導き出すための、農業ときれいな水の経済的トレードオフの分析を行った。メンドータ湖でのさまざまな目標設定の際にも、カーペンター教授の数理モデルによって導き出された成果が活用されている。

「リンの地球化学的循環のプラネタリー・バウンダリーが危機的な状況に到達しているのは間違いない。けれども、解決のために使えるツールは、いくつも開発されていて、実際に改善に成功した事例も報告されている。

リンを賢く使い、消費を最低限に抑える技術も開発可能だ。だから何より大切なのが意識変革、すなわちみんなが現状を理解し、意識を変えて行動することだ。地球に暮らす人たちが、未来も同じように暮らし続けるためには、一人ひとりが行動を起こさなければならない」

これからの地球を変えていく主役となるのは、いま20代から40代ぐらいの人たちだと教授は訴える。この世代の人たちに期待する教授は、彼らの意識を変える取り組みとして「シナリオワークショップ」を各地で開催している。

“考動”すれば未来は変わる

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GettyImages/Morsa Images

科学者、社会学者、アーティストから地域に暮らす一般の人たちまでが一堂に集まり、地球の未来について語り合う。その結果をもとに将来についてのストーリーをみんなで一緒につくる。数理モデルに基づく定量分析や科学的な知見を盛り込んだ上で、感情に訴えかけるストーリーを紡ぎ出す。これがシナリオワークショップである。

「ストーリーを一緒につくる作業が、極めて重要だ。ストーリーにより感情に訴えかけられれば、次の行動につながっていく。なぜならエモーション(感情)とモーション(行動)は表裏一体であり、人は感情を揺さぶられると行動を起こすからだ」

ワークショップには、企業家も含めて可能な限り幅広い層からの参加が求められる。人の感情に訴えかける表現者として、つくられたストーリーの語り部を担うライターなどのアーティストの参加も求められる。ストーリーに現実的な裏付けを与えてアクションに移していくのは、科学者やエンジニアの役割である。

「私はいま70歳。現在30歳の人たちが私の年齢に達するのは40年後、つまり2060年ぐらいになる。それまでには海面上昇による陸地の水没、頻発する熱波の到来、異常降雨による水害多発などが起こるだろう。いずれ『もう、たくさんだ! なんとかしなければ』と、地球に暮らす100億の人たちの意識が変わるはずだ」

環境問題に対する具体策はすでに、湖沼の水質汚染問題に限らず明らかになっている。何も地球に有害な物質を燃やしてエネルギーを生み出す必要はなく、食糧生産を維持しながら水質を保全し、資源を有効活用する技術もある。課題は技術活用のスケールアップであり、スマートなシステムの構築である。

「一人ひとりが地球の未来を“自分ゴト”として考え、その結果を行動に移す。良き人々は力を合わせられるはずであり、そうなれば必ず良き未来を実現できる。そう信じているから、私は未来を楽観視している」

カーペンター教授は、インタビューをこう締めくくった。


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