ソニーは新ブランド「INZONE」で、ゲームデバイス事業に進出する。
撮影:西田宗千佳
ソニーがPC向けゲームデバイス事業に参入する。
「INZONE」(インゾーン)という新しいブランドをつくり、「BRAVIA」(ブラビア)や「α」(アルファ)のような「家電製品の柱」の1つへと成長させることを狙っている。
だが、PC向けゲームデバイスは多数のメーカーが競い合う厳しい市場でもある。
そこに「ソニー」として乗り込んでいく目的と勝算はどこにあるのか? ソニー副社長の木井一生氏にその狙いを聞いた。
「コアゲーマーはいいものに投資する」という勝算
ソニーが「INZONE」ブランドで展開するのは、ゲーム向けのディスプレイとヘッドセット。詳細は別記事を併読いただきたいが、どちらも品質重視のハイエンドモデルだ。
ディスプレイである「INZONE M9」は、4K(3840×2160ドット)解像度、144Hzの高速描画、HDR対応。バックライトには多数のLEDを配置する「直下型」を採用している。
ゲーミングディスプレイ「INZONE M9」は、4Kを軸に高画質・高性能で差別化する。
撮影:西田宗千佳
筆者も実機を見たが、画質はかなり良い。
PC用ディスプレーはテレビほどコストがかかっていない製品も多く、色や発光状況などに「むら」が見られる場合もある。
だが、「INZONE M9」の場合、それはほとんど見受けられない。テレビ・BRAVIAの技術を生かした製品になっている。
ヘッドホンの「INZONE H9」はオーディオ機器向けのパーツを使い、ノイズキャンセルもソニーの「WF-1000Xシリーズ」のノウハウが応用されている。
ハイエンドゲーミングヘッドホンの「INZONE H9」。
撮影:小林優多郎
そのため、上位モデルにあたるこの2機種は、日本での価格が15万4000円前後(M9)と3万6000円前後(H9)と高めの設定だ。特にディスプレイの「M9」は、かなり強気の価格設定に見える。
実のところ、この価格には円安も影響している。アメリカでのM9の価格は899ドル、H9の価格は299ドルとなっており、特にM9は、国内価格に比べると安く感じる。
ソニー株式会社の木井一生副社長。
撮影:西田宗千佳
日本国内については、そうした不利は確かにある。
だがソニーとしては、こうしたハイエンドな機器には十分な勝算がある、と想定しているようだ。
ソニーグループのエレクトロニクス製品部門であるソニー副社長の木井一生氏は「我々が調べた限りでは、コアゲーマーのみなさんはいいものにはちゃんと投資してくれる。そういうセグメントが我々は好きですし、勝てるとも思います」と話す。
「ゲームの世界は調べれば調べるほど非常に広がりがあって、深い。昔は解像度も低かったけれど、今のゲームはもっとも高画質なコンテンツの1つです」(木井副社長)
すなわち、高画質・高音質なコンテンツこそがゲームであり、そこを本気で狙った商品を出すことが、ソニーとしての「勝ち筋」そのものなのだ。
コロナ禍で6.5倍に拡大したゲームディスプレー市場
もちろん、市場分析的な裏付けもある。
以下は、INZONEブランドの発表会で示されたデータだ。
ゲーム関連製品はコロナ禍以降売上を拡大している。その中で、PCゲーム市場の伸びは大きなものだ。ソニーの調べによると、すでに日本国内には500万のPCゲームユーザーがいる。
日本のPCゲーマー市場は500万人規模まで拡大。
撮影:西田宗千佳
そして、コロナ禍前と今では、ゲーミングモニター市場が6.5倍、ゲーミングヘッドホン市場が2.5倍に拡大しているという。
コロナ禍前と今では、ゲーミングモニター市場が6.5倍、ゲーミングヘッドホン市場が2.5倍に拡大。
撮影:西田宗千佳
さらにおもしろいことに「どの国でも伸びている」(木井副社長)状況。4Kなどは国によって売れる時期にズレがあったが、ゲーム製品は各国一様に市場ができつつある。
だとすれば、ソニーもそこに入っていこう……というのは自然なことに思える。
「ビジネスの可能性探索として、各事業部に何ができるのかを検討してもらいました。その中で、ディスプレー・チームとヘッドホン・チームからほぼ同じ時期に提案が出てきたので、『ならばこれらを1つのブランドで展開しよう』ということになりました」と木井副社長は説明する。
目指すは「小型・究極のディスプレー」
4K解像度搭載の「INZONE M9」。
撮影:小林優多郎
とはいえ、ゲーム向け周辺機器にソニーが本気で取り組むのは、これが初めてになる。
今まで、PlayStationを担当するソニー・インタラクティブエンタテインメントの製品としてはいくつかあったものの、サブブランド名までつけて本格的に手がけたことはない。
今回の製品もかなりこだわったものではあるが、「支持され、市場を得られるかどうかはこれからの話」(木井副社長)という。
なぜなら、本当の意味で「ゲームに向けた最適な製品」がどんなものかは、まだ見えていないからだ。
「テレビであるBRAVIAは、放送や映画を見るには非常に良くできたものです。しかし、そのままゲームに使おうとすると『レスポンス・タイム(遅延)』の問題が発生します。
結局、弊社を含めテレビメーカーは、『ゲームモード』を用意しつつも、その中身は『なんの処理もしないでスルーする』形になっています。
しかし、ディスプレーの王者を目指すのであれば、ゲームは避けて通れません。レスポンス・タイムを気にしながら、画質はBRAVIA並にしていくのが、最終的な狙いです」(木井副社長)
野望はさらに先がある。
「業務用の『マスターモニター』というディスプレーがあります。以前はBRAVIAなどの民生用製品とまったく異なるディスプレーを使っていましたが、今は民生用もかなり品質が良く、差がなくなってきました。
そうすると、『高画質商品』の開発の方向性として、ゲーミングディスプレーとマスターモニターの開発基盤をまとめていくようなことができればおもしろい。
テレビはまだ大型化していますが、いつか大型化の波は止まります。サイズは小さいが画質が素晴らしい製品、という方向性もあるのではないかと考えています」(木井副社長)
ゲーミングデバイスから模索する「EC時代の家電の売り方」
既に「INZONE」ブランドの第2弾、第3弾の製品も計画中だという。
撮影:西田宗千佳
先々の野望はあり、すでに第2弾・第3弾商品の検討にも入っているという。
だが、「まず必要になのはゲーマーの支持を得ること。eスポーツのトッププレイヤーの方々に評価してもらうことが重要なので、サポートもしっかりしていきたい」と木井副社長はいう。
それはなにも、広告としてお金を積んで彼らに宣伝してもらう、ということではない。
使ってもらった上で良い点・悪い点を挙げてもらい、その上で気に入ったらファンになってもらう、というやり方だ。
「ゲーマーはもっとも濃くSNSを活用している人々だ、と認識しています。だとすれば、彼らがリスペクトするトッププレイヤーの支持を得れば、結果としてゲーマーに広く認知されることになるでしょう」と木井副社長は戦略を説明する。
だからこそ、1世代目はまだ「始まったばかり」と彼らも評価しているのだ。
現在の家電市場では、店舗でなくEコマースでの販売が増えている。PCゲーム用機器はその最たるものだが、店頭でモノをチェックしない流れになると、価格とスペックが重視され、細かい機能や品質が伝わりづらくなる。
木井副社長は「すでに多くの家電がそうなっている。テレビはEC化の流れが遅い製品だが、それでも中国市場だと、半数がEC経由になった」と実情を話す。INZONEがトッププロからのSNS訴求に期待しているのも、そうした家電市場の構造変化に対応するための策でもある。
「Z世代などの若い人々に『SONY』に親しんでほしい」と木井副社長は話す。
20年前と違い、いまの家電市場は様変わりした。若い層には、ソニーとの接点がPlayStationくらいしかない人たちもいる。
そこでテレビやカメラなどにも興味を持ってもらうには、若い世代がお金を使っている「ゲーム向け機器」というジャンルへの取り組みが必須、ということになる。
「その結果、ほかのソニー商品に影響を与えるようになれば、それはINZONEの1つの成果と言えるでしょう」(木井副社長)