ロシアのヤクーツクで2018年に発見され「ドゴール」と名付けられた幼いオオカミの遺体。1万8000年前に生きていたとされる。
Sergey Fedorov
- 氷河期のシベリアオオカミのDNAは、初期および現代のイヌのDNAと類似していることが、オオカミのゲノム解析で明らかになった。
- この発見は、最後の氷河期に中央アジアでイヌが家畜化されたことを示すさらなる証拠だ。
- この研究では、一部のイヌと古代の中東のオオカミとの間の遺伝的つながりも発見された。
イヌは進化史上最大の謎のひとつだ。彼らがどこから現れたのか、よく分かっていなかったのだ。だが古代のオオカミのDNAを解析した新たな研究によって、アジアのどこかであったことが判明した。
フランシス・クリック研究所の研究者を中心とする遺伝学者のチームは、ヨーロッパ、シベリア、北米で発掘された72頭の古代オオカミのゲノム解析を行った。そのDNAは10万年間、3万世代にわたるものだった。
そして、これらのオオカミのDNAと現代および古代のイヌのゲノムを比較したところ、イヌは、最後の氷河期(約1万3000年前から2万3000年前)にシベリアにいたハイイロオオカミと最もよく似ていることが判明した。
2022年6月26日ニューヨーク・プライド・パレードで、イヌを抱く人。
Brendan McDermid/Reuters
コーネル大学でイヌ科動物の遺伝について研究しているアダム・ボイコ(Adam Boyko)は「中央アジアのオオカミの集団がイヌの起源につながったという研究結果と一致する」とInsiderに語っている。ボイコは今回の研究には関わっていないが、世界中の「ビレッジドッグ(品種改良されていない半野生のイヌ)」のゲノムを解析した自身の研究で、イヌの家畜化の起源が中央アジアだと考えられるとすでに指摘していた。
彼は「今回、イヌとオオカミについてこの鏡像のようにそっくりな分析結果を得た。いずれも中央アジアが起源であると示唆している」と述べているが、「まだ最終的な結論には至っていないと思う」としている。
今回の研究によると、中東、アフリカ、南ヨーロッパにいた古代のイヌは、中央アジアに加え、中東のオオカミを祖先に持つことが分かった。このことは中東で2回目の家畜化が行われたか、あるいは中東のイヌが野生のオオカミと交雑したことを示している可能性がある。
研究チームは、この研究結果をまとめた論文を2022年6月29日付けで科学誌Natureに発表した。
新たな遺伝子による歴史が実際の進化の過程を示す
「ドゴール」の歯はきれいに残っている。
Sergey Fedorov
新たに得られた古代オオカミのDNAのゲノムライブラリーによって、研究者らはオオカミが時代とともに変化していく様子を知ることができた。
「10万年という時間スケールで大型動物の自然淘汰を直接追跡した初めての例となった。これまでのようにDNAからの再構築ではなく、実際に進化していく過程を見ることができたのだ」と論文の共同著者であり、フランシス・クリック研究所古代ゲノム研究室を率いるポンタス・スコグランド(Pontus Skoglund)はプレスリリースで述べている。
研究者らは、頭蓋骨と顎の骨の発達に影響を与える遺伝子変異を発見した。それは初めのうちは例外的なものだったが、1万年の間にすべてのオオカミのDNAに現れるようになり、今日ではすべてのオオカミとイヌに存在すると考えられている。
この研究と類似するDNA解析の研究が、古代の人間についても行われている。その研究では、人間が乳糖を消化できるようになった過程など、遺伝子変異がどのように出現し、いかにして世界に広がっていったかを明らかにしている。
2022年6月24日、カリフォルニア州ペタルマ開催された「世界で最もかっこ悪い犬」コンテストに参加した保護犬のパグ。
Nathan Frandino/Reuters
ホモ・サピエンスとネアンデルタール人のように、イヌとオオカミはその誕生以来、混じり合い、交雑してきた。そのため、ある種から別の種に受け継がれた遺伝形質を追跡することは難しく、いつ、どこでイヌが最初に家畜化されたのかを特定することはさらに困難になっている。
現代のオオカミの集団の中で、イヌの祖先と遺伝的に似ている集団はない。古代のオオカミは、同じ地域に住む現代のオオカミよりも、大陸の反対側にいる他の古代のオオカミに似ている傾向がある。古代のオオカミは長距離を移動してそこで交雑し、遺伝子を共有したのだ。
スペインのコルテスビにあるバソンド動物保護区で暮らすイベリコオオカミ(Canis lupus signatus)。2021年2月8日撮影。
Vincent West/Reuters
「氷河期には多くの大型肉食動物が死に絶えてしまったが、オオカミはこのつながりがあったから生き延びたのだろう」とスコグランドは述べている。
だが研究者にとっては、このつながりがあるためにイヌの家畜化を特定のオオカミの集団と結び付けようとしても、複雑に絡み合った遺伝子の糸をほぐすことが困難になっているという面もある。
しかし今回の研究により、アジアのどこかで家畜化が起こったという証拠が追加された。
フランシス・クリック研究所の研究者たちは現在、今回の研究の調査対象となった地域以外のゲノムにも目を向けており、家畜化がどこで起こったのかについて正確に絞り込もうとしている。
2022年6月23日、ニューヨークで開催された第146回ウェストミンスター・ケネルクラブ・ドッグショーで最優秀賞を受賞したブラッドハウンド。
Jeenah Moon/Reuters
アジアハイイロオオカミの家畜化については、当時その地域にいた人間がどのような役割を果たしたのかなど、まだ多くの疑問が残されているとボイコは考えている。
「小麦を栽培し、ネコを飼い、牛や豚など現代人に欠かせないすべての動物を家畜化したのは、これよりも後だった」と彼はInsiderに語っている。
「つまり最初に家畜化されたのがイヌだったのだ。農業が始まる以前に、なぜ家畜化されたイヌが必要だったのか。それとも、たまたまこの順番になっただけなのか。何がきっかけでオオカミが巣穴から人間の野営地に入ってきたのか、愛犬の目を見つめながら考えてみるのはちょっと面白い」
(翻訳:仲田文子、編集:Toshihiko Inoue)