信じられないかもしれないが、最近、仮想通貨業界の規制強化を訴えているのは、他ならぬ仮想通貨の先導者たちだ。
仮想通貨はよく投資の「ワイルドウエスト(訳注:開拓のフロンティア)」と位置付けられるが、シャークタンク(Shark Tank)のケビン・オリアリー(Kevin O'Leary)やテザー(Tether)のCTOパオロ・アードイノ(Paolo Ardoino)など、最も著名な支持者がその規則や規制の強化を呼びかけている。
しかし、デューク大学ロースクールのグローバル金融市場センターのエグゼクティブ・ディレクターを務めるリー・ライナーズ(Lee Reiners)は、仮想通貨支持者が利他主義から規制強化を求めているとは考えていないようだ。仮想通貨支持者が本当に望んでいるのは、自分たちに友好的な法律だという。
Insiderの独占取材に応じたライナーズが、現在の仮想通貨の暴落、ブロックチェーンの真のユースケースがないと考える理由、そして仮想通貨業界に適用を期待する規制について語った。
仮想通貨に真の価値はない
ライナーズはニューヨーク連邦準備銀行で銀行審査官として半世紀を過ごした後、2016年にデューク大学での現職に就いた。規制監督の分野には精通している。
革新的な金融技術が既存の規制にどう適合するかが主な研究領域であり、デューク大ではフィンテックと政策に関する講義を行っている。ここ数年で仮想通貨が爆発的に普及するにつれ、ライナーズの講座の人気も高まっており、オンライン講座コーセラ(Coursera)では3万人以上が彼の「フィンテックの法律と政策(FinTech Law and Policy)」を受講している。
リー・ライナーズは「ブロックチェーンには価値がない」と仮想通貨の禁止を呼びかけている。
Lee Reiners
ライナーズは、現在の仮想通貨の弱気市場は正当な動きだと考えており、仮想通貨暴落のタイミングは、暗号がインフレヘッジであるという考え方——マイク・ノヴォグラッツやビル・ミラーなどの投資家が主張してきた考え方——を否定するものだと言う。
また、過去2年間の仮想通貨のブームは、仮想通貨が他の投資手段よりも優位に立つような固有の特性によるものではなく、新型コロナのパンデミック時のFRB(連邦準備制度)の金融緩和政策の産物だと彼は考えている。
「仮想通貨にはキャッシュフローもファンダメンタルズもありません。仮想通貨は完全に感情で取引され、金利がゼロに近い間は、他のリスク資産と同じように機能していました。
ところがFRBが金利を上げ始め、インフレが頭をもたげた瞬間、暗号市場は売られ始めました。デジタルゴールド(訳注:仮想通貨が金のようにインフレヘッジ資産になるとする考え方)の投資論全体が崩れ去ったのです」
仮想通貨の急激な価格上昇が多くの投資家をこの新興分野に惹きつけたことは間違いないが、今ではそれが逆効果になっている、とライナーズは指摘する。
「ナカモトサトシ白書に話を戻しましょう。この白書は、ピア・ツー・ピアの非中央集権的な支払いについて論じられたものです。でも6万ドル(約810万円、1ドル=135円換算)という高値に向けて価格上昇が加速するような代物は、あまり良い支払いメカニズムとは言えません。
イーサリアムは、スマートコントラクトと分散型アプリケーション向けに設計されました。イーサリアムが1万4000ドル(約189万円)だと、ガス代(訳注:取引手数料に相当)が高くて、スマートコントラクトのプラットフォームとしてはうまく機能しません」
ビットコインのボラティリティ、価格、規制の不確実性は、仮想通貨普及の障害となることが証明された。一方のイーサリアムは、イーサ価格が上昇するにつれてガス代が衝撃的に高くなった。
もちろん、ライナーズが提起した問題に対する解決策を仮想通貨業界が示してきたことは注目に値する。
例えば、ビットコインのライトニングネットワークができたおかげで、ユーザーはビットコインの端数を低コストで送金できるようになったし、ビットコインを法定通貨に定めたエルサルバドルではビットコインの利用が広がっている。アバランチ(Avalanche)やソラナ(Solana)などの仮想通貨なら、イーサリアムよりも安価な手数料でデジタルスマートコントラクトを利用できる。
しかしライナーズは、仮想通貨の基盤技術であるブロックチェーンが真の価値を提供するという考えには否定的だ。
「ブロックチェーンに関しては正直なところ、優れている点は何もありません。ブロックチェーンは、技術的には新しいものではありません。
ビットコインは2009年に登場しましたが、これというユースケースはまだ現れていません。ですから自問自答する必要があります。まだ現れていないのなら、いつ現れるのだろうか、と。私は、現れないだろうと見ています」
規制をめぐる仮想通貨支持者の本当の動機
テラルナはじめ主要な仮想通貨が先ごろ暴落したことを受け、仮想通貨コミュニティの多くは規制の強化を求めている。
ケビン・オリアリーは、仮想通貨が規制されれば、政府系ファンドや年金制度が他の資産と同じように投資できるようになると説明する。そうなれば、実質的に一晩で1兆ドル(約135兆円)以上が市場に流入する、と。
だがライナーズは、こうした仮想通貨支持者の本当の動機を疑問視している。
「仮想通貨支持者は、『私たちはただ規制の明確さがほしいだけ』と言います。それはその通りです。しかしそれはおそらく、あなたが求めている明確さではないでしょう。
彼らが言う『規制の明確さがほしい』というのは、『有利で軽いタッチの規制がほしい』ということの婉曲表現なのです」
また、上院議員シンシア・ラミス(Cynthia Lummis)が提案する仮想通貨法案については、業界に優しい法案だとライナーズは見ている。というのもこの法案は、証券取引委員会(SEC)ではなく、商品先物取引委員会(CFTC)が仮想通貨市場を規制することを推しているからだ。
「仮想通貨業界はCFTCにこの権限を持たせたいと考えています。CFTCはこれまで仮想通貨業界が求めるものはすべて与えてきましたから。
CFTCは歴史的に資金不足で、特にSECと比べるとリソースが不足しています。何より重要なのは、CFTCには投資家保護の使命がないことです。SECにはその使命がある。いま必要なのはまさにその使命なんです」
ライナーズは、これまでの仮想通貨推進者の提案よりも一歩進んだ、暗号規制の抜本的な解決策を提案している。仮想通貨を禁止するのだ。
ウォールストリート・ジャーナルに掲載されたオピニオン記事の中で、ライナーズは「仮想通貨の出現により、ランサムウェア攻撃は爆発的に増加した」と指摘し、次のように記している。
「ランサムウェアは仮想通貨なしには成功しない。暗号が提供する偽名性は、ハッカーにとって独占的な支払い方法となっている。彼らの仕事を比較的安全かつ簡単にしてくれる」
ライナーズは、仮想通貨がもたらすメリットより、2021年夏に発生したコロニアル・パイプラインの攻撃をはじめ、ランサムウェアがもたらすデメリットの方が大きいと考えており、今後さらにひどい攻撃が発生する可能性があると予想している。
仮想通貨は投資家の投機的行動を促すだけで、それ自体に価値があるわけではないというのがライナーズの考えで、今後の攻撃を阻止する一番シンプルな解決策は、仮想通貨を完全に排除することだと言う。
しかし、まだ仮想通貨を捨てるべきでないと考える人のために、ライナーズは仮想通貨に関するあるべき法律の明確化について2つの例を挙げる。
「証券取引法にデジタル資産という新しい定義を設け、すべての証券発行者やブローカー・ディーラーが受ける基準、規則、規制の対象とするのが一つ。
もう一つは、ステーブルコインと仮想通貨を銀行システムから排除することです。私は、銀行が仮想通貨に関わるのは反対です。それが波及して、銀行に影響を及ぼすことは避けなければなりません」
(翻訳・住本時久、編集・常盤亜由子)