景気後退入りが現実味を帯びるなか、世界を代表するスポーツ用品企業ナイキ(Nike)の戦略が注目される。
pio3/Shutterstock.com
景気減速が企業の業績に打撃を与えるなか、ナイキウォッチャーたちがいま共通して抱く疑問は、果たしてこの世界最大のスニーカーメーカーの規模と体力は荒波を乗り切るのに十分なのか、というものだ。
この疑問は、エコノミストが景気後退入りの可能性について議論する状況のもとで、アナリストが推奨銘柄をふるいにかける上で問うものでもある。
米スポーツ用品大手ナイキ(Nike)が6月27日に開催した2022会計年度第4四半期(3〜5月)の決算説明会で、ジョン・ドナホー最高経営責任者(CEO)は、厳しい経済状況においても同社には投資を続ける力があると強調した。
「(過去に)他の企業が投資を減らす中でも、私たちは投資を続けました。その投資がナイキをより強くしたのです」
米資産管理大手ウェドブッシュ・セキュリティーズ(Wedbush Securities)のトム・ニキックは最近のアナリストレポートで、マクロ経済情勢の変化とサプライチェーンの混乱が続く現在の状況を「騒々(そうぞう)しい」と表現。
それでも、ナイキの(事業計画を達成する)実行力を踏まえれば、ウェドブッシュのカバレッジ(評価対象銘柄)においてナイキは「最強のブランドのひとつ」であることに変わりはないと評価している。
ナイキの2022会計年度(2021年6月〜22年5月)の通期売上高は467億ドル(約6兆3000億円)で、業界2位アディダス(Adidas)の2021会計年度(2021年1月〜12月)の233億ドルに比べてほぼ2倍の規模だった。
加えて、ナイキには86億ドル(約1兆1600億円)もの手元資金(現金および現金同等物)がある。
カナダの投資銀行BMOキャピタルマーケッツのマネージングディレクター、シメオン・シーゲルは次のように分析する。
「厳しい経済環境において、ナイキが持つ企業規模と資金力が競合に打ち勝つ最大の力であることに疑う余地はありません。マーケティング資金力が勝負を決するブランドビジネスの世界で、ナイキの予算規模は競合他社をはるかに凌いでいるのです」
とは言え、ナイキも個人消費減速の影響を免れるわけではないと、シーゲルは警鐘を鳴らす。
「消費者が財布の紐(ひも)を締めれば、ナイキも無傷ではいられません。それは、当然のことです」
小売り現場の変化
ナイキは2023会計年度の売上高成長率が10%台前半になるという強気の見通しを示したものの、米金融大手ゴールドマン・サックスの試算によれば、為替変動の影響を加味すると成長率は7〜8%にとどまる。その場合、従来の市場予想である10%を下回ることになる。
ベテラン業界アナリストとして知られるフェイ・ランデスによれば、ナイキの企業規模は契約アスリートや生産委託先の工場、卸売り先の小売業者との交渉において有利に働くものの、そうした規模の経済もスタイルの流行り廃りには抗しがたい面があるという。
近年、新興スニーカーブランドの「オン(On)」「ホカ(Hoka)」「ブルックス(Brooks)」などが、最新のモデルでナイキから市場シェアと小売店の棚スペースを奪ってきた。
「一般的に小売業者は、特定のベンダー(メーカーや卸)に依存することを望んでいません。ですから、常に新しいベンダーに販売機会を与えることをいとわないのです」(ランデス)
ナイキ側がD2C(消費者直販)を強化し、多くの小売業者との取引関係を打ち切ったことも、こうした新興ブランドの成長を後押しした側面がある。
ナイキは2017年時点で約3万社の小売業者と取引していたが、2022年3月までにほぼ半減させている。D2C事業を強化すると同時に、ナイキブランドを売るにふさわしい店舗環境の整備に投資できる小売業者に卸売り先を絞るためだ。
時代を超越する「クラシック・スニーカー」の価値
ランデスによれば、ナイキには景気後退入りした後でも売り上げを伸ばせるいくつかの強みがあるという。
その筆頭に挙げられるのが、同社のブランド資産であるクラシック・スニーカーだ。
例えば、「エアフォースワン(Air Force 1)」のように時代の流れを超越したブランドをナイキは所有しており、新興ブランドに目もくれずナイキのクラシック・スニーカーを買い求める消費者がいる。
ナイキのクラシック・スニーカーは時代遅れになることがない。そのブランド資産が、不況下で威力を発揮する可能性がある。
Jevone Moore/Icon Sportswire via Getty Images
「流行の最先端を狙うブランドは、人気が落ちるのも早い。それはおそらくナイキにとって有利に働くでしょう」(ランデス)
足元ではガソリン価格や家賃などの生活コストが上昇しており、消費者はスニーカーなどの嗜好(しこう)品への支出を減らさざるを得ない。
新興の小さなブランドほど景気後退の影響を受けやすく、ちょっとした売り上げの落ち込みが財務内容を直撃する。ベンチャーキャピタルからの投資もすぐに干上がってしまう。
「1つのスタイルでヒット商品を生み出し、オンライン販売を主戦場に大きなマーケティングコストをかけずに成長した新興ブランドは、逆にそのビジネスモデルがアキレス腱となり、景気後退が長引けばその多くが市場から退場、という展開も想定されます」(ランデス)
ナイキのドナホーCEOも、そうした見方に同調し、先述の決算説明会では次のように発言している。
「強いブランドは、より強くなる。今日ほど、それが明確になったことはありません」
(翻訳:田原寛、編集:川村力)