米銀大手JPモルガン・チェースの従業員(記事公開時には退職)が、行動データを逐一監視される行内の緊張に満ちた状況を赤裸々に語った。
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以下の聞き書き談話は、キャリアへの影響を回避するため匿名を条件に取材に応じた米銀大手JPモルガン・チェース(JPMorgan Chase)の従業員の話に基づく。
Insiderは取材に応じた従業員がJPモルガン・チェースに勤務する本人であることを確認済みだが、記事公開時点では同社を退職している。
JPモルガン・チェースで15年間働いてきましたが、心血を注いだ会社に裏切られた気がして、いまは転職活動をしています。
恐怖で人を縛りつけるシステムに、私は巻き込まれたくないのです。
JPモルガン・チェースは、私たち従業員のオフィス出社状況を監視し、日々の勤務に関するデータを収集しています。
「オフィスに復帰して大丈夫だろうか」
JPモルガン・チェースは2022年4月、ほぼすべての従業員に対してリモートワークとオフィス出社を組み合わせたハイブリッドワークの導入を通知しました。
しかし、私はいますぐオフィスに復帰するのは非常にリスクが高いと考えています。
我が家にはワクチン接種にはまだ早い小さな娘がおり、私が公共交通機関に乗ったりオフィスに出社したりすれば、新型コロナ感染のリスクを持ち帰ることになります。
そんなわけなので、私はまだ一切オフィスに復帰していませんし、いまのところ復帰する予定もありません。
ただ、会社はIDバッジを使って出社状況を監視しているのです。誰が、いつ、どれくらいの頻度で出社しているか、正確に把握しています。
このシステムによる監視をうまく免れようと、出社する同僚にキーカードを渡してリーダーに通して(出退社時間を記録して)もらうという持ちつ持たれつの手段もあると聞いています。
金融業界は基本的にコンプライアンスにきわめて厳しいので、ものすごく驚きです。
また、会社による監視はそれだけにとどまりません。
「ワークフォース・アクティビティ・データ・ユーティリティ(Workforce Activity Data Utility)」と呼ばれるプログラムを通じて、ズーム(Zoom)でのビデオ会議やメール作成、社用電話での通話時間を追跡することもできます。
私たち従業員が使うマウスの動きも追跡されているとのことで、ポインタの動きを日がな止めないように(本来はコンピュータの不意のスリープを防ぐ用途の)マウスジグラーをダウンロードした同僚もいます。
実際のところ、本当にマウスの動きまで追跡されているのか、真偽のほどは分かりません。でも、会社が何を、何のために監視しているのか、それが分からないからこそ不安になるのです。
『1984』のビッグブラザーを彷彿とさせる監視
多くの企業がデータを追跡していますし、自分の身を置く金融業界の規制がきわめて厳しいことは理解しています。
私にとっての現実的な問題は、追跡データにアクセスできるのは誰なのかが分からないことです。上司がいつでもデータを見られるのだとしたら本当に恐ろしい。人事部は仕方ないにせよ、直属の上司は部下の個人データにアクセスできないようにすべきです。
個人的な関係のある人が自分についていろいろと情報を引き出せるとしたら、気持ち悪くありませんか?私はこれまで、自分のデータにアクセスできるかもしれないと思った人とは距離を置いてきました。
私たち従業員は会社に監視されていることを知ってパニックに陥りました。監視されねばならないような何かをしでかしたからこんな仕打ちを受けるのか、悩み苦しみました。
私にとって何よりつらかったのは、同僚たちがみんな「恐怖モード」に変わっていくのを目の当たりにしたことでした。
そして、職場のカルチャーは悪い方向に変わっていった
いまや監視の事実を知らされる前とはまったく違う雰囲気が職場に満ち、従業員のミスは増え、仕事の質も落ちてきています。
以前は同僚たちに何かたずねたり頼みごとをしたりしても、「大丈夫だよ」と気持ち良く対応してくれるのが普通でしたが、最近はよく断られます。
例えば、かつては自分のキャリアアップにつながるからと、プレゼン担当の役割を買って出る同僚も多かったのですが、最近では「うわ、このプレゼン、僕の担当?何で僕がやんないといけないのかな、おかしいよね」といった具合。口調まですっかり変わってしまいました。
みんな前よりずっと不機嫌で、日々ストレスを募らせているように見えます。
特に、中間管理職は諸々の方針を決定する幹部職との駆け引きに気を揉むだけでなく、上が決めた方針に反発する部下たちとも向き合わなくてはならないので、なおさらです。
極度の疲労、怒りといったいわゆるバーンアウト(燃え尽き症候群)の兆候も見受けられますが、みな職務上直接関係のある人との間でその問題に触れることを明らかに恐れているのです。
ビデオ会議では「このあと(勤務時間中に)5分、10分くらいオフラインになる時間があるのでよろしく」「その時間はマウスが動かないからね」といった発言が普通に出るようになりました。
馬鹿げた話です。従業員にはチームにいちいち断りを入れなくても、10分の休憩をとる権利が認められているのに。
役員昇進のコースから外れたようだ
私はすでに直属の複数の上司に対して、オフィス出社の意思がないことをはっきりと伝えました。
彼らの失望はすぐに伝わってきたので、自分のキャリアアップもここまでなんだと直感しました。
上司たちの主張は、私が出社を拒む理由は筋が通らないというものでした。ある上司はより具体的に、今後出社せず在宅勤務を続けることで賞与や仕事のパフォーマンスに影響が及ぶのではないかとの懸念を口にしました。
自分はそれまで役員昇進のコースに踏みとどまっていると思っていましたが、その道ももはや閉ざされたと感じました。
上司の口から懸念を聞かされて、これは深い裏切りだと感じた自分をよく覚えています。ただ、ほかに何と言えばいいのか分からなかったので、私は「わかりました」とだけ答えました。
「企業が忠誠心に報いることは決してない」という言葉は聞いたことがありましたが、それを頭では理解していても、心では分かっていなかったのです。それが本当はどんなことなのか、あの日上司たちに教えられた気がします。
私は自分の人生の時間の多くを恐怖に苛(さいな)まれたまま過ごしたくはありません。そんな生活は間違いなく人生に悪影響を及ぼすと思います。だから、上司たちと話した後すぐに転職活動を始めました。
娘がいますぐにワクチン接種を受けられるようになったとしても、あるいは上司たちが永久に在宅勤務でも問題ないと言い出したとしても、私はもうこの会社にいられないと思います。
会社に対する見方も変わりましたし、もう二度とかつて信頼していたような形でJPモルガン・チェースを信頼できるとは思えないからです。
「多様性が私たちを強くする」
いまのところ、オフィスに出社しなかったり就業時間中にオンラインでなかったりの理由で懲戒処分を受けた従業員はいません。
ですから、従業員のデータに関して会社が導入する新たなポリシーで何が変わるのか、本当はデータがどのように使われているのか、いまだに不透明で分からないことばかりです。
例えば、ADHD(注意欠如・多動症)のような障害を抱える一部の人たちは、オフィスで集中力を保つのがきわめて困難です。
会社がいま採用している画一的なアプローチは、そうした精神疾患を抱える同僚たちも等しく同じ職場で働けるはずの多様性(の価値)を無視するものです。
複数の研究によると、職場の多様性はビジネスの成功にとって重要な意味を持つことが分かっています。多様性こそが私たちを強くしてくれるのです。
多様な経歴や背景、働き方は会社にとって不可欠な要素であり、そうでなければ私たちは何もかも自分たちの側のパラダイム(物事の見方やとらえ方)に基づいて判断することになります。そのようなやり方で得する人は誰ひとりいません。
画一的なポリシーは多様な働き手を遠ざけるだけです。
JPモルガン・チェースの経営幹部の方々がもしこの記事を読んでおられたら、お願いですから、私たちに私たちがベストと考えるやり方で仕事をするチャンスを与えてください。
なお、JPモルガン・チェースの担当者はInsiderのコメント要請に対し以下のような返答を寄せている。
「匿名を条件とするエピソードや状況にコメントするのは困難です。
とは言え、個別に特殊な状況で働く従業員が存在することは認識しており、だからこそ当社はそれぞれの従業員のニーズに対応し、調整して便宜を図ってきましたし、今後もそうしていく考えです。
リモートワークやフレキシブルな働き方がこれからもさらに浸透していくことは間違いありませんが、それでも、クリエイティビティやカルチャー、トレーニングなど対面でのやり取りが重要な分野や局面はあります。
当行には幅広い役職と職能が存在しており、それぞれの従業員をサポートすると同時に、お客さまにも最高のサービスを提供できるよう、柔軟な勤務のあり方を検討して参ります」
(翻訳・編集:川村力)