マルチバース創業者兼CEOのユアン・ブレア。
Multiverse
公共に資するプロジェクトに取り組むことは、ユアン・ブレアの血筋である。
イギリスのトニー・ブレア元首相と法廷弁護士のシェリー・ブース・ブレア(Cherie Booth Blair)の息子である彼は、若い頃からイギリスで最も権力と影響力のある人物の近くで育った。
現在ブレアは、見習い実習プログラムのスタートアップ企業であるマルチバース(Multiverse)のCEOとして、アメリカやイギリスでは深刻な社会課題となっている高等教育のモデルに取り組んでいる。マルチバースのプログラムでは、4年制大学を修了していない人でも、Visaやシスコ(Cisco)といった企業でトレーニングを受けたインストラクターとの見習い実習制度を通じて、実際の技術スキルを習得できる。
ブレアは、労働力の公平な競争を目指す会社を立ち上げる、という目標を以前から明確に持っていたわけではない。大学卒業後すぐにモルガン・スタンレーで投資銀行業務に就いたが、やがて、ほとんどが白人で男性という多様性を欠いた職場の実情に悩むようになった。この同質性を許容している不公平さが、ブレアには嫌というほど見えていた。
「私は公平であること、機会が等しくあることを重んじています。そして、仕事とは人々に機会をもたらすための解決方法なんだといつも考えてきました」とブレアは言う。
ブレアはモルガン・スタンレーを辞め、長期失業者の就職支援を行う人材派遣会社サリナ・ルッソ(Sarina Russo)に転職すると、3年も経たずに同社のCEOに就任した。しかし、そこで紹介する仕事はほとんどがサービス業界の臨時職員だったため、同社の仕事が十分に人の役に立っているとは感じられなかった。
その後ブレアは、次の10年でベストと言われる仕事を、これまでおいしい思いをしてきた一部の人だけに独占させないようにすることに「執着」するようになったという。
「これを解決できなければ、多くの人がこの先の社会に自分の居場所はないと感じてしまうでしょう」とブレアは言う。時折両親のように政治家になることも考えたが、結局、民間の立場からこの問題の解決に取り組むことにした。
「政府、社会、ビジネスで起きることの因果関係を結びつけ、ビジネスの視点からそれを実行できれば、自分がやろうとしていることをもっと自由度高く達成できますから」
ブレアは2016年にサリナ・ルッソを退職し、労働力のスキルギャップ解消を目指して、旧友のソフィ・アデルマン(Sophie Adelman)とともにホワイトハット(WhiteHat)を設立した。同社はその後、マルチバースに社名を変更する(アデルマンはその後退職)。マルチバースは、データ分析やソーシャルメディア・マーケティングなどの分野で見習い実習を実施しており、パートナー企業での訓練を通じて、将来の雇用機会につながる道を提供している。
見習い実習制度というものは、商業や組合の仕事では長らく間存在してきた。 しかし、この概念をホワイトカラーの仕事に適用するというのは比較的新しい。ニューヨークタイムズが報じているように、金銭的な理由で4年制大学に通えない学生が多額の借金を負うことなくホワイトカラーの仕事に就ける、というのが見習い実習推進派の主張だ。
4年制大学とは異なり、マルチバースに登録した学生は、無料で利用できるうえに給与も支払われる。これらの見習い実習プログラムの費用は、Visa、シスコ、ベライゾン(Verizon)をはじめ、マルチバースとパートナーシップを組んだ世界500社以上の企業が負担する。また、これらの企業は人材調達にかかる少額の手数料も支払っている。
実習生は、マルチバースに雇用されて企業で働くインストラクターから1対1で指導を受ける。マルチバースの広報担当者によると、全実習生の68%が見習い実習期間中またはその終了時に昇進し、90%以上が見習い実習後もその企業で働き続けている。
2021年にはアメリカにも拠点を設立し、これまでにアメリカとイギリスで約8000人の学生に見習い実習を行ってきた。2022年4月時点で、マルチバースが企業に送り込んでいる実習生の56%が有色人種、半数以上が女性だという。
ブレアは、マルチバースの「インストラクターと学生」のモデルは、学生に責任を持たせ実践的に仕事のスキルを学ばせるうえで非常に重要なものだと考えている。他のエドテック系スタートアップが運営する、学生の自主性に任せたプログラムは修了率が低いことを考えると、マルチバースは対照的だ。
ベンチャーキャピタリスト(VC)たちもこのモデルを歓迎している。マルチバースは2022年6月、ステップストーン・グループ(StepStone Group)、ライトスピード・ベンチャー・パートナーズ(Lightspeed Venture Partners)、ゼネラル・カタリスト(General Catalyst)が共同で主導するシリーズDラウンドで2億2000万ドル(約300億円、1ドル=138円換算)を調達したばかりだ。
この資金調達により、同社の評価額は17億ドル(約2300億円)となり、イギリス初のエドテック系ユニコーン企業となった。 過去の出資者には、アルファベッツGV(Alphabet’s GV)、インデックス・ベンチャーズ(Index Ventures)、セールスフォース・ベンチャーズ(Salesforce Ventures)などがある。
新たに資金調達をしたことはブレアにとっても喜ばしいことだが、彼が見据える先はマルチバースが解決を目指す核心的な問題、つまり、労働者階級と中産階級の教育ニーズと大学が提供できるものの間に横たわるギャップだ。
ブレアは言う。「大学は画一的なモデルです。根本的に破綻していますが、特に人種間の平等、社会的な流動性、そして人々が必要とするスキルを学ばせるという点で欠けているのです」
(編集・大門小百合)