写真左からセブン・ペイメントサービスの河邉弦社長、セブン銀行の松橋正明社長、渋谷区副区長の澤田伸氏、Bot Expressの中嶋一樹社長。
撮影:小林優多郎
渋谷区とセブン銀行、Bot Expressの3社が7月1日から、渋谷区の「ハッピーマザー出産助成金制度」に関する実証実験を開始した。
今回の実証実験では、従来の窓口や郵送ベースの申請に加え、渋谷区のLINE公式アカウントをベースとした申請や、全国約2万6000台のセブンATMで助成金を受け取れるようにする。
実証実験は2023年6月30日まで実施予定。
申請はLINEとマイナンバーカード、受け取りはセブン銀行ATMで
渋谷区のLINE公式アカウントで申請ができる。
撮影:小林優多郎
実証実験の流れは非常にシンプルだ。
まず、渋谷区のハッピーマザー出産助成金制度の対象者(健康保険に加入し、出産日の3カ月前から申請日まで渋谷区在住)が、自身のLINEアカウントで、渋谷区のLINE公式アカウントを友だち登録をする。
続いて、申請に必要な情報を入力していく。入力すべき内容は、基本的に渋谷区のLINE公式アカウントのボットとの対話方式で入力する。
マイナンバーカードで個人認証が可能。
撮影:小林優多郎
その中で、本人確認が必要になるが、「顔認証」と「マイナンバーカード」の2パターンが用意されている。
顔認証は運転免許証と自撮り動画を組み合わせたいわゆる「首振り撮影」の確認方法のこと。
一方、マイナンバーカードは、公的個人認証サービス(JPKI)を利用する。iPhoneやおサイフケータイ搭載のAndroid端末など、対応のスマートフォンをカードにかざし、パスワードを入力するだけで完了する。
職員の画面と、通知画面。
撮影:小林優多郎
データはBot Expressの行政窓口プラットフォームサービス「GovTech Express」を通して、渋谷区職員が審査をする。
申請内容に特に問題がなければ、「申請月の翌月末まで」(渋谷区 区民部 国民健康保険課 関藤賢司氏)には、申請したLINEアカウント宛にセブン銀行ATMで助成金を受け取るための複数の番号が送付される。
あとは、申請者が最寄りのセブン銀行ATMに送付された番号を入力し、現金を受け取れる、というわけだ。
里帰り出産でもスムーズに助成金を受け取れる
セブン銀行ATMは全国約2万6000台ある。
撮影:小林優多郎
前述の通り、ハッピーマザー出産助成金制度では従来も窓口受付のほか、郵送での申請も受け付けていた。
そんな中、期間限定の実証実験とはいえLINEでの申請とセブン銀行ATMでの受け取りに対応した理由は複数ある。
7月1日の会見に登壇した渋谷区副区長の澤田伸氏は「銀行が最寄りにない、口座を持っていない人にも(助成金を)支給したい」と語る。
特に「銀行が最寄りにない人」というのは大きなニーズがあるようだ。
普段は渋谷区に住まいを構えている人でも、出産時は親戚の力を借りるため里帰りをするパターンも多い。
セブン銀行ATMの受け取り画面(金額と番号はデモによるもの)。
撮影:小林優多郎
また、ハッピーマザー出産助成金制度の場合、申請期限として「出産日から起算して1年以内」と設定されている。
ハッピーマザー出産助成金制度を担当する渋谷区の関藤賢司氏によると、正確な統計情報はないもの窓口では「地元に帰り出産後、申請をしようとしたら1年を過ぎてしまった人もいた」と語る。
LINEでの申請、セブン銀行ATMでの受け取りができれば、出産する場所の自由度と助成金を受け取れる確実性は飛躍的に上がると言える。
個人情報問題後で揺るがないLINEの優位性
渋谷区副区長の澤田伸氏。
撮影:小林優多郎
加えて、渋谷区側が期待を寄せるのは、プラットフォームとしてのLINEの実用性だ。
渋谷区は2016年からLINE公式アカウントを開設しており、7月4日時点での友だち登録者数は5万2000人を超える。
前述の澤田副区長が強調していたのが、単に対話型のコミュニケーションができるということだけではなく、助成金などの情報を「プッシュ」で通知できる点だ。
渋谷区の取り組みにLINE公式アカウントは深く関わっている。
撮影:小林優多郎
渋谷区のLINE公式アカウントでは、プロフィールを設定することができ、友だち登録時や自身のライフスタイルに何か変化があったときには変更できるようになっている。
今回のハッピーマザー出産助成金の場合は、出産を控えている人に対して、ただ申請を待つだけではなく、助成金を申請するようにプッシュ通知を送ることも可能、というわけだ。
Bot Expressの中嶋一樹社長。
撮影:小林優多郎
もちろん「なぜLINEなのか」という点については疑問に思うところもある。LINEは月間利用者数が約9200万人(2022年4月時点)の国内最大級のメッセージツールだが、利用していないユーザーもいる。
また、LINEは2021年3月に不適切な個人情報を含むデータの取り扱いをしていたとして大きな問題となった(LINE公式アカウントのトーク機能のデータについては、2021年8月31日に国内サーバーに移転が完了)。
システムの開発を担当するBot Expressの中嶋一樹社長はBusiness Insider Japanの取材に対し「技術的にLINEに依存している点はない」と、今回のシステムの柔軟性について回答する一方で、あえてLINEを選択する理由について語った。
「ユーザー数ももちろんだが、LINEは(他のメッセージングサービスに比べて)利用率が高くなる傾向がある。今回の場合、一事業として考えたとき、公平性よりも実用性を優先した」(中嶋社長)
くしくも渋谷区の今回の取り組みが発表される直前、6月29日に国内3キャリア(NTTドコモ、KDDI、ソフトバンク)は、電話番号でテキストや画像などが送れる「+メッセージ」において、マイナンバーカードでの公的個人認証(JPKI)に7月以降対応すると発表した。
しかし、+メッセージの利用者数は約2500万人(2021年9月時点)にとどまる。
2021年9月以降順次、各社のサブブランドや、通信回線を利用する格安SIMの(MVNO)事業者にも開放されているが、LINEの月間利用者数約9200万人と比べるとまだまだ「国民的サービス」とは言えない状況だ。
Bot Expressもセブン銀行も今回の実証実験の内容を渋谷区限定としているわけではなく、他の地方自治体への展開も視野に入れる。今後もLINEをベースにした自治体サービスは増えていきそうだ。
(文、撮影・小林優多郎)