景気後退への懸念にもかかわらず、アメリカの新卒の採用機会は拡大している。
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勉強や試験、グループ課題に追われることもなく、ようやくゆったりできるはずの夏。だが2022年、多くのアメリカ の大学の新卒者には、大事な就職活動というプレッシャーがのしかかっている。
景気後退への懸念が高まっている現在の経済状況が、就職活動を一層複雑化させているのだ。
Insiderは、大学のキャリアカウンセラーや教授に取材し、就職市場が最近の卒業生たちにどのような影響を与えているか尋ねた。12人の専門家の見解は、雇用の見通しは世界経済の動向によって変わる可能性があるものの、学部卒レベルの採用については、一部企業が警告しているような悪影響は出ていない、との見方で一致している。
大学では現在、2022年の卒業生の就職実績に関するデータを集めている。キャリアアドバイザーたちはすでに、学生たちがさまざまな業界でフルタイムの仕事に就ける可能性は高まっていると楽観的だ。現在の在学生の中には、複数のインターンシップのオファーを受けている学生もいるという。
「私たちの周りを見る限り、雇用凍結ということはありません」と、アトランタから車で約1時間の距離にあるウエスト・ジョージア大学(University of West Georgia)の就職担当部長、ジニー・レイ・ターナー(Ginny Rae Turner)は言う。「企業はまだ人材を求めて私たちのところに連絡してきています」
ターナーの同僚で、同大学リチャーズ・カレッジ・オブ・ビジネス(Richards College of Business)の経済学部長のウィリアム・スミス(William Smith)は、経済が落ち込む懸念が高まっても「ほぼ全ての業界が大打撃を受けた」グレート・リセッション(訳注:アメリカのサブプライムローン問題に端を発し、2008年から2010年にかけて起きた世界的な景気後退)のような大規模なレイオフが起こる可能性は低いだろうと述べる。
悲観と暗闇の間に差す光明
テキサス州ヒューストンにあるライス大学(Rice University)でキャリア開発のアシスタント・ディレクターを務めるイベット・メクデッシ(Ivette Mekdessi)は2022年春、レイオフと雇用凍結の波がテック業界を襲ったにもかかわらず、ウーバー(Uber)、メタ(Meta)、コインベース(Coinbase)、ロビンフッド(Robinhood)などの企業で、内定を取り消された2022年卒の学生は1人だけだったと明かす。
一方、JPモルガン(JPMorgan)やウェルズ・ファーゴ(Wells Fargo)などの金融機関は人員削減を行っているという。また、株式市場が乱高下するなか、業界の専門家は、一部の投資銀行の銀行員たちもレイオフの対象になる可能性が高いと予測する。
こうしたことから、新卒生の就職見通しに関する不安は高まっているものの、最新のデータからはそのような懸念が現実になっていないことが分かる。
新卒の雇用は、新型コロナウイルス感染症の大流行で落ち込んだが、その後は回復しているようだ。全米大学・雇用者協会(NACE)の調査によると、2020年に大学を卒業した学生のうち、学位を取得してから半年で安定したフルタイムの仕事に就いたのは半数に過ぎなかった。
しかし、ミシガン州立大学が2021年秋に発表した採用傾向に関するレポートによると、学士課程を修了した人材の採用は、前年より15%増加すると見込まれている。また、2022年春にNACEが実施した調査では、各社は2021年よりも新卒採用を32%近く増やす意向だ。
一部の大手テック企業では採用が凍結されているが、この分野での就職をめざす人たちにとって朗報なのは、テック業界が持ち直すまでそれほど長い時間はかからなそうだという調査結果が出ていることだ。
マサチューセッツ州にある全米経済研究所の研究者らが2021年12月に発表したレポートでは、STEM(科学、技術、工学、数学)分野で働く人々は、2つの金融危機(コロナ禍による2020年の短期的な経済危機と10年以上前のグレート・リセッション)でも、それ以外の分野で働く人より早いペースで雇用が回復し、有利な状況になりやすいということが明らかになった。
これらの分野で雇用が回復している理由の1つとして、研究者らは技術者のリモートワークへの移行のしやすさを挙げる。リモートワークという仕組みは過去2年間で、企業にとって生産的であることが証明されているからだ。
看護、ホスピタリティ、教育分野で需要続く見込み
専門家はまた、他の多くのセクターでも採用活動が活発になっていると指摘する。2022年第1四半期には1100万件の求人があったが、その多くは4年制大学の学位を必要としない分野だったという。
オハイオ州オックスフォードにあるマイアミ大学のマーク・ラッカー(Mark Lacker)臨床教授(専門は起業家精神)は、「大卒資格が必要な職種の中で、イノベーションが重視される職種での人材の需要は今後も高くなるでしょう」と話す。
同大学の農業経営大学院で教鞭をとるラッカーは、「先行きが不透明なために産業セクター全体が停滞している中、もっと革新的で成長志向の業界はある」とし、そういった領域では今後も雇用が続くだろうと述べた。
ニューヨーク大学プロフェッショナル・スタディーズ学部のアンジー・カマス(Angie Kamath)学部長も、現在企業が最も重視しているのはイノベーションだと認めている。カマス学部長によると、同大学は「ティシュ・ホスピタリティ・センター(Tisch Center of Hospitality)」内にイノベーション・ハブを設置し、学生たちが人手不足やサプライチェーンの混乱といった現実の問題解決に取り組んでいるという。
学生たちはテクノロジーを活用し、部屋の清掃や飲食サービスの提供など、従来のホスピタリティ・ビジネスの一部を合理化するためのソリューションを見出してきたとカマス学部長は言う。景気低迷で人々の旅行関連支出が減少し、ホスピタリティ業界の労働市場が縮小した際には、こうした前向きなアプローチが就職活動に役立つ可能性もある。
ウエスト・ジョージア大学のターナー就職担当部長は、看護職も現在大きな雇用の源泉となっていると語る。看護業界は、他の医療部門と同様に、この2年間のコロナ禍で疲弊した医療現場で生じた欠員を埋めることに必死だ。
フロリダ州ウィンターパークにあるロリンズ・カレッジ(Rollins College)の体験学習担当ディレクター、デニサ・メトコ(Denisa Metko)は、教育や非営利団体など通常通年採用している分野も、不況下には卒業生にとって見通しの明るい分野と映る可能性があると言う。
「こうした分野は、一部のテック企業が感じているような重圧は感じていないでしょうからね」と彼女は言う。
「雇ってくれる企業はある」
一部の専門家は、学生たちの中には今後半年から1年の間に就職市場が転機を迎えて雇用の受け皿が一気に狭まるのではないかと懸念する者もいる、と指摘する。
カリフォルニア州クレアモントにあるポモナ大学キャリア開発室の学部長補佐、ワンダ・ギブソン(Wanda Gibson)は、悲観的なニュースの見出しを目にしても、ストレスを感じるには早すぎると言う。「動揺してはいけません。雇ってくれる企業はちゃんとあります。彼らは人材を探しているんですから」と彼女は言う。
「学生たちにはこうアドバイスしているんです。しっかりリサーチをして、最初に内定をもらったからといって、とにかく受けなければと飛びついてはいけないって。これを断ったらどこにも就職できないんじゃないかと不安になる気持ちも分かりますが、そんなことはありません」
内定をもらっても企業側にすぐに「イエス」と言わず、保留にしておける自信のある一部の学生ほど有利な展開になっていると前出のラッカーは言い、次のように続ける。
「本音を言えば、学生たちは夏のインターンシップのオファーを受けるか、自分が本当に興味を持てることをするか、どちらをとるべきかを見極めたいんです。
いろいろな組織から内定をもらい、その中からより自分らしくいられて、仕事に興味を持てるところはどこだろうと思いをめぐらせるのは、決して珍しいことではありません」
この1年で起業家精神をラッカーから学んだ約40名の学生たちは、それぞれ2022年夏のインターンシップのオファーを受け、中には幸運にも複数社からオファーを受けた学生もいた。その流れが減速しているとは思えないという。
ほとんどの専門家は、厳しい経済情勢は今後も続く可能性があるものの、グレート・リセッションの時のような雇用の縮小が再現するとは考えにくいと見ている。
「今はどこもかしこもノイズが多く、情報が交錯しています。私は学生に、今何が起こっているかをしっかりと認識し、自分が何をしたいのか、そのためには何をすればいいのかをよく考えるようにといつも伝えています」
(翻訳・渡邉ユカリ、編集・大門小百合)