さまざまな世界的要因がインフレと株式市場に影響を与えている。
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アメリカ連邦準備制度理事会(FRB)による利上げは、ここ数カ月の間、株式市場に大混乱をもたらしている。アメリカでは、現在の経済サイクルで3回の利上げが実施されている。利上げのたびに、投資家は中央銀行の動きや意図を読み解いて動こうとし、それが株価の急落や短期的な上昇を引き起こしてきた。
しかし、40年来の高水準のインフレを抑制しつつ、ソフトランディングを達成するという希望は薄れつつある。FRBのパウエル議長は、商品価格の変動など、中央銀行のコントロール外にある要因がインフレを促進する可能性が高いと警告している。
実際、投資家はこうした外部要因を無視できないと指摘するのは、クロックタワー・グループのチーフストラテジストで地政学専門家のマルコ・パピック(Marko Papic)だ。クロックタワー・グループは、15億ドル(約2030億円、1ドル=135円換算)超の運用資産額を誇るオルタナティブ資産運用会社である。
ロックダウン中の景気刺激策は、インフレ高を引き起こしている元凶の一つに過ぎないとパピックは言う。危機的状況にあるのは需要だけでなく、その反対側の供給側にもあるのだ。
パピックは、供給側が制約を受けた要因として「国家安全保障上の懸念によるサプライチェーンの国内回帰」「グリーンテック革命に伴う化石燃料への資本投入の抑制」「ウクライナ戦争」の3点を挙げる。つまり、ウクライナ戦争など、たとえ問題の一つが解消されたとしても、インフレは継続することになる。
さらに、世界の大国や影響力を持つ国々の間で働く力学の変化も考慮に入れなければならない。具体的には、1つの覇権国家や2つの超大国による二極化ではなく、多極化された世界への転換が起きていることだと、パピックは指摘する。このような不確定要素のすべてが、経済や株式市場に影響を与えるのだ。
投資家は地政学を無視してはならない
原油の変動要因には戦術的なものと循環的なものがある
パピックは原油について、短期的には弱気だが、長期的には強気の姿勢を示している。目下、投資家は原油価格が今後大幅に下落するシナリオを見落としている可能性があるという。
また、原油にとって短期的には逆風になり得る3つの不確定要素についても指摘する。第1に、現在は地政学リスクによって原油価格にプレミアムがついているが、ウクライナ戦争が終結することで、そのプレミアムが消失する可能性がある。第2に、中国の原油需要は、中国のゼロコロナ政策の継続により、低水準にとどまる可能性がある。第3に、アメリカの積極的な外交政策により、世界の原油供給が増加する可能性がある。
「概して言えば、投資家は当分の間、エネルギー関連の生産やサービスに関わる全ての関連株には手を出さない方がいいでしょう。原油価格はさらに下値をつけると思います」とパピックは話す。
しかし、これは今後3カ月に限った戦術的な判断だ。長期的には、市場はコモディティ・スーパーサイクルの最中にあり、需要は長期にわたって高水準に保たれるという。そのため、2020年末までに原油に投資せず上昇相場を逃した投資家にとっては、今後エネルギー関連株が20%下落したところで買いを入れるのがいい、とパピックは付け加える。
また、「投資家がすべきは、今後3カ月は辛抱し、原油・コモディティ価格が下落してFRBが手を引いてから、再びコモディティの強気相場に戻ることだ」という。
パピックは注目すべきETFとして、エネルギー・セレクト・セクターSPDRファンド(XLE)、SPDR S&P石油・ガス探鉱生産ETF(XOP)などのETFや、ヴァンエック・ゴールド・マイナーズETF(GDX)などの素材関連ETFを勧める。
米中対立は抑止力にならない
米中の対抗意識は、古典的な貿易戦争として始まった2018年から徐々にエスカレートし、今や真の地政学的対立へと発展したとパピックは指摘する。また、それに応じて機関投資家らは自分たちの戦略を見直しているという。
「ほんの数年前まで、中国への投資配分は3%からいずれ10%、16%へと増えていって、最終的にはGDPに占める割合も高くなるだろうと思われていました。しかし今では、多くの機関投資家が中国への投資配分をゼロにしようとしています」
投資会社はこのような状況を乗り切るための微妙な調整を望んでいないと言うが、パピックに言わせれば、それは誤解を招きかねない。ほとんどの人は、今、中国との冷戦シナリオの中にいると考えているだろう。しかしこの認識は、アメリカと旧ソ連の関係など、歴史的な出来事から描かれる限定的な図式に基づいていると言う。
パピックによると、世界はむしろ多極的な情勢に突入しているという。アメリカと中国をもってしても世界を2陣営に分けることはできない。各国は2つの超大国のどちらにつくのか選ぶ必要はなく、多極化する世界の中で、各国は互いに独立した外交政策を追求することができる。アメリカと中国は敵対することはあっても、お互いの国に対する投資をやめるわけにはいかない。そんなことをすれば、その状況に乗じた他の国を利することになるからだ。
つまり、投資家にとって中国への資産配分を0%にすることは間違った選択になり得る。対立関係によって、米中両国は競って強固な産業政策を展開し、それが経済の加速につながることすらあり得る。
例えば、中国は技術・メディア・通信(TMT)セクター全体よりも、イノベーションに傾倒したハードテックに特に力を入れているという。このことから、パピックは、中国のグリーンエネルギー分野とハードテック企業、特に上海証券取引所の科創板市場(スターマーケット)と深セン証券取引所の創業板市場(チャイネクスト)に上場している企業に強気の見方を示している。
アメリカの産業界においては、防衛産業がこのような環境の中で恩恵を受けるとパピックは考えている。防衛関連企業が市場全体をしのぐパフォーマンスを出すとの見通しだ。
多極化が生み出す新興国への投資機会
最後に、投資家はアメリカと中国の対立を利用し、複数の国々を互いに競わせる立場にある国々に目を向けるべきだとパピックは言う。ラテンアメリカ諸国、南アフリカ、インド、そしてロシアは、このような環境から利益を得る可能性がある。
「これらの国々は、中国とアメリカからそれぞれの経済圏に加わるよう働きかけられて有利な立場になるでしょう。融資や貿易協定の面で優遇を受けられますから。さながら舞踏会のシンデレラのような扱いです」
今後7年間、世界の多極化を伴うコモディティの強気相場が続くとすれば、投資家は新興国の輸出企業に長期的に注目すべきだ、とパピックは言う。
(編集・大門小百合)