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イギリスのスタートアップシーンは、ヨーロッパのテック・エコシステムの頂点に長く君臨してきた。
ベンチャーキャピタル(VC)であるアトミコ(Atomico)のデータによると、過去5年間でイギリス国内のスタートアップに投資された金額は約750億ドル(約10兆円、1ドル=130円換算)にのぼり、これはドイツやフランスの2倍に相当する。
ソフトバンクグループが支援するレボリュート(Revolut)や、上場を果たした送金会社ワイズ(Wise)といった企業のおかげで、ロンドンは世界のフィンテック・ハブとしての評判を保っている。
しかし、インフレ率の上昇、景気後退、市場の混乱などを背景に、イギリスのスタートアップ業界の先行きは不透明なようだ。イギリス政府は国内のVC市場について調査を開始し、各社がスケールアップのための資金をどの程度確保できるか、把握に乗り出した。
この調査では、国内のVC業界のリーダーたちから300ページ近くに及ぶ意見書が提出された。そこには実にさまざまな要望が記載されている。
Insiderは提出された意見書を精査し、そこから読み取れる重要なポイントを5つ特定した。以下で詳しく紹介しよう。
スケールアップ資本が不足している
イギリスが真の科学技術大国として認知されるためには、多額のスケールアップ資本が必要になる——これはロンドンを拠点とし、大学からスピンアウトした「ハードサイエンス」企業にフォーカスしているVC、パークウォーク・アドバイザーズ(Parkwalk Advisors)の意見だ。
パークウォーク・アドバイザーズのモーレイ・ライトCEO。
Parkwalk Advisors
パークウォークは、イギリスではアーリーステージに注力する投資家ネットワークと比較して、グロース株に特化した投資家が明らかに不足していると言う。
これは、「ディープテクノロジーやライフサイエンスの企業にとっては特に重要な問題」(パークウォーク)だ。こうした企業は、知的財産に注力する収益化の前段階が長期間にわたるため、その後の商業化のための資金調達に苦労することが多い。
ディープテックの新興企業を支援するチルコーム・マネジメント・サービシーズ(Chilcomb Management Services)は、「物理的なプロダクト作りにはさらに多くの時間と資本を要することが多い」ため、こうした企業を支援してくれる「投資家のプールはかなり小さい」と指摘する。
年金基金に課された投資制限の問題
この問題に対処する方法の1つが、VC業界でよく言われるところの「年金基金の開放」だ。こうした機関投資家は、VCのファンドのリミテッド・パートナーを務めることも多いが、規制によって投資額には制限をかけられている。
VCは、特にイギリス国内の年金基金の参加を促す必要があると考えている。VCのレイクスター(Lakestar)は、アメリカの年金基金では年金受給者がすでに高成長産業への投資で利益を得ているのに対し、イギリスの金融機関は民間スタートアップへの投資が遅れている点を指摘する。
「アメリカのメリーランド州の退職教員はイノベーティブなイギリス企業に投資できるためより規模の大きな年金基金の恩恵を受けられるのに、イギリスのミドルズブラやマーゲイトの退職教員はそうなっていない」と、レイクスターは提出した文書に記している。
投資収益を得る機会だと分かっていながら、年金基金関係者の中には慎重な態度をいまだ崩していない者たちもいる。
年金生涯貯蓄協会(PLSA)は、「VCのように、よりリスクが高く流動性の低いアセットクラスに配分しているところもある」ことは認識しているものの、そのために年金貯蓄を「開放」するという動きには警戒感を表している。
ダイバーシティを欠くVC業界
VC業界にとって、ダイバーシティ(多様性)もはやは中途半端な優先順位付けであってはならない、と複数のステークホルダーが考えている。
社会的責任投資に取り組むビッグ・ソサエティ・キャピタル(Big Society Capital)は、ブリティッシュ・ビジネス・バンク(BBB)の子会社のデータを引用し、VCによる投資額全体のうち、女性創業者のスタートアップが占める比率は5%にも満たないことを明らかにしている。エクステンド・ベンチャーズ(Extend Ventures)のデータによると、黒人起業家へのVC出資は2%未満だ。
女性起業家投資協議会(CIFE)は、2030年までに60万人の女性創業者を輩出するという政府目標を達成するには、やるべきことは多々あるが中でもチーム(特に投資委員会)のジェンダーバランスを改善する必要があると考えている。
サンセット条項の撤廃
2025年4月に、VCの大部分を対象とした税制優遇措置に関わる「サンセット条項」(有効期限の設定)が発動することになっており、多くのVCがこの条項の撤廃を望んでいる。
現在、優遇措置に該当する投資家(通常、アーリーステージの企業に投資している投資家)は、年間100万ポンド(約1億6300億円、1ポンド=163円換算)までの投資について、企業投資スキーム(EIS)などの国のプログラムを通じて30%の減税を申請することができる。
だが、数十億ドルの資金を運用する持株会社のオクトパスグループ(Octopus Group)は、EISおよびベンチャーキャピタルトラストと呼ばれる上場投資ビークルに対するサンセット条項は、企業にとって「資本へのルートを大幅に狭め」、「2025年に資産クラス全体を破壊する」ことになると指摘している。
スケールアップのためのスキルアップ
リスクを恐れていては、イノベーションの道は切り開けない。しかしイギリスのVC界は、アメリカと比べると同国は根本的にリスク許容度が低いと感じている。
その原因は「知識格差と専門知識の欠如」から来る、と非営利団体スケールアップ・インスティテュート(ScaleUp Institute)は見ている。知識不足のせいで「機関投資家の間に『リスク警戒』のカルチャーがはびこって」いる、というわけだ。
もしイギリスが、年金基金や保険会社などの伝統的な機関が高リスクのスタートアップにもっと資金を投入するよう望むなら、投資家の知識の向上が不可欠になると同研究所は述べ、こう警鐘を鳴らしている。
「このままでは、機関投資家の資金はイギリス拠点の高成長企業やスケールアップ企業ではなく、インフラプロジェクトなど機関投資家に馴染みのある資産クラスに流れてしまう可能性が高い」
(編集・常盤亜由子)