Allbirds; Insider
サステナブル・スニーカー企業オールバーズ(Allbirds)がナスダックに上場を果たしたのは2021年11月のことだ。
当時は株式市場が熱狂的な盛り上がりを見せていた頃。ワービーパーカー(Warby Parker)やレント・ザ・ランウェイ(Rent the Runway)など、ベンチャーキャピタル(VC)の支援を受けた流行の新興企業の中にあって、創業5年のオールバーズはいかにも若く、投資家たちが飛びついた。
IPO時の公開価格は1株15ドルだったが、公開初日の株価は一時32.44ドルにまで上昇し、時価総額はピーク時で40億ドル(約5400億円、1ドル=135円換算)を超えた。2021年8月に米国証券取引委員会(SEC)に提出した目論見書(Form S-1)にあるように、同社はこれまで一度も利益を出したことがなく、「当面損失を出し続ける」ことが予想された企業であるにもかかわらず、だ。
一方、同社のCEOであるジョーイ・ズウィリンガー(Joey Zwillinger)はIPO当日にCNBCの取材に対し、四半期ベースでは赤字だが「黒字化への道は非常に明確で、短期間で達成できる」と語っていた。
しかし、オールバーズの株価が現在1株5ドル以下で取引されていることからも分かるとおり、同社は節目を迎えている。アナリストは同社の進むべき道は理解しているものの、かつて隆盛を誇った他のD2Cブランドと同様、オールバーズもまた、話題性ではなく収益性で評価されるというハードルに直面している。
熱狂的な人気を博したオールバーズの「ウールランナー」。
Allbirds
オールバーズの2022年第1四半期の純損失は、前年同期の1350万ドル(約18.2億円)から2190万ドル(約29.5億円)へと拡大した。
他の小売ブランドと同様、オールバーズも送料の上昇、新型コロナウイルスによる中国の実店舗の閉鎖、ウクライナ戦争の影響といった逆風に晒されている。2019年から2021年にかけては店舗数を2倍以上に増やしたものの、その後運営コストが大きく上昇した。
オールバーズは上場前にも、サステナブル・ブランドならでは壁にぶつかってきた。
目論見書では、自社のIPOを史上初の「サステナブルな株式公開」と表現したが、SECの反対に遭って後にこの文言を取り下げた。
この他にも、IPOまでの数カ月間で同社は目論見書を複数回修正している。例えば2021年10月には、同社の持続可能性の枠組みがIPOの高値につながり、結果的に他の企業が同様のガイドラインを策定するきっかけとなる可能性を示唆した文言も削除された。
アナリストからは、サステナブル素材で作られた靴がそんなに消費者にウケるのかと疑問を呈する声も上がったが、同社はこの嵐を乗り切った。
オールバーズの株価推移
問題は、オールバーズがどれだけ早くキャッシュバーンに対処できるか、同社が黒字化するのを投資家がどのくらい辛抱強く待てるか、だ。
オールバーズは2022年第1四半期末の時点で約2億4000万ドル(約324億円)のキャッシュがあったが、前四半期からは4900万ドル(約66億円)近く減少している。
店舗を通じた「ブランド構築」
オールバーズは新型コロナのパンデミック発生時、新店舗の出店に多額の投資を行っていた。2019年末から2021年末にかけては新たに13店舗をオープン、トータルでは世界8カ国35店舗とした。オールバーズのブランド認知度が高いニューヨークとサンフランシスコへの初進出となった店舗は、デジタルネイティブなブランドとしては異例の好成績を収めた。
「最初の数店舗は、トラフィックも売上も非常に好調でした。これらの数店舗では1店舗あたり400万〜450万ドル(約5億4000万〜6億円)の売上がありましたが、これは新しいブランドとしてはかなり大きいほうです」と、ウェドブッシュ証券(Wedbush Securities)のシニア・エクイティ・リサーチ・アナリストであるトム・ニキック(Tom Nikic)は話す。
オールバーズのストア。
Spencer Platt/Getty Images
しかし、オールバーズは新型コロナウイルスの影響で長期間の店舗閉鎖を余儀なくされ、売上規模の小さい市場ほど売上が低迷した。
「それがオールバーズの軌道を狂わせたんです」とニキックは言う。
ニキックの推計では、2019年に380万ドル(約5億1000万円)だったオールバーズの平均的な店舗の売上は、2021年には180万ドル(約2億4000万円)にまで減少したという。
だが当のオールバーズは、パンデミック中に売上は減少したものの実店舗への投資を続けている。2022年はマンハッタンのフラットアイアン地区に新しくオープンした旗艦店やバンクーバーの店舗をはじめ、16〜17店舗をオープン予定だという。
2022年5月に行われた同社の第1四半期決算説明会で、ズウィリンガーCEOは店舗数拡大による営業コスト増を認めながらも、同社の「ブランド構築」には実店舗での販売が不可欠だと説明した。
さらにアナリストに対し、ズウィリンガー自身は小売業分野の復活を確信しており、オールバーズは郊外のモールなど、来店数の回復が早い地域でリース契約を結んでいると述べた。
フラットアイアン店の立ち上げについても、「本当に、本当に素晴らしい」と自信を覗かせ、「マンハッタンが復活することは、多くの都市環境にとって本当に良い指標になるはず」と付け加えた。
第三者とのパートナーシップで売上拡大狙う
オールバーズは、ブランドの認知度を高め売上を伸ばすために、第三者の小売業者とのパートナーシップに賭けている。
2022年6月、オールバーズはノードストローム(Nordstrom)で一部商品の販売を開始し、アメリカではパブリック・ランズ(Public Lands)、ヨーロッパではザランド(Zalando)との卸売パートナーシップを発表した。
現在、ヴォーリ(Vuori)やペロトン(Peloton)はじめ多くのD2Cスタートアップが、投資家から早期に収益化せよとのプレッシャーをかけられつつある。オールバーズの卸売パートナーシップへの移行は、その打開策の一つといえる。
エモリー大学でマーケティングを教えるダニエル・マッカーシー(Daniel McCarthy)助教授は、「彼らのようなケースは珍しくありません。純粋なD2Cビジネスの多くは、収益性を上げるのに苦労しています」と言う。小規模のD2C企業が成長するにつれて、マーケティングや顧客獲得にもっと資金を投じなければならなくなるからだ。
「彼ら(オールバーズ)もそれを経験してきたために、すべての経費をクリアするのが難しくなっているんでしょうね」とマッカーシーは言う。
アナリストの中には、オールバーズが黒字化するためには卸売の拡大が不可欠と見る向きもある。
「ここ10年で登場したデジタルネイティブ企業はどこも、実店舗での体験を顧客に提供しないかぎり厳しくなるでしょう」と、前出のニキックは言う。
象徴的な“モコモコスニーカー”を超えて
オールバーズは新しいパフォーマンスシューズや「アスレジャー」シューズといった新たな商品展開を進めており、これが直営店とサードパーティーの小売店の両方の売上に貢献する可能性がある。
「もしそこで本当に良い靴を1足でも見つけられたら、私なら半年か1年に一度は店に足を運ぶかもしれない。品揃えが豊富なら、店舗の収益性を確保しやすくなります」とマッカーシーは言う。
2020年、オールバーズはメンズとレディースのアクティブウェアラインを立ち上げた。同社の特徴であるメリノウールと「テンセル(Tencel)」などのサステナブル素材を使ったTシャツやパファージャケットなど、アスレジャーの必需品だ。
オールバーズはアパレルに進出してまだ日が浅くまだ認知も低いが、同社の共同創業者で共同CEOのティム・ブラウン(Tim Brown)は、アパレル展開はすでにオールバーズで買い物をしたことのある顧客にとって「魅力的なリエンゲージメント戦術」として役立っていると言う。
2022年に入ってから、オールバーズはさまざまな顧客層を取り込むために、新しい靴のラインをいくつか発表している。
同社オリジナルのランニングスニーカーをより軽く快適にした「ツリーダッシャー2(Tree Dasher 2)」や、トレイルランや長距離走向けの「トレイルランナー(Trail Runner)」「ツリーフライヤー(Tree Flyer)」などのパフォーマンススタイルは、ランナー向けにデザインされたものだ。
トレイルランや長距離走向けの「トレイルランナー(Trail Runner)」。
Allbirds
ライフスタイルのカテゴリーでは、同ブランドの特徴であるサトウキビを使った素材を使用した50ドル(日本では6500円)の「シュガースライダー(Sugar Sliders)」は、アマゾンで流行っている「ピロースライダー(pillow slides)」をよりサステナブルにしたものだという。また、オールバーズは従来の落ち着いた色合いから脱却し、ファッションデザイナーやアディダスなどとの提携を始めた。
しかしこうした新作も、2016年に初めて「ウールランナー(Wool Runner)」を発売したときのような注目を集めるには至っていない。この履き心地の良いモコモコのウールスニーカーは瞬く間にシリコンバレーのプロフェッショナル層の定番シューズとなった。
オールバーズは目論見書において、ウールランナーを同社の最も「象徴的」な製品として紹介し、2016年の発売から2018年までの2年間で100万足を売り上げたと記している。
オールバーズに懐疑的な人たちは、同社がコア製品に集中しすぎてブランドの拡張をないがしろにしたため、ナイキやアディダスなどとの競争で苦戦するようになってきたのではと言う。
ナイキやアディダスは、数十年もの歳月をかけて顧客との関係を培ってきた。それに比べればオールバーズはまだまだ駆け出しだ。ナイキとアディダスの売上がそれぞれ14億ドル(約1890億円)、53億ユーロ(約7310億円、1ユーロ=138円換算)であるのに対し、オールバーズは6280万ドル(約84億円、2022年第1四半期)にすぎない。
「(オールバーズは)ナイキやアディダス、あるいはスケッチャーズ(Skechers)ほどの信頼をまだ得られていません」とニキックは言う。
オールバーズはまだ黒字化していないが、2024年には損益分岐点に達するだろうとニキックらアナリストは見ている。問題は、現在の経済状況では投資家たちの忍耐力に期待できないということだ。ニキックはこう釘を刺す。
「今の投資家は、実績の浅い赤字企業なんて求めていませんから」
(編集・常盤亜由子)