アメリカから供与された歩兵携行式対戦車ミサイル「ジャベリン」を使用訓練中のウクライナ陸軍兵士。
REUTERS/Gleb Garanich
バイデン米政権が「台湾有事」を煽(あお)る狙いについて、中国を挑発して軍事的対応など過剰反応を引き出し、中国の威信を失わせようとする戦略的「行動パターン」が読みとれる、と指摘した米シンクタンクのリポートが話題を呼んでいる。
緊張緩和ではなく、激化を望むアメリカの論理とは何か。
NATO「戦略概念」見直しが意味するもの
北大西洋条約機構(NATO)は6月29日、スペイン首脳会議を開いて今後10年の指針となる新たな「戦略概念」を採択し、中国について「我々の利益、安全保障、価値観への挑戦」と初めて明記した。
中国を「唯一の競争相手」とし、「民主対専制」の戦いをグローバルに展開しようとするバイデン政権の意向が反映された形だ。
今回の「戦略概念」の見直しは、旧ソ連に対する同盟として出発したNATOが「中ロ専制主義」に対する同盟へと変質する転換点になった。
裏返せば、衰退著しいアメリカ一国では中国に対抗できず、アジア太平洋で日本と韓国、オセアニア同盟国の協力を得なければ、中国との競争に勝てない現状があぶり出されている。
3年前のレポートに脚光
米ランド研究所が2019年に発表したレポート「ロシア拡張〜有利な条件での競争(Extending Russia Competing from Advantageous Ground)」の表紙の一部。
RAND Corporation
そのように、ウクライナ戦争を受けてアメリカの同盟再編が急ピッチで進むなか、アメリカの保守系シンクタンクが3年前に出した対ロ・ウクライナ戦略に関するレポートが注目されている。
米ランド研究所(RAND Corporation)が2019年に出した「ロシア拡張〜有利な条件での競争」がそれだ。
もともと、アメリカ陸軍省参謀本部の研究プロジェクトの一環としてスタートした研究で、米軍のウクライナへの効果的支援が主要なテーマ。
レポートが注目されるのは、
「アメリカが優位に立つ領域や地域でロシアが競争するように仕向け、ロシアを軍事的・経済的に過剰に拡張させるか、あるいはプーチン政権の国内外での威信や影響力を失わせる」
という部分だ。
米軍がロシア、中国など「敵対的勢力」に対して採用する戦略的対応をパターン化したとも受け取れる内容で、緊張を煽り、敵を屈服させる論理が読みとれる。
ウクライナ侵攻を“予言”
レポートは、ロシアによるクリミア併合(2014年)の際、ロシア軍が一部軍事支配した東部ドンバス地方の動向に触れ、
「アメリカの軍事装備や助言をさらに(ウクライナに)提供すれば、ロシアは紛争への直接的な関与を強め、その代償を払わされることになりかねない。ロシアは新たな攻勢をかけ、ウクライナの領土をさらに奪取することで対抗するかもしれない」
と書く。
まるで3年後のいま、プーチン政権が「非軍事化と非ナチ化」を名目にウクライナに侵攻し、東部2州奪取をめぐる戦闘が展開されている情況を予言しているかのようだ。
ロシアとウクライナの関係がレポートの主なテーマで、中国に関する記述は少ないものの、「アメリカにとって、ロシアは最も手ごわい潜在的な敵国ではない。ロシアにはアメリカと正面から対抗する余裕はないが、中国は力をつけている」と書き、バイデン政権と同じく「真の敵」は中国と位置づける。
レポートは、米政権と米軍が「敵対的勢力」に対して採用する「行動パターン」の明快な説明にもなっている。
この行動パターンを、台湾情勢に当てはめてみると以下のような流れになる。
- まずアメリカ側が挑発し、(中国に)競争するよう仕向ける
- 中国に軍事的、経済的に「過剰な対応」を引き出させる
- 国内外での中国の威信や影響力を喪失させる
2019年に始まったアメリカの対中挑発の例を挙げれば、(a)金額、量ともに史上最大規模の武器売却を実施(b)閣僚・高官をくり返し台湾に派遣(c)軍用機を台湾領空に飛行させ台湾の空港に離発着(d)米軍艦による台湾海峡の頻繁(ひんぱん)な航行(e)米軍顧問団が台湾入りし台湾軍を訓練、などがある。
いずれも、誰が見ても意図的な挑発行動だ。
これらの挑発を見れば、バイデン政権が「一つの中国」政策の空洞化を狙っている、と中国側が受けとっても不思議はない。
実際、挑発を受けた中国は戦闘機や爆撃機を台湾の防空識別圏(ADIZ)にくり返し進入させ、海峡周辺で軍事演習を行う「軍事的対応」に出ている。上で挙げた2の「過剰な反応」にあたる。
そして、日本政府やメディアはその動きを中国の「力による現状変更」と批判し、台湾有事を煽る宣伝戦を展開してきた。
その結果、日本ではロシア・ウクライナ戦争という新たな情況も手伝って、中国脅威論と台湾有事切迫論が拡散・浸透し続けている。3の「中国の威信や影響力を失わせる」構図だ。
内政危機を外交に転嫁
ランド研究所のレポートを読み込んだ軍事ジャーナリストの小西誠氏は、ブログ記事で
「2019年当初から、ウクライナ戦争は米国とロシアとの『代理戦争』であり、米国のウクライナへの軍事支援が拡大していくにつれ、ウクライナとロシアの全面戦争に広がりかねないことを予測している」
と評価している。
筆者も米軍制服トップの証言を引用し、バイデン政権は台湾有事でも米軍を投入せず、ウクライナ戦争と同様に「代理戦争」をすると見ている。
バイデン政権はいま、8%を超すインフレ高進などから支持率が40%を割り込み、11月の中間選挙では与党・民主党の敗色が見えてきている。
国内で深刻な分裂が進むなかでも、対中国・ロシア強硬路線は超党派で一致できる数少ないテーマだ。
内部矛盾や危機を外交に転嫁するのは、体制や歴史を問わず伝統的な政治手法だ。それは民衆の不安を駆り立て、国内を一致団結させる効果がある。
とするなら、バイデンが台湾問題をめぐって対中挑発を止める理由はない。そんな事情は、食料など物価高騰から高い支持率に陰(かげ)りが見え始めた岸田政権にとっても同じだ。
中国からすれば、とんだ迷惑な話ではないか。
対中強硬派も同意見
台湾有事を煽るアメリカの挑発を指摘するのは筆者だけではない。
中国経済を専門とするキヤノングローバル戦略研究所の瀬口清之・研究主幹は最近のレポートで、アメリカ連邦議会の対中強硬派議員らが次のようなシナリオを描いていると書く。
「アメリカが台湾独立を支持することにより、中国を挑発して台湾武力侵攻に踏み切らせ、ウクライナ侵攻後のロシア同様、中国を世界の中で孤立させる」
「そうなれば、多くの外資企業が中国市場からの撤退または中国市場への投資縮小に踏み切るため、中国経済が決定的なダメージを受け、中国経済の成長率が大幅に低下する。それによりアメリカの経済的優位が保たれ一国覇権体制が安泰となる」
経済学者のジョセフ・スティグリッツ・コロンビア大学教授も、対中強硬派の動向について「『アメリカが最低限すべきは、中国経済の成長を助けるのをやめることだ』とする超党派のコンセンサスが存在する。こうした見方によれば、先制攻撃は正当化される」とまで書く。
最後に、フランスの歴史学者で、ソ連崩壊を予告したことで知られるエマニュエル・トッド氏のコメントを紹介しよう。
「世界の不安定性はロシアではなくアメリカに起因しているのです。アメリカは世界的な軍事大国で、中東などで戦争や紛争をする、あるいは維持し続けている存在なのです。ウクライナ軍も再組織化しました。
そしておそらく同じようなことをアジアでも引き起こそうとすると私は見ています。台湾に対してウクライナのように振る舞うべきだと言い始めています」
台湾海峡をめぐる米中対立で、バイデン政権が敷いたレールを無批判に進む日本外交もまた、意図的に緊張を激化させていることの責任を問われていると自覚すべきだ。
岡田充(おかだ・たかし):共同通信客員論説委員。共同通信時代、香港、モスクワ、台北各支局長などを歴任。「21世紀中国総研」で「海峡両岸論」を連載中。