BYDの発表会で創業者の王伝福氏とともに登壇したウォーレン・バフェット氏(右から2人目)とビル・ゲイツ氏(右)。2010年撮影
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2022年前半の中国経済は、新型コロナウイルスの拡大による全国的な行動制限の影響で混乱を極めた。自動車業界はその前から半導体不足や原材料費上昇といった逆風も吹いており、メガITのEV参入が相次いだ2021年のような華々しさはない。
しかし、EVシフトが進む中で、新しい市場の出現や大手のガソリン車生産終了など、ゲームチェンジは着々と進んでいる。注目すべき2つのトレンドを紹介したい。
BYD:低迷から脱出、テスラに電池供給も
6月7日、中国のEV大手比亜迪(BYD)の時価総額が独フォルクスワーゲン・グループを抜き、自動車メーカーで世界3位になった。
中国メディアの報道によると、同日のBYDの時価総額は1288億ドル(約17兆4000億円、1ドル=135円換算)で、フォルクスワーゲン・グループは1176億ドル(約15兆9000億円)。首位のテスラ(7288億8000万ドル〔約98兆4000億円〕)、2位のトヨタ自動車(約35兆7461億円)とは差があるものの、中国の民営企業が世界のトップ3に入ること自体が、地殻変動を思わせる。
今年に入り、BYDの自動車販売は絶好調だ。5月のグローバルの新エネルギー車販売ランキングでは、BYDの4車種がトップ10入り。7月3日に発表した6月の販売台数(速報値)は13万4036台で前年同月(4万1366台)の3倍超となった。1~6月の累計は64万1350台で、前年同期(15万4579台)の4倍に達する。
中国政府がEV購入補助金を削減したことで、コロナ前の数年間、BYDの業績は低迷が続いていた。2020年初めには新型コロナウイルスが拡大し、同年1~3月期の純利益は8割近く落ち込んだ。
コロナ禍でBYDはマスクの生産を始め、ソフトバンクグループの孫正義会長兼社長を通じて日本に輸出するなど、一時は世界最大のマスクメーカーになった。
だが、どん底期にBYDはさまざまな策を打っていた。2020年7月に発売した新型セダン「漢(Han)」が洗練されたデザインや加速性の良さで大ヒットし、小型セダンの「秦(Qin)」、中型SUVの「唐(Tang)」、小型SUVの「宋(Song)」など、漢と並ぶ王朝シリーズも軒並み人気を博している。
2021年には安全性やコスト面で高い競争力を持つリン酸鉄リチウムイオン電池「ブレードバッテリー」を発表。今年6月8日にBYD幹部が、米テスラにバッテリーを近く供給することを明かした。
BYDは今年3月でガソリン車の生産を終了した。
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BYDは今年3月でガソリン車の生産も終了している。EVメーカーとして有名な同社だが、実際は2020年までガソリン車の年間販売台数が新エネルギー車を上回っており、2021年に本気のEV化を進めたことが分かる。
2018~2019年の低迷期には同社に出資するウォーレン・バフェット氏から「新たな収入源を」と催促され、2020~2021年はテスラや新興EVメーカー、EVに進出を表明したIT大手の陰に隠れがちだったBYDだが、再び中国EV戦国時代の主役に躍り出ようとしている。
宏光 MINI:快走続き類似車種が続々発売
50万円で買える格安EVとして2020年7月に発売され、日本でも話題になった通用五菱汽車の宏光 MINI。発売翌月にEV販売台数で中国首位に立ち、現在までトップをキープしている。
新型コロナの感染拡大によって多くの地域で行動制限が課されたため、2022年4月は失速したもの、5月は2万9169台を売り上げ、いち早く復調した。
日本では日産自動車が同月、補助金を使えば実質100万円台で買える軽電気自動車「SAKURA」を発売し、EV市場を広げる存在として期待されているが、宏光 MINIは自動車の買い替え需要は狙っていない。航続距離や内装、安全性などはかなり割り切ったつくりで、オートバイや電動三輪車で子どもの送り迎えやスーパーに買い物に行っていた地方のユーザーを引きつけ、新しい市場を生み出した。
宏光 MINIの快走を受け、2021年末から今年前半にかけて大手自動車メーカーが似たような製品を相次ぎ発売している。
宏光 MINI(上)、風光 MINI(左下)、今年5月に発売されたQQ 氷淇淋の特別仕様車(右下)。
各メーカーの公式サイト、ウェイボアカウントより。
老舗メーカーの「チェリー自動車(奇瑞汽車)」は2021年末、外観、性能を宏光 MINIにかなり寄せつつ、発売時価格は2万9900元~4万3900元(約60~89万円、1元=20.2円換算)と宏光 MINIより若干安く設定した(注:宏光 MINIは数度の値上げで現在の価格は60万円台後半~)「QQ 氷淇淋(アイスクリーム)」を発売した。月間販売台数は宏光 MINIの3分の1~4分の1だが、5月の新エネ車セダンランキングで5位に入るなどまずまずの戦績を収めている。
大手国有メーカーの東風汽車は今年3月、傘下ブランドから「風光 MINI EV」を発売した。価格は3万2600元(約66万円)からで細かい仕様は違うが、車種名といいデザインといい宏光 MINIに非常に寄せている。風光 MINIは1月から先行販売を始めたが、右肩下がりで数字を落とし、5月の販売台数は784台にとどまっている。
宏光 MINI、QQ 氷淇淋という先行車種との差別化を打ち出せず、「柳の下のドジョウ」は2匹までだったようだ。
風光 MINIの不振を教訓にしたのか、6月に国有大手の長安汽車が発売した超小型EV「Lumin」は、宏光 MINIの1.5倍ほど高い4万8900~6万3900元(約99万~130万円)という価格設定になった。その分、運転席と助手席にエアバッグを標準装備したり、スマートロック機能や映像コンテンツを楽しめる車内ディスプレイを搭載するなど、安全性と走行体験を向上させている。6月の予約は非常に好調だったようで、勢いが続くか注目されている。
浦上早苗: 経済ジャーナリスト、法政大学MBA実務家講師、英語・中国語翻訳者。早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社(12年半)を経て、中国・大連に国費博士留学(経営学)および少数民族向けの大学で講師のため6年滞在。最新刊「新型コロナ VS 中国14億人」。未婚の母歴13年、42歳にして子連れ初婚。