ドイツ・ケルンの北西ノイラートにあるRWEの褐炭発電所の複合施設。2020年撮影。
REUTERS/Wolfgang Rattay
6月28日に閉幕した主要7カ国首脳会議(G7)で発せられた首脳宣言は、近年稀に見るほど説得力のないメッセージだったのではないか。特に、気候変動対策に意欲的的な国・地域による「気候クラブ(climate club)」を設立するという構想は、主催国ドイツの肝煎りによるものだ。しかし、そのドイツが梯子を外しにかかっている。
というのも、現在ヨーロッパ各国は、気候変動対策、特に脱炭素化の観点からすれば受け入れられないはずの「石炭火力発電への回帰」を強めているからだ。2021年10月下旬に英グラスゴーで開催されたCOP26(第26回気候変動枠組条約締約国会議)では石炭火力発電の早急な廃止で合意に達した。それを主導したのは、ヨーロッパだったはずだ。
ヨーロッパ各国が石炭火力発電に回帰する理由は、ロシアから天然ガスの供給を絞られていることにある。ロシアがウクライナに侵攻したことを受けて、欧州連合(EU)と英国は米国とともに化石燃料の「脱ロシア化」を進めようとした。しかし英国や米国と異なり、EU各国はロシア産化石燃料への依存度が高いため、困難が予想された(【図1、図2】)。
【図1】EU主要国の天然ガスの総供給量の内訳(2020年)。総供給量=国内生産量+輸入量を示す。
出典:ユーロスタット
【図2】EU主要国の天然ガスの総供給量の内訳(2020年)。天然ガスの対ロ依存度が高い上位の国々だ。
出典:ユーロスタット
EU統計局(ユーロスタット)の資料によると、EU27カ国の天然ガスの総供給量(域内生産量+輸入量)に占めるロシアからの輸入量の割合は、2020年時点で34.4%に相当、とりわけドイツの場合は62.4%にも上った。このロシアから輸入される天然ガスのほとんどは、パイプラインを通じて陸上輸送で気体の状態のまま運ばれる。
緑の党の影響が色濃い石炭火力の強化
ドイツの液化天然ガスステーションに立つ男性。ロシア侵攻後のドイツ・ゾルタウにて。
REUTERS/Fabian Bimmer
ドイツの場合、総供給量の6割以上がロシア産の天然ガスだったため、これまで液化天然ガス(LNG)の気化施設を国内に設けていなかった。ドイツは3月5日に脱ロシア化の観点から国内初となるLNG輸入ターミナルを北部ブルンスビュッテルに建設すると発表したが、稼働するまでには数年の歳月を要すると予想されている。
こうした事情に鑑み、ドイツはイタリアとともにロシア産の天然ガスの禁輸措置に関して慎重な立場をとっていた。一方で、ロシアが「兵糧攻め」的な観点から意図的に天然ガスの供給を絞ることも予想されたため、天然ガスに代替する電源を模索、ここで白羽の矢が立ったのがドイツ国内に豊富に存在する石炭だったというわけだ。
2020年のドイツの電源構成。
出所:ユーロスタット
ここで疑問なのが、「なぜ温室効果ガスの排出を伴う石炭だったのか」ということだ。
再エネ設備の急な増設には無理があるとして、今年中を予定していた原子力発電所の閉鎖の延期という手段もあったはずだ。この決断には、ドイツのショルツ政権で主要閣僚を担う環境政党、同盟90/緑の党の意向が強く働いたと推察される。脱原発は同党の党是であるためだ。
同盟90/緑の党は、もともとロシアに対しても強硬な路線を主張していたことでも知られる。脱炭素化と脱ロシア化の両立を考慮に入れた場合、原子力を延命するよりも石炭火力を時限的に強化する方が同党の支持者層に対して受け入れやすいと判断したのではないか。状況が変わったとはいえ、ドイツはご都合主義だと言われても仕方がない。
ドイツ以外のヨーロッパでも進む石炭火力への回帰
原発の誤作動を隠蔽した、と技師が告発したフランス南東部のトリカスタン原発。6月に報じられた(2018年撮影)。
REUTERS/Jean-Paul Pelissier
ドイツ以外でもヨーロッパでは石炭火力への回帰が模索されている。ギリシャをはじめとして、オランダ、オーストリアが、石炭火力を延命ないしは再開する可能性に言及している。
またフランスも、冬季に北部サンタボルの石炭火力発電所を再稼働させる可能性に言及した。フランスはは原発が主力だが、老朽化で多くの原発が不調に陥っているとされる。
一部の報道によると、フランス政府はサンタボルの石炭火力発電所の再開に際しては、その規模が小さいことに加えて、発電所が森林再生に努めることで、同発電所が発した温室効果ガスが吸収されると期待されるため、「気候に中立である」と説明している模様だ。建前はそうかもしれないが、説得力があるかどうかはまた別の話だろう。
COP26で石炭火力の早期廃止を打ち出し、G7で気候クラブの設立を提唱するヨーロッパ勢が、脱ロシア化を理由に石炭火力を再開する。新興国の多くが石炭火力発電に依存しており、また少なくない国々がロシアと友好関係を保持している。そうした新興国の目に、ヨーロッパ勢の石炭火力回帰の動きはいったいどのように映るだろうか。
少なくともG7の議長国であり、脱炭素化をリードしようとしてきたドイツには新興国に対する説明責任があるはずだ。とはいえG7ではそうした責任が果たされたとは言えず、単に新興国向けに今後5年間で6000億ドル(約81兆円)規模のインフラ整備パッケージが用意されるにとどまった。このパッケージもどこまで実行されるか不透明だ。
日本も石炭火力を回帰させる方向に
常陸那珂火力発電所。運営元のJERAは2020年のパンフレットのなかで「最新鋭の石炭火力発電所」と説明している。
出典:資源エネルギー庁
程度の差を伴いながらも、ヨーロッパ勢は石炭火力への回帰を模索している。
では6月末から電力不足が深刻化している日本はどうだろうか。
資源エネルギー庁によると、日本では現在、効率に優れた「超々臨界圧(USC)」方式が石炭火力の中心になっている。一方で、脱炭素化の観点から効率に劣る「非効率石炭火力」の廃止を2021年から進めてきた。
現在、日本のエネルギー政策は2021年10月に閣議決定された第6次エネルギー基本計画に則って進んでいる。この基本計画でも非効率石炭火力のフェードアウトが強調されているが、今般の情勢に鑑みれば、修正はされて然るべきだろう。現に日本でも老朽化で停止された石炭火力発電所が7月から再開される予定だ。
具体的に運転が再開されるのは、東京電力と中部電力が設立した国内最大の火力発電事業者であるJERAが千葉県市原市に保有している姉崎火力発電所5号機と、愛知県にある知多発電所5号機だ。古い設備は故障のリスクが大きく、温室効果ガスの排出も多いが、電力不足に直面している以上、背に腹は代えられないというところだ。
脱炭素化を重視する人々はこうした石炭回帰の流れに批判的だろうが、エネルギーが安定的に供給されなければ経済活動自体が立ち行かない。その議論をリードしてきたヨーロッパ勢が脱ロシア化を理由に路線を修正している中で、日本だけが電力不足に直面しながらも、愚直に石炭火力の廃止を進めていくことはリーズナブルな判断ではない。
もともと日本は石炭火力の技術に優れていた。それが、欧米との協調を重視し、石炭火力の削減に踏み切った経緯がある。とはいえ、前出の「非効率石炭火力」を効率に優れた石炭火力発電へ置き換えることは、本来なら脱炭素化に適う手段であり、一概に否定される必要もなければ、自ら放棄すべき手段でもなかった。
脱炭素化をけん引してきたヨーロッパですらこの有様だ。日本も石炭火力との付き合い方を今一度見直すべきだろう。
(文・土田陽介)