黒田英邦(くろだ・ひでくに):1976年、兵庫県芦屋市出身。甲南大学、米ルイス&クラークカレッジ卒。2001年コクヨ入社。コクヨファニチャー社長、コクヨ専務などを経て2015年より現職。曽祖父は創業者の黒田善太郎氏。
撮影:小林優多郎
1905年創業の文具・家具メーカー「コクヨ」。いま、経営の陣頭指揮をとっているのが創業家出身の黒田英邦氏(46)です。
「歴代の社長は私と違ってみんなカリスマでした」と語りつつも、「私が考えるこれからのリーダーに求められる大切な役割とは、社員がチャレンジできる環境をつくること。背中を押してあげること」だと語ります。
事業の責任者や役員を経験しながら、黒田氏は伝統企業にありがちな「昔からの当たり前」を改め、少しずつ社内改革を進めてきました。
そのモチベーションの源泉はどこにあるのか。黒田氏に聞くと意外な答えが。2001年の入社当時、ネット掲示板で“炎上”していたコクヨに関する書き込みを見たことだったと明かします。
不確実性が増している時代、日本を代表する老舗メーカーのトップは、どんな未来を描くのか。黒田氏に聞きました。
── 3年後に創業120年を迎えるコクヨですが、創業家の一人として「後を継ぐ」という意識は幼い頃からあったのでしょうか。
なんとなくですが父親からは「継いでほしいのかな……?」というオーラを感じていました。でも、直接的に「コクヨを継げ」と言われたことはないんです。
いわゆる帝王学みたいなものはありませんでしたね。「立派な人になれ」「会社を背負え」とも言われませんでした。なので「将来、社長になるんだ」とは思っていなかったんです。
ただ、「他の人に迷惑をかけないで生きなさい」とはよく言い聞かせられました。
コクヨでがんばろうと思ったのは、それこそ大学卒業後に入社したタイミングからでした。
大阪・南堀江にあった創業当時の社屋。
コクヨ提供
── 大学卒業後、アメリカ留学を経て2001年に入社されています。当時のコクヨはどんな雰囲気でしたか。
会社としての業績はそこまで悪くなかったと思います。日本経済が景気後退局面に入ったとはいえ、まだリーマンショックの前でした。
ただ、雰囲気としてはすごく内向きでした。当時は事業ごとに分社化したこともあって、今と比較するとかなり縦割りでオープンではない会社だったと思います。
実はこの頃、ネット掲示板の「2ちゃんねる」でコクヨが“炎上”したことがあったんです。当時の内向きで閉鎖的な従業員文化が批判されていたり……。
当時、私もこれを目にしまして……。一人の消費者としても「うわ、コクヨって大変な会社なんだ……」とショックを受けました。
「もし自分がコクヨを良くすることに関われるんだったら……」と思ったのが、コクヨで頑張ろうと思うきっかけだったんです。
「会社にとって、うまくいってないことを改善しよう」という、あの頃の思いが今も続いている。気持ちは何も変わっていません。
── 企業文化を守りつつ、時代に合わせて「当たり前」を変革していく。難しい舵取りが求められます。
プレッシャーはありますけど、それができなければ創業家出身の私がいる意味がなくなってしまいますからね(笑)。
短期的な1年後の目標達成を目指すなら、その道でも有名な経営者を社長に迎えて、あらゆる手段を講じて利益をあげる方向もあり得るでしょう。
ただ、創業以来117年にわたってコクヨが継承してきた企業文化のよいところをベースに、社員のみなさんと一緒に会社を盛り上げて、お客様にとって価値ある商品やサービスにつなげる。そうすることで会社をどんどん成長させる。
それこそ30年、50年、100年先の社会を考えながら長期的な視野に立って事業をすることが大切です。
たまたま私が創業家出身なだけではあるのですが、これは私がやるべき「役割」なんだろうなと信じています。
創業者・黒田善太郎の像。
撮影:吉川慧
── 黒田さんが考えるリーダーの「役割」とは。
私の父の代まで、コクヨは長らくカリスマ的な人がずっと会社を牽引してきました。
でも、今は多様性の時代です。リーダーがカリスマかどうかより、社員一人ひとりが充実してやりたいこと、新しいことにチャレンジできる環境をつくること。そして、背中を押してあげること。それがリーダーの役割だと思います。
コクヨのように大きくて歴史ある会社を変革しようとするなら、私一人で動いても何も変わりません。
たとえリーダーに考えがあって、うまくいくという確信があったとしても、社員みんなで考え、意見を言ってもらう方が結果的にはうまくいきます。これをコクヨではかなり意識していますね。
「社長のトップダウンで動いている会社」と思われたら、この先コクヨも長く続かないだろうと思います。
もちろん、自分の役割を全うできなくなったら、いつでもクビになる覚悟で仕事はしています。
ただでさえ創業家出身だと「上意下達」になる危険が常にあります。自分自身の経営者としてのポジションも客観的にしたいと考えています。
社外から取締役を迎え入れ、経営の透明性を高め、できるだけフェアに、自分に厳しく、自分の仕事が外部の人にどう評価されているかをオープンにできる進め方で経営していこうと思っています。
──「変えるべきもの」と「変えてはいけないもの」が明確に見えていますか。
どうでしょう……入社以来、常に迷いながらだと思います。
でも、結局はお客様が何を求めているのか、社員がやりがいをもって挑めることか、社会にコクヨが価値を提供できるか、それがすべての基準のように思います。
社員が「やりたくない」と思っていることは、なにをどうやってもうまくいきません。お客様が求めてないことを押しつけても絶対に失敗します。
撮影:小林優多郎
── 長期的な視点に立った経営が大事という話がありましたが、2021年2月に発表した「長期ビジョンCCC2030」(*)では目指す未来として「自立共同社会」という言葉を掲げています。
コクヨは2025年に創業120年を迎えますが、これからもお客様に価値あるものを届け、社会から必要とされる会社であり続けたい。そのために何が必要かをまとめたものです。
企業理念も刷新し「be Unique.」という言葉を掲げました。「be」はあえて小文字で「ユニークであろう」という意味です。
過去のコクヨは大量に多品種を生産、販売することで大きくなりました。「黙っていても、お客様は同じものをたくさん買ってくれる」と考えがちな部分もあった会社だったと思います。
もちろん多品種大量生産・販売が必ずしも悪いわけではありません。ヒット商品もそうした中にはありますし、それでビジネスがうまく運んだ部分もありました。
でも、これからの時代はどうか。お客様のニーズは時代とともに変わっています。
(※編注: CCCは「Change, Challenge, Create」を表す)
── 環境に負荷を与えたり、同質的な商品を求める人は減っていくかもしれません。
社会の変化に合わせて、多様なニーズに応える商品やサービスを提供することはもちろんです。でもそこに留まらず、多様な「働き方」「学び方」を提案し、実現できるようなチャレンジをしていくべきではないか。
今のお客様は、商品やサービスを選ぶとき「いかに自分に合ったものか」を重視しています。コストがかかる多品種少量生産でも、売り方の工夫や効率化でお客さまのニーズに対応していく。
先にご紹介した「THE CAMPUS」も「しゅくだいやる気ペン」も「Carry Campus」もそうです。お客様が、自分に合った働き方や学び方を突き詰める助けになることを目指しています。
さらに働く、学ぶに加えて「暮らす」も重視しています。欧州家具などを展開するインテリアショップ「ACTUS(アクタス)」を中心に、新しい暮らし方のニーズに対して新しい事業をつくれないか模索しています。
── 働き方、学び方を軸に多様性を模索する試みはこれからも続く。
理念とする「be Unique.」の言葉どおり、ユニークであることは人間にとって重要な要素です。
会社の中でも、できるだけ他者の意見を尊重し、尊重しながらも集団としての合意形成をしていくことに務めています。
多様性の時代、一人ひとりが自立的に暮らしつつ、互いを尊重し、共同体として協力しあう、そんな豊かな社会が訪れてほしい。
コクヨの商品やサービスが、そんな社会に貢献できることを目指していきます。
(取材、文・吉川慧)