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近年、「ビジネスモデル」という言葉を毎日のように耳にするようになりました。みなさんも新規事業を立案する際、あるいは既存の事業をよりスケールさせようとする際などに、「好調なあの企業のビジネスモデルはどうなっているんだろう」などと意識することがあるのではないでしょうか。
ビジネスモデルは時代の変化やテクノロジーの進展とともに流行り廃りがありますが、流行っているから、競合他社が成功しているからという理由で自社に導入してうまくいくとは限りません。ここに注意が必要です。
そこで今回は、一例として近年よく見かける「フリーミアムモデル」と「サブスクリプションモデル」を導入するのに不向きなのはどんなケースかを説明したうえで、時代の変化によってビジネスモデルはどのように変化するものなのか、そして自社にふさわしいビジネスモデルはどうやって見つければよいのかをお話ししていくことにします。
フリーミアムとサブスクモデル、こういう組織には不向き
ここ数年で知名度が上がったビジネスモデルの双璧といえば、少し前に流行った「フリーミアムモデル」と、最近よく耳にする「サブスクリプションモデル」ではないでしょうか。
しかしこの2つは、他社が成功しているからといって「我が社も」と飛びつくのは危険です。これで成功するためには条件があるからです。
フリーミアムは利用者にとっては便利だが…
「フリーミアム」は、フリー(無料)とプレミアム(高度な有料商品)を組み合わせた造語です。基本機能を無料で提供し、より高度なサービスを利用したい人には有料で提供するというもので、2009年にクリス・アンダーソンが『フリー』を出版して以来、一気に知名度が上がったビジネスモデルです。
アマゾンを利用するだけなら無料ですが、お急ぎ便や無料の配送特典が受けられるアマゾンプライムを利用するには、月額もしくは年額の会費を払う必要があります。このようなサービスがフリーミアムと呼ばれるものです。
このフリーミアム、利用者にとっては必要な分だけ利用できるので便利なのですが、提供する企業にとってはそうではありません。無料の利用者にかかる費用も、サービスを提供する企業が負担し続けなければならないからです。ですから、小規模な企業が導入するのはかなり難易度が高いといえます。
サブスクモデルは赤字期間を生き延びられるかが勝負
サブスクモデルは、商品やサービスを継続的に利用してもらうことで定期的に支払ってもらおうという費用回収モデルです。
売り切りモデルと違って顧客との関係も継続されますから、顧客の要望を聞き、商品・サービスをバージョンアップさせることもできます。顧客にとっても、一度に大きな費用を支払うのではなく、一回ごとの金銭的負担は比較的安価に利用できるのでリスクマネジメントにもなります。利用側にはメリットの大きいモデルです。
しかし、サブスクを提供している企業側は、一定期間は赤字になります。当然ですね。サービスは提供しているのに売上は少額なのですから。長く利用してもらうことで回収でき、全額回収後はすべて利益になるというモデルです。
この、回収しきる前の赤字期間を生き延びるためには当然、企業に体力が必要です。したがって、このモデルも小規模な企業にとっては成功のハードルが高くなります。
一般的にサブスクモデルは、解約率を一定割合に抑える必要があります。解約が少なければ、その顧客が根雪のように積もっていきます。特に物理的な商品を提供するわけではないデジタルサービスであれば、根雪が積もっていった場合に高い収益性が期待できます。
しかし逆に言うと、解約率が高いと一向に根雪が積もらず、お先真っ暗だということです。
ちなみに、定期的に会費を支払うAmazonプライムはサブスクモデルです。その「Amazonプライム会員情報」というページを見ると、プライム会員費を差し引いてもどのくらいお得になっているかが表示されます。「それなら引き続きプライムを利用しよう」と思いますよね。
サブスクでお金を回収する際には、これは毎月(あるいは毎年)支払う価値があるサービスなのだと、いかに利用者に見える化できるかも1つのポイントになります。
このように、注目されているビジネスモデルを導入したからといって、必ずしも他社の成功例と同じようにうまくいくものではないということがお分かりいただけたと思います。
テレビはなぜ無料で見られるのか
では今度は、ビジネスモデルは時代の変化やテクノロジーの進展によってどう変化していくのかを見ていくことにしましょう。
まずは、アンドリュー・ルイスという人物から広まったとされる次の一文をお読みください。
If it's free for you, then you are not the customer, you are the product.
(無料でサービスを使っているとしたら、あなたは「顧客」ではなく、あなたが「商品」なのです)
これの意味するところが分かりますか?
無料と言えば、例えばテレビです。日本では、家庭でNHK以外の民放は無料で見られます(図1)。
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しかし、テレビに登場するタレントにもお金を支払うはずです。番組制作にもお金がかかります。それなのになぜ、テレビ局は視聴者に無料でサービスを提供できるのでしょうか?
その答えは図2のとおり。消費者(つまりあなた)に自社商品を拡販したい企業がお金を払っているのです。
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商品を拡販したい企業は、テレビを通じて商品のCMを放映し、あなたの消費意欲を喚起しようと考えます。
そのためには多くの場合、広告代理店にCM制作を依頼し、それに見合ったお金を支払います。広告代理店は関連会社やパートナー会社と協力して、企業のターゲット消費者が商品を買いたくなるようなCMをつくります。そして広告代理店はその放映をテレビ局に依頼し、それに見合ったお金を支払うわけです。
企業と広告代理店、あるいは広告代理店とテレビ局の関係は、とてもシンプルなビジネスモデルです。商品やサービスを提供して、対価としてお金をもらうわけですから、仕組みとしては近所の飲食店と同じビジネスモデルだと言ってさしつかえありません。
しかしどうでしょう、テレビ局や広告代理店のビジネスモデルと聞くと、飲食店などよりはるかに収益性が高いイメージがありませんか? この差はどこから来るのでしょうか?
ポイントは「希少性」
先ほどの図をもう一度ご覧ください。テレビ局も広告代理店も、2者の間に入ってビジネスをしていますね。
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テレビ局は消費者と広告代理店の間、広告代理店は企業とテレビ局の間というように、2者の間に入ってビジネスを行う企業は「中間業者」や「代理店」などと呼ばれます。総合商社しかり問屋しかりです。
中間業者が収益を上げるには、情報の非対称性や希少性があるかどうかがポイントです。中間業者が扱う商品やサービスがどこでも買えてしまう(つまり希少性がない)ようでは価値がありませんから、そのぶん収益が低くなってしまうのです。
テレビについては、許認可事業だというところがポイントです。全国放送できるテレビの放映権は限られており、新たに参入することはほぼ不可能です。
その結果、需要(テレビCMを流したい会社)と供給(テレビを放映できる会社)では需要の方が多いため、供給側であるテレビ局のほうが交渉力が強くなり、放映料(価格)を高く維持できるのです。
その放映権の販売をテレビ局が委託している先が、広告代理店です。広告代理店はCMに出演するタレントを抱える芸能事務所とも強い関係性を持っています。つまり、広告代理店は「CMを制作する能力」と「そのCMを効果的な時間帯に流す権利」を持っているということですね。シンプルなビジネスモデルですが、この2つがあるからこそ、広告代理店は価格を高く維持できるのです。
マッチングモデルの登場
企業が自社の商品を販促するうえで、かつてはこのようなマスメディア(テレビ、ラジオ、新聞)しか存在しませんでした。ラジオも新聞も、ビジネスモデルとしてはテレビ局と同じです。
「新聞は購読者が新聞代を支払っているじゃないか」と思うかもしれませんが、新聞発行にかかる費用を考えれば、個々の購読者が払う新聞代は極めて安価です。「お金を支払っている企業にとっての拡販メディア」という位置づけで言えば、新聞も他の2つと同じなのです。
さて、そこに登場したのがマッチングモデルです。例えば、以前私が在籍していたリクルートの情報誌(とらばーゆ、ガテンなど)、販促情報誌(住宅情報、じゃらん、ゼクシィなど)などはすべてマッチングモデルです。
テレビやラジオや新聞が企業と個人をつないでいたように、マッチングモデルも2者をつなぐ(マッチングする)ビジネスモデルです。そこだけ見れば同じですが、ではテレビ局のモデルとマッチングモデルは何が違うのでしょうか?
違いは3つあります。
1つめは、ターゲット顧客だけに訴求できるという点。転職を考えている人が「とらばーゆ」を、旅行したいと考えている人が「じゃらん」を購入するという具合に、顕在顧客を対象にして拡販できるのです。
テレビやラジオや新聞は不特定多数に訴求するので、大量にリーチできます。しかしその多くは潜在顧客でしかないため、拡販したい企業にとっては効率が悪いのです。
2つめの違いは「効果が分かる」という点です。テレビ、ラジオ、新聞はCMや広告で訴求できる時間が限られていますから、どうしても興味喚起が中心になります。消費者の購買プロセスを表現する「AIDMA」のフレームワークで言うところの「Attention(注意)」「Interest(関心)」「Desire(欲求)」に効果があるわけですね。これらはどうしても効果測定がしづらいものです。
一方、マッチングモデルのメディアを手にした消費者は、AIDMAの後半、「Memory(記憶)」や「Action(行動)」につながるため、投資対効果が見えやすいのです。
そして3つめの違いは、テレビや新聞などと比較すると、マッチングモデルのメディアのほうが販促したい企業にとって安価だという点です。
このように、マッチングモデルはより効果が高く、顕在顧客に対して安価で効果が分かりやすいビジネスモデルと言えます。
インターネットの登場でマッチングはどう変わったのか
そこへインターネットが登場しました。登場した当初は、情報提供のメディアが紙からデジタルへ変わり、マッチングビジネスへの参入が容易になっただけでした。
ところが、Google、Facebookといったプラットフォーマーが現れると状況が一変します。
先の一文を思い出してください。
If it's free for you, then you are not the customer, you are the product.
(無料でサービスを使っているとしたら、あなたは「顧客」ではなく、あなたが「商品」なのです)
私たちを商品にしたのは他でもない、GoogleやFacebookなどのプラットフォーマーです。では、どうやって私たちを商品にしたのでしょうか。図1をもう一度ご覧ください。
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私たちはテレビを見る時、テレビ局には何も提供していません。一方的に見ているだけです。ではGoogleやFacebookを使っている時はどうかというと、無料メールを使ったり検索したり、近況をSNSに投稿したりすることで、多くの行動ログを提供しています。
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GoogleやFacebookはそのデータを活用して、拡販したい企業に広告を売っています。つまり、私たちはプラットフォームを無料で利用しているつもりですが、実は私たちのデータが商品になっているわけです。プラットフォーマーは圧倒的な量のデータを保有することで、より広告効果の高いマッチングビジネスを実現しています。
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誤解しないでいただきたいのですが、私はここで、このモデルの是非を問うているわけではありません。ビジネスモデルとしての言葉は違えど、テレビも求人情報誌もプラットフォーマーも、基本的には同じことをしています。では何が違うのかというと、差別化を図るポイントが違うのです。
テレビ局は放映権の希少性。広告代理店はテレビ局とタレント事務所との関係性という希少性。リクルートの求人情報誌はチャネルの希少性。そしてGoogleやFacebookは、私たちユーザーが提供した膨大なデータという希少性から、高い収益性を実現しているわけです。
加えて、これらの企業は差別化ポイントを1つではなく複数持っていることで、より強固で収益性の高いビジネスモデルを築いています。例えばGoogleは、データ量に加えて、それを分析する力(インフラ、ネットワーク、分析できる人)、それを実験できる仕組みやカルチャーなど、さまざまな差別化ポイントを持っています。
基本は顧客の「不」をどうやって解消するか
ビジネスモデルとはつまるところ、顧客のどんな「不」をどうやって解決するのかということに尽きます。「不」とは、不満、不便、不安など、顧客が抱える困り事のことです。
新規ビジネスを立ち上げる方々に私がアドバイスしているのは、次の5+1点です。1〜5は「ビジネスとして成立するか」、最後の+1は「利益が出るか」という視点です。
→誰の何を(=ターゲティング)
2 私たちはその顧客の「不」をどうやって解決するのか
→どうやって(=ソリューション)
3 実際に顧客の「不」を解決できるのか
→それは本当なのか
4 その顧客は我々が期待する規模いるのか
5 その顧客は我々が期待する料金を支払ってくれるのか
→顧客の数×単価=売上はどの程度期待できるのか
そして、
+1 私たちはイケてる業務フローをつくって期待収益を上げられるのか
→売上―業務フローコスト=利益はどの程度期待できるのか
これらにきちんと回答できるかどうかが、そして回答できない時は立ち止まることこそが、机上の空論に終わらず本当に成果を上げられるビジネスモデルづくりには重要になります。
「不」はリクルートでよく使われる言葉ですが、『イノベーションのジレンマ』で有名なクレイトン・クリステンセン教授はこれを「JOB(仕事)」と表現しています。JOB理論についてはこの連載でも以前解説していますので、詳しくはそちらをご覧ください。
ビジネスモデルは会議室でつくっていても何も始まりません。この記事を読み終えたら、まずは顧客とコミュニケーションをして、「不」を突きとめるところから始めてみてください。
※次回は2022年8月12日公開予定です。
(連載ロゴデザイン・星野美緒、編集・常盤亜由子)
中尾隆一郎:中尾マネジメント研究所代表取締役社長。1989年大阪大学大学院工学研究科修了。リクルート入社。リクルート住まいカンパニー執行役員(事業開発担当)、リクルートテクノロジーズ社長、リクルートワークス研究所副所長などを経て、2019年より現職。株式会社「旅工房」社外取締役、株式会社「LIFULL」社外取締役、「LiNKX」株式会社非常勤監査役、株式会社博報堂テクノロジーズ フェロー、TEPCOフロンティアパートナーズ投資委員も兼任。新著に『1000人のエリートを育てた爆伸びマネジメント』『世界一シンプルな問題解決』がある。