イラスト:iziz
シマオ:皆さん、こんにちは! 「佐藤優のお悩み哲学相談」のお時間がやってまいりました。今日も読者の方からいただいたお悩みについて、佐藤優さんに答えていただきます。さっそくお便りを読んでいきましょう。
40代で共働きをしている2児の母です。私は自分の実の父と母を、人間的にどうしても好きになれません。
父は典型的な猛烈サラリーマンで、普段は家庭のことは顧みないのに、家にいれば怒ってばかりでした。子ども時代、私がどうしても嫌いな食べ物を食べられないでいると殴られたり、年頃になってお風呂に入っている時にドアを開けて来て、私が無言で体を隠すと「お前の裸なんか見たくねえよ」、髪をドライヤーで乾かせば「何、色気付いてるんだ」と言ってきたりしました。商社マンとして立派な仕事をしているようでしたが、向上心のようなものはあまり感じられず、40代では浮気事件を起こし、家庭はボロボロになりました。
でも、彼は母には謝ったものの、私たちに対しては全く悪びれず、態度は変わりませんでした。引退した今でも、子どもが少しでも自分の考えにそぐわない意見を言うと怒鳴ったり、冷たく跳ね除けたりします。私はそんな彼のことは嫌いですが、孫のお迎え要員として最低限利用させてもらっている状態です。
また、専業主婦の母は、いつもはそんな彼の言いなりだったかと思えば、浮気事件の時は私に自分の味方になるよう強要し、私がうまく父と戦えないでいると、私を罵倒しました。被害者意識が常に強く、私や弟に八つ当たりしたことについては全く覚えていないようです。
私が結婚する前、父母に昔自分が傷ついたことを話してみたこともありますが、予想通り全く覚えておらず、怒り出すだけでした。それからは彼らのことを諦め、いつもは忘れていますが、今でもふとした瞬間に父母への恨みが蘇ることがあります。
母の日、父の日は義父母のついでにプレゼントはするし、誕生日も祝うし、孫もよく会わせます。表面上は良き娘です。私のこの気持ちは、このままで良いのでしょうか。
(かな、40代前半、会社員、女性)
※お便りが長文でしたので、記事では編集部にて要約させていただいております
親子関係は「発酵」しやすい
シマオ:かなさん、お便りありがとうございます。大変失礼ながら、昨今話題になることも多い「毒親」の問題を彷彿とさせますね……。
佐藤さん:親子関係の問題は「発酵」してから現れてきますからね。
シマオ:発酵……ですか?
佐藤さん:かなさんは現在40代で2人のお子さんもいる。ただ、そのくらいになって自分が子どもだった頃の記憶が思い出されてしまう。というのも、自分が親になって初めて、例えば「あれは虐待だったんじゃないか」などと理解できるようになることもあるからです。
シマオ:なるほど。だから、むしろ大人になってから思い悩むケースが生じるのですね……。かなさんのご家族の場合、特にお父さんが原因のように思えます。
佐藤さん:あくまで私の想像に過ぎませんが、かなさんの年齢から考えるに、このお父さんはおそらく団塊世代の競争を勝ち抜いたやり手のビジネスパーソンだったのではないでしょうか。そうした男性は、家族に対して自分の価値観を押しつけがちです。
シマオ:「ザ・昭和」って感じですね。
佐藤さん:そうですね。お母さんの態度もまた、その裏返しとしてあるものでしょう。価値観として根付いているので、本人たちに「悪気」はない。だから自分たちのしたことを覚えてもいない訳です。かなさん自身も、子どもの頃は無意識に両親にとっての「いい子」であろうとしていたのかもしれません。
シマオ:ただ、今からもう高齢になった親の価値観を変えるなんて難しいですよね……。どうしたらよいのでしょう?
佐藤さん:私は、かなさんのお便りを読んで、もう答えは出ていると感じました。
シマオ:と言いますと?
佐藤さん:「両親を好きになれないが、このままで良いのか」という感情は、親との関係性ではなく、自分が親から受けたことを子どもの世代に再生産したくないという気持ちから出ているのだと思います。つまり、この質問をしている時点で、かなさんは問題を対象化できているということです。
シマオ:では、その後はどうすればいいのでしょうか?
佐藤さん:今のままでいいのですよ。現在は別々に暮らしていて、拒絶する訳でもなく適度な距離感で接している。これを無理に清算しようとすれば、むしろさまざまな問題が噴き出してくることになりかねません。ある種の物事は、宙ぶらりんの状態にしておいたほうがよい場合もあるのです。
シマオ:なるほど。もしそれが原因で不調をきたしているのであれば、以前のご相談にもありましたが、自己判断せずに精神科医やカウンセラー、弁護士などのプロの助けを借りるという方法もありますね。
佐藤さん:その通りです。
親子関係を考えるための3冊——毒親・猫・ナショナリズム
イラスト:iziz
シマオ:親との関係って、他の親子関係を経験する機会自体がほぼないから難しいですよね……。何か対象化する上で参考になるような書籍はあるでしょうか。
佐藤さん:まず、かなさんの境遇を考えると一番共感できそうなものとして、評論家の古谷経衡さんが書いた『毒親と絶縁する』という本があります。
シマオ:直球のタイトル!
佐藤さん:古谷さんのお父さんは帯広畜産大学卒で札幌医科大学の博士課程まで出た人なのですが、医師ではなく、北海道大学に行けなかったことが強烈なコンプレックスとして残っていたそうです。それで、息子には札幌西高校から北大というエリートコースを進ませようと決めます。しかし、息子の成績が落ちると、父母ともに古谷さんを罵倒し、暴力を振るいました。その結果、古谷さんはパニック障害を患います。結局、両親の望むコースには進みませんでした。
シマオ:壮絶ですね……。
佐藤さん:そしてかなさんと同じく、古谷さんの両親もまた自分たちのしたことを全く覚えていなかったそうです。それを知った古谷さんは、両親と絶縁することを決意しました。その「教育虐待」の過程を綴ったのが、この本です。
シマオ:絶縁する他なかったということなのでしょうね……。
佐藤さん:次に紹介するのが、『ボブという名のストリート・キャット』という本です。これは30カ国以上で翻訳され、シリーズ累計1000万部を超えるベストセラー・ノンフィクションです。『ボブという名の猫 幸せのハイタッチ』というタイトルで映画化もされました。
シマオ:どんなお話なのでしょうか。
佐藤さん:ロンドンでストリート・ミュージシャンをしていたジェームズ・ボーエンさんは、無一文でホームレスも同然でした。そんな時、ヘロイン中毒になってしまい、病院に運び込まれてしまうところから話は始まります。すると、更生を目指す彼のもとに1匹の野良猫が迷い込んできます。ボブと名付けたその猫と一緒に路上で演奏すると、猫を見たさにたくさんの客が集まるようになり、次第に人生が好転していくという話です。
シマオ:感動的なストーリーですね。でも、親子の問題とどう関係が……?
佐藤さん:実は、主人公のジェームズ自身が父親から認めてもらえず、苦悩しているのです。それが薬物使用にもつながっていたのでしょうが、彼はボブを保護することによって、立ち直ることを決断する。そのことが結果的に父親との関係改善にもつながっていきます。いわば、ボブとの疑似的な家族体験が、現実の家族の関係性にも良い影響を与えたということです。
シマオ:なるほど。人間でなくとも、動物と疑似的な「家族」になることで、自分のことを客観的に見られるようになったのかもしれませんね!
佐藤さん:3つ目は、少し理論的な面から家族を考えるために、イスラエルの政治哲学者ヨラム・ハゾニーの『ナショナリズムの美徳』という本をおすすめします。
シマオ:ちょっと難しそうですね。どんな内容なのでしょう。
佐藤さん:一言で言えば、今はグローバリズムがナショナリズムより良いものだとされているけれど、必ずしもそうではないという本です。グローバリズムは現代の帝国主義であり、むしろ国民国家が並立するナショナリズムのほうが良い点があるのではないか。そして、その基盤となるのが家族などの共同体だという訳です。
シマオ:つまり、家族に根差した価値観のほうが、世界全体がうまくいくということですか?
佐藤さん:そうですね。何らかの価値観や規範に従って急進的に物事を変えていくのではなく、家族のように漸進的に問題を解決していく共同体のほうが、人々の幸福につながるのではないかというのが、ハゾニーの考え方です。
「家族」の範囲は自分で決めていい
シマオ:親子関係にきっちり落とし前をつけようと思ったら、古谷さんのような「戦い」になってしまう……。ただ、距離を置いて物事が変化していった先に、ジェームズみたいに関係が好転することもあるってことですね。
佐藤さん:はい。もしかしたら古谷さんの例のように、ご両親にも何か「負い目」のようなものがあったのかもしれません。だから彼らを許そうというのではなく、自分が恨みの感情を抱いているということは認めた上で、爆発させないことが大切です。その意味で、今のかなさんは本当によく状況に対処されていると思います。
シマオ:このまま「で」良いかではなく、このまま「が」良いのですね。
佐藤さん:その通りです。大切なのは、ご両親との関係でもし何かしら良い思い出があるなら、それは自分の子どもにも引き継ぎ、悪い部分は断絶するということです。それが、親が子にしてあげられることであり、家族のつながりだと私は思います。
シマオ:でも、親に恨みを持ったままだと、将来介護が必要になったときとかに、それが噴き出してしまいそうで少し心配です。
佐藤さん:必ずしも自分で介護しなければいけないと思わないことです。介護保険制度について調べ、最大限に使えば、ほとんどのことは賄えるはずです。他人を家に上げたり、手を借りたりすることに罪悪感を覚える必要などないのですから。
シマオ:自分がやらなきゃと思うと、「なんであんなことをしてきた親に……」と恨みが蒸し返してきそうですものね。
佐藤さん:その意味でも、親世代に必要なのは、子どもの教育資金にお金をつぎ込むことよりも、自分たちの老後のための貯蓄なんです。子どもの世話にならない、子どもにマイナスを負わせないことが一番大事ということです。
シマオ:かなさんのお父様は商社にお勤めだったということですから、お金は問題なさそうです。
佐藤さん:仮に、自分たちの世話をしろと言ってきたら、そこは毅然と断っていいんです。私は今の自分の家族——夫と子どもたち——のことを優先する、と。家族は束縛されるものではなく、むしろ自分の意志で選び取っていくものと考えるとよいでしょう。
シマオ:それはいい考え方ですね。という訳で、かなさん、ご参考になりましたでしょうか?
「佐藤優のお悩み哲学相談」、そろそろお別れのお時間です。引き続き読者の皆さんからのお悩みを募集していますので、こちらのページからどしどしお寄せください! 私生活のお悩み、仕事のお悩み、何でも構いません。次回の相談は7月20日(水)に公開予定です。それではまた!
佐藤優:1960年東京都生まれ。作家、元外務省主任分析官。85年、同志社大学大学院神学研究科修了。外務省に入省し、在ロシア連邦日本国大使館に勤務。その後、本省国際情報局分析第一課で、主任分析官として対ロシア外交の最前線で活躍。2002年、背任と偽計業務妨害容疑で逮捕、起訴され、09年6月有罪確定。2013年6月に執行猶予期間を満了し、刑の言い渡しが効力を失った。現在は執筆や講演、寄稿などを通して積極的な言論活動を展開している。
(構成・高田秀樹、イラスト・iziz、編集・野田翔)