今週も、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生が経営理論を思考の軸にしてイシューを語ります。参考にするのは先生の著書『世界標準の経営理論』。ただし、本連載はこの本がなくても平易に読み通せます。
男女や国籍の違い、LGBTQなど、真のダイバーシティはどのように育まれるのでしょうか。フェムテックについて無知だったと反省しきりの入山先生は「知識」「自己開示」「共感」がキーワードだと話します。
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男性は知らない生理の話
こんにちは、入山章栄です。
今回はちょっと微妙な話題なので、言葉に気をつけて話そうと思います。
BIJ編集部・小倉
どうしたんですか、入山先生。いつもと感じが違いますね。
今回は僕と小倉さんの男性2人がたじろぐ回になるかもしれませんよ。というのも最近僕はフェムテック (女性が抱える健康の課題をテクノロジーで解決する商品・サービス)に携わる方とお話しする機会が重なって、いろいろと思うところがあったんです。今日はその話ができればと思います。
最初は1年くらい前に、僕の「浜松町イノベーションカルチャーカフェ」という文化放送のラジオ番組で、フェムテックについて特集したときのことです。
ゲストにお呼びしたのがJ-CASTの蜷川聡子さんと、オンラインピル診療サービスmederiの坂梨亜里咲さんの2人。坂梨さんは、ピルを簡単に処方してもらえるアプリなど、女性の健康をサポートするサービスを立ち上げた方です。
このときの収録はゲスト2人が女性で、番組レギュラーの田ケ原恵美さんも女性。女性3人対男1人で語った結果、「入山先生、何も知らないんですね」とため息をつかれ、僕はずっと「何も知らなくてすみません」と謝りっぱなしでした。
このとき、いかに男性が女性の体調について無知であるか、まざまざと思い知らされたんですよ。
BIJ編集部・常盤
具体的には、どんなことをご存じなかったんですか?
例えばピル。小倉さんは僕より若いので違うかもしれませんが、僕にとってピルといえば、「不実な関係で女性が妊娠しそうになったときに飲むもの」というような古い認識しかなかった。
でも坂梨さんによれば、いまはピルを医療目的で飲むこともよくあるそうなんです。
BIJ編集部・常盤
そうですね。ピルにはいろいろな種類がありますから。緊急の避妊用もあれば、生理痛などをコントロールするために飲む低用量ピルもあります。
そうらしいですね。でも「ピル」という言葉を聞いただけで、もう思考停止に陥ってしまう男性も多いはずです。
BIJ編集部・小倉
僕も入山先生とまったく同じです。女性が医療目的でピルを飲むようになったと男性の間で認識され出したのは、ここ数年のことじゃないですか。
ほかにも聞けば聞くほど驚くことばかりでした。それで僕が驚いていると、番組のアシスタントスタッフの女性に、「入山先生、こんなの常識ですからね」と言われ、反省するしかなかった。
でも自己弁護するわけではありませんが、これは僕に限ったことではなく、おそらく一般の日本人の中高年男性も、僕と同程度の知識しかない人が多いのではないでしょうか。いわば、小中学校の保健体育の時間で止まっているんですよね。
女性用ショーツの問題点とは
このときのショックがかなり大きかったのですが、さらに追い討ちをかけたのが、少し前に津田塾大学の現役の学生でありながら起業した江連千佳さんという方と対談したことです。
彼女は「I _ for ME」というブランドを立ち上げて、「おかえりショーツ」というものを販売している。ショーツ、つまり女性の下着ですね。
江連さんに「入山先生、ショーツが全部同じ形なのは、おかしくないですか」と言われたんですが、何がおかしいのか僕にはよく分からない。
でもお話を聞くと、いまの女性用の下着は下半身を締めつけたり、蒸れやかゆみを起こしたりするものが多い。それなら男性のトランクスのように脚の付け根のゴムをなくせばいいかといえば、それもよくない。
女性のデリケートな部分と縫い目が当たって、履き心地が悪くなってしまう。そこで江連さんがその点にものすごく気を配った下着をつくったら、これがすごく売れているというのです。
江連さんご自身もすごく面白い方で、僕の知らない世界の話をひたすら聞かせてもらいました。
BIJ編集部・小倉
これで2回目ですね。
またしても自分の無知さを思い知らされて、もうボロボロですよ(笑)。
そこへさらにあるメディアから、「ユニ・チャームがいま生理の知識を企業に広める研修をしているから、担当者と対談しませんか」というオファーが来た。ここまで来たら、もうやるしかない。多くのアポを蹴ってお引き受けしました。
BIJ編集部・常盤
逃げないところが素晴らしいです(笑)。
ユニ・チャームはいま女性の生理のことを会社が真剣に理解しようという「みんなの生理研修」という企業向けの研修を行っている。日本の会社は多くがまだ中高年男性中心の文化ですから、僕と同様、男たちは何も分かっていない人が多いわけです。
例えば女性の中には生理期間中や、生理の前後も含めてパフォーマンスが落ちる方もいる。長い人の場合、月のうち10日間くらいは、体調が悪いだけでなく、精神的にも不安定になる時期がある。
そういう期間を累計すると、女性の一生のうち約6年間に匹敵するそうですから、本当に大変ですよね。
でも女性たちがこんなに我慢していることを男性は一切知らない。女性も口をつぐんでいる。生理休暇は法律で認められているけれど、ほとんど使われない。
なぜなら申請するのが恥ずかしいし、同性からも甘えだと思われそうだから。本当にこれでいいのだろうか、と思いますよね。
「みんなの生理研修」が素晴らしいのは、そういうことを男性も女性も一堂に会して話す場をつくっているところです。
女性が自己開示すると、男性も弱みを見せられる
「みんなの生理研修」では、最後にグループディスカッションをします。心理的安全性が確保された場で、女子社員が「実はいままで我慢していましたが、私、生理痛がひどくて……」というと、男性社員も、男性ならではの悩みを話し出すのだそうです。
例えば僕が想像するに、頭髪のことなどはありえるのではないでしょうか。少し前まで頭髪が薄い男性は平気で「ハゲ」などと呼ばれていましたが、実はそれで自分は傷つくのだ、と。
BIJ編集部・小倉
それはすごくいいことですね。逆に、なぜいままでそういうことが行われてこなかったのかとすら思いました。
いままで男性は仕事、女性は家事育児と、役割分担の時代が長く続いてきたでしょう。でもいまは男も女も仕事をするし、家事育児の分担も進んできている。
だから常識をアップデートするタイミングが来たのだと思います。つまり、「生理は隠すもの」というのがいままでの常識だったけれど、これからは女性も自分の状態をちゃんと発信して、男性もそれをきちんと理解する、というのが常識になっていくのかもしれません。
これからは生理用品のテレビCMも、「多い日も安心!」みたいな、元気ハツラツな女性を描くのではなく、「生理でおなか痛い……」というリアルな女性の姿を描いて、「ゆっくり休んでね」というメッセージを打ち出してもいいんじゃないでしょうか。
キーワードは知識と自己開示と共感
BIJ編集部・常盤
ユニ・チャームの取り組みが素晴らしいのは、女性個人に「大変だね」と寄り添うのでなく、会社としてできることを探っているところですよね。
「つらいよねー」「つらいときは言ってね」だけでは、女性の間だけの共感で終わってしまうので。男性も参加するところが、一歩進んだ取り組みだなと思います。
生理などは男女の話ですが、LGBTQや外国人なども同じだと思います。ダイバーシティのためには、まずは相互理解が大事ですよね。そのためのキーワードは、知識と自己開示と共感ではないでしょうか。
つまりつらいことを抱えている少数派はそれを我慢するのではなく、つらさを発信していく。そして無知だったほうは、共感とともにそれを知る努力をする。
BIJ編集部・常盤
なるほど。ファーストペンギンじゃないですけど、最初の一人が、「いままで我慢していたけど、本当は嫌だった」と声を上げることが大事ですね。そのためにはそれが言える環境づくりも欠かせない。
この問題については、みなさんの体験談などもぜひお聞かせいただければと思います。
【音声フルバージョンの試聴はこちら】(再生時間:37分53秒)※クリックすると音声が流れます
(構成:長山清子、撮影:今村拓馬、連載ロゴデザイン:星野美緒、編集・音声編集:小倉宏弥、常盤亜由子)
入山章栄:早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所に勤務した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』『世界標準の経営理論』など。