撮影:伊藤有
コンサルティング大手のアクセンチュア日本法人が、メタバース(仮想空間)上で記者発表を開いた。世界各地で展開するアクセンチュアとしても初の試みだ。
筆者はVRで仕事をする記事などを過去何度か書いてきたが、大手企業が記者発表を「メタバース空間だけ」で実施するということは非常に珍しく、自身も初の体験だった。
どんなものだったのか、メタバース記者発表の参加レポートをお届けする。
なぜコンサル企業がメタバース上でイベントをするのか?
アクセンチュアによるTechnology Vision 2022の概要。
出典:アクセンチュア
アクセンチュアでは、毎年、同社が世界のテクノロジーの流行を取りまとめた「Technology Vision(テクノロジービジョン)」という調査レポートを発表している。
最新の2022年版(Technology Vision 2022)は、「メタバースで会いましょう」と題され、メタバースが主要テーマとして扱われている。
今回のメタバース会見の場所には、国内のメタバースプラットフォーム「cluster」が使われた。
おそらくclusterが選定された背景には、
- clusterが個人や企業利用で一定の実績があること
- Meta Quest 2(Oculus Quest 2)での接続以外に、PCやスマホからも容易に接続できること
- 比較的多人数での同時接続が可能なこと
などを満たすことがあったと思われる。
初の実施ということで、記者向けの事前レクチャーはかなり丁寧に開かれていたようで、事前に複数回の「接続テスト日」を設けていたのは印象に残った。
メタバース記者会見をVRゴーグルで「取材」すると何が起こるか
プレゼンターはアクセンチュアの山根 圭輔氏(テクノロジー コンサルティング本部 インテリジェントソフトウェアエンジニアリングサービスグループ共同日本統括 マネジング・ディレクター)がつとめた。配信中は写真のようにPC版のVRゴーグルを使い、耳には運営側の指示が入るイヤホンを付けたりなど重装備でのぞんでいたと言う。
撮影:伊藤有
アクセンチュア広報によると、参加したプレスは約60名。そのうち40名以上が、何らかのclusterアプリからの参加者だったという。
イベントの開始時刻になると、プレゼンターを務めるアクセンチュア テクノロジーコンサルティング本部の山根 圭輔氏(インテリジェントソフトウェアエンジニアリングサービスグループ共同日本統括 マネジング・ディレクター) によるプレゼンテーションが始まった。
まず感じたのは、Zoomなどのビデオ会議形式とは、まったく違う体験であるということだ。
プレゼンターが本人をデフォルメしたオリジナルのアバターだったこともあり、実際に「その人がステージ上にいて、話している」という実在感・臨場感が強くある。
臨場感のポイントは、Quest 2(VRゴーグル)で参加すること。おそらくスマホアプリからの参加では、「没入感」は相当に減退してしまうはずだ。
プレゼンテーション資料は全70ページ以上におよぶもの。
撮影:伊藤有
テクノロジートレンドのまとめとして、今あるメタバースの流行は、4つのトレンドと3つの連続体という考え方によってマッピングできる、とした。
出典:アクセンチュア
メタバース上のイベントでは、プレゼンテーションを見ながら「取材」をすることになる。
しばらく会場で試行錯誤してみたが、取材者目線でメリット・デメリットを整理するとこんな具合になる。
便利なこと:映像や音声の記録が簡単
Quest2は録画機能があるため、自分の視野で見ている映像と音声を、そのまま動画記録できる。聞き漏らしや、映像の撮り漏らしも、(自分が目をそらさない限りは)ない。
不便なこと:「メモ」がかなり取りづらい
当然のことなのだが「メモ」が非常にしづらい。筆者は気になる発言や「あとで確認しよう」という内容を取材しながらメモしていくようにしているが、Quest2をかぶっていると手元が全く見えない。
現状、同時にメモアプリ的なものをシームレスに使う機能はQuest2にはない。ゴーグルのスキマからPC画面を見てメモをとるのも疲れるので、記者発表が始まって早々に「メモはしない、質問があれば、覚えておいてあとで聞く」ということにした。
幸い、録画が容易なので、映像を振り返りながらまとめることは簡単だ。
イベントの時間は1時間強と、それなりの長さだった。
総じて、運営のオペレーションは非常にスムーズで、これには驚いた。
山根氏のプレゼンテーションも何度かテストを重ねた上で登壇に臨んだのではないか、と感じられるこなれた印象があった。
それもあって、VR空間の中で1時間以上のプレゼンテーションを聞き、質疑応答も進める、というのは比較的集中してできたように思う。
企業側の手応えは?
参加者の様子。VRゴーグルやデスクトップアプリ、スマホアプリなど色々な環境から参加していたと思われる。アクセンチュア関係者をのぞき、40名以上の記者陣がこうしたアバターの姿で参加していた。
撮影:伊藤有
質疑応答のなかで、山根氏は初となるメタバース開催を選んだ理由として「メディアやクライアント向けに実施するのは私としても初の試み」とした上で、社内のプロジェクトを国内外の拠点を結んで進めるなかでは、VRアバターで集まって会議をするケースがあったからだと話した。
「日本も海外も分かれた上でアジャイル開発をしている。そういうときに、たまにVRアバターで集まって会議をすると、“リアルに会った”感じで、ディスカッションがはかどる。(そういう経験から)記者発表もこれでやろう、というイメージ」
山根氏としては、メタバースとZoomの違いは「メタバースはあくまで(人に)会うために、リアルで会うのと同じような意味あいがある」と、コミュニケーションにおける没入感の違いと理解・合意形成に有用だという見方を示した。
そういう意味では、環境さえ整えば、ビデオ会議形式の記者発表よりは効果が高い、と感じているようだ。
VR記者会見に感じる「可能性」
Quest2のバッテリー切れ防止のために充電しながら参加。
撮影:伊藤有
参加し終えて、企業発表にメタバース技術を取り入れていくことについては、大きな可能性があると感じた。
実は今回、この記者発表の直後に出張が入っていたため、スーツケースにQuest2一式を詰め込んで、有料のテレワーク用の部屋から参加していた。
ある意味で、VR環境がこれだけ小型で持ち運びできるものになったから、こうした使い方もできる。ネット環境さえあれば、どこにいようとも「イベント空間に参加できる」のは、明確なメリットだ。
Zoomなどのビデオ会議と、VRゴーグルでの会議は何が違うのか?と思う人もいるかもしれない。
「没入感の高さ」の説明は難しいが、たとえばYouTubeでディズニーランドを見て回ることと、実際に現地に行くことの違いをイメージしてもらうと、想像しやすい。両者が同じだと思う人はほとんどいない。
他の参加者から見ると、自分はこんな風に見える(矢印が筆者)。
Business Insider Japan
前段で指摘した、メモがとりづらいなどの問題は、どちらかというとVRゴーグルの仕様によるもので、時間の問題で解決されるはずだ。例えば手書きメモはさすがに難しいが、キーボードを組み合わせて文字入力するような解決策はいずれ出てくると思う。
一方、では「今後メタバース上の企業イベントが当たり前のように開かれるのか」というと、テック企業の関係者でも「まだ数年単位の時間がかかる」と感じている人が多いだろう。
ただし、一番のネックがテクノロジー(アプリやVRゴーグルの小型化)「ではない」とは感じている。
例えば、事実としてすでにclusterや、VRChatのようなメタバース上で人が集まるプラットフォームは実用化されているし、日常的に楽しんでいる人も数多くいる。実際に大規模イベントのオンライン版をメタバース空間で実施した例もある。
またVRプラットフォームとしての「数」も、Quest2は、すでに約1500万台の出荷実績がある(IDCの推計、6月発表)。
これは最新ゲーム機に近い水準で、例えばPlayStation 5の累計出荷台数は2022年3月末時点で1930万台(ソニーG決算短信で発表)だ。
何が足りないかと言えば、まだ「企業の中で誰でも使えるような状態」をつくれていないことではないか。PC並みに「従業員のほとんどがとりあえず持っている」状態になれば、話は変わってくる。
そういう意味では先日、アクセンチュアと同業界のPwCコンサルティングが、3000台のVRゴーグルを調達して3日間の社内イベントを開いたことは、企業内での利用拡大のきっかけてとして、大きな意味がある。
まず社員がメタバースを当たり前に体験できる状態をつくって、業務で少しずつ日常的に使いはじめることは、言うまでもなく「組織で新しいテクノロジーを使う」ことの知見を誰より早く蓄積していくことにつながるからだ。
(文・伊藤有)