インドネシア、バリのビーチ。ゴミが散乱している。
Maxim Blinkov/Shutterstock.com
ペットボトルや食品容器、衣服など、私たちの身の回りにはプラスチックでできたものがあふれている。経済協力開発機構(OECD)の報告書によると、2019年に発生した世界のプラスチックごみの量は3億5300万トン。ざっと計算すると、東京スカイツリー1万個分ほどの重さだ。
プラスチックは、自然環境の中で分解されにくい素材で、近年、海鳥やカメがプラスチック製の漁具に絡まったり、魚や貝が大きさ5ミリ以下の微少なプラスチック「マイクロプラスチック」をえさと間違えて誤飲したりする事例が多く報告されている。私たち人間も、食事を通じて1人当たり年間5万個を摂取しているとの推計もある。
プラスチック問題の現状と生態系や人間に与える影響について、専門家に聞いた。
漏れ出すプラ、2060年までに倍増も
OECDは、世界の2019年のプラスチック「使用量」は過去30年間で4倍となる4億6000万トンにまで増加したと指摘している。このまま対策をしなければ、2060年には現在のさらに3倍近くの12億3100万トンに達するとの予測もある。
世界の各地域のプラスチック使用量。右側の円は、2019年を基準にした2060年のプラスチック使用量の増加割合の推計値を示している。
OECD ENV-Linkages model. 提供:OECD
2019年に発生したプラスチックごみ3億5300万トンのうち、6割は包装や消費財、繊維製品など短い期間しか使われないものだった。また、廃棄物のうち使用後にリサイクルされたプラスチックは全体の1割に過ぎず、およそ半分は埋め立てられ、2割が焼却処分されている。
注目すべきなのは、残り2割が「不適切な管理下」にあるとの分析だ。
プラスチックは軽く、風で飛ばされたり、雨で洗い流されたりすると川や海に流れてしまう。OECDはこのように環境中に漏れ出たプラスチックの量が、2019年だけでも2200万トンにもなると推計。中国やインド、ラテンアメリカなどを含む非OECD国の「不適切な管理」の割合は、OECD加盟国と比べて高いとも指摘している。
また、OECDは、各国が対策を強化しないままでいると、2060年段階のプラスチックごみの量は現状の3倍となる10億1400万トンとなり、環境中に漏れる量も年4400万トンに倍増するとも予想している。
その頃には、累積で5億トン近くのプラスチックが湖や川、海にたまっていることになるとの試算もある。東京スカイツリーでいえば、1万4000個分に当たる量だ。
世界各国のプラスチック処理方法の違い。
Source: OECD Global Plastics Outlook Database, 提供:OECD
ただしOECDでは、今後、各国がプラスチック対策(課税やリサイクルなど)を強化すれば、2060年までにプラスチックごみの量は何も対策しなかった場合の約6割に当たる6億7900万トン、環境中に漏れる量は10分の1に近い年間600万トンにまで抑えられると推計している。
東京湾のカタクチイワシ「8割」からプラ検出
東京湾で採取したカタクチイワシなど。
提供:東京農工大学
プラスチックが世界的な問題になっている理由は、大きく分けて二つある。一つ目は「生態系への影響」、二つ目は「地球温暖化の進展への懸念」だ。
川や海に流出したプラスチックごみは、紫外線や波の力で砕けて5ミリ以下の微少プラスチック「マイクロプラスチック」になる。これがプランクトンと混ざり合い、魚や貝が誤飲する事例が多数確認されている。
国内外のプラスチック汚染についての研究を続ける高田秀重・東京農工大学教授(環境化学)のチームは2016年、東京湾で採取した8割のカタクチイワシの消化管からマイクロプラスチックが検出されたとの論文を発表した。
高田教授は、流域に人口が多い複数の河川が流れ込む東京湾で採取した魚であることを考慮すると、魚からマイクロプラスチックが見つかること自体は「あり得る」と予想していた。だが「8割の検出は多いと感じた。魚は頻繁にプラスチックを体内に取り込んでいるのだろう」といい、他の海洋生物もプラスチックに汚染されている可能性が高いと指摘する。
カタクシイワシの消化管から見つかったマイクロプラスチック。
提供:東京農工大学
地球温暖化への影響も予断を許さない。
OECD報告書は、各国が対策を取らずにプラスチックの生産量がこのまま増えていった場合、2060年段階でプラスチック関連の温室効果ガス排出量(二酸化炭素換算)は2019年段階の2倍となる43億トンになると予測している(2019年の世界の温室効果ガス排出量は約335億トン)。
日本は、廃プラスチックを燃やして熱を回収したり発電したりする割合が廃プラ全体の6割程度と高い水準になっているが、高田教授は
「プラスチックを燃やせば温室効果ガスは出る。
今後、温暖化抑制のために排出量を大幅に減らさなければならないとの大前提に立てば、たとえ高性能の焼却炉を建設したとしても、焼却は持続可能な選択肢とは言えない」
と話す。
回り回って人間に暴露している
2022年6月17日、東京農工大学にて取材に応じる高田秀重教授。
撮影:川口敦子
魚介類がマイクロプラスチックを摂取しているのだとすると、それを食べる人間もまた、体内に摂取している可能性が高い。
英国ハル大学などのチームは2020年、高田教授らの研究データも含めた50の科学論文の内容を分析した論文を発表。各地の魚介類に含まれていたマイクロプラスチックの量と、人間の魚介類消費量のデータを基に、1人当たり年間で最大5万5000個近くのマイクロプラスチックを摂取していることになると推定した。
高田教授は、魚介類を好む習慣がある日本人がこの程度の量を摂取していたとしても「不思議ではない」という。既に人間の大便からマイクロプラスチックは見つかっており、ペットボトル飲料水の中にマイクロプラスチックが50個程度含まれていたケースもあったという。
高田教授は、
「現代社会で使い捨てられたプラスチックが、回り回って人間にも暴露しているということが最大の問題だ」
と強調する。
人間がマイクロプラスチックを摂取したとして、健康への影響はあるのか。高田教授は、異物が体内に入ることで物理的に組織が傷つく可能性に加えて、プラスチックに含まれる化学物質が体内にたまると、長期的に人間の健康に影響を及ぼす恐れがあると懸念する。
プラスチックには性能維持のために可塑剤や紫外線吸収剤など、さまざまな添加剤が配合されている。中には「内分泌かく乱物質」(環境ホルモン)と呼ばれる有害な化学物質が含まれている場合もある。
例えば、環境ホルモンの一種である「ノニルフェノール」は、水生生物に強い毒性があるうえ、ヒトに対しても生殖機能などへの悪影響の恐れがあるなどと注意喚起されている。
高田教授は、「人間にどの程度の影響があるかは分からない部分はある」としつつも「すぐに生き死にに関わるものではないとしても、長い時間をかけて身体の成長をはじめ、生殖機能や免疫機能などにも悪影響が出てくる恐れがあることを、特に若い世代には意識してほしい」と呼びかける。
高田教授らのチームは2022年2月、岩手県沿岸の定置網に混獲されたアオウミガメの排泄物からマスクを見つけたと発表した。
この地域では過去15年以上にわたってウミガメ類の生態調査を実施してきたが、これまで排泄物からマスクが見つかったことはなく、コロナの影響がカメにも及んだ形だ。
研究チームは「今回カメから見つかった排泄物に化学物質が含まれているかどうかは分からないものの、今後も海の生物がマスクを誤飲すれば化学物質にさらされる可能性がある」と見立てている。
カメの排泄物から見つかったマスク
提供:東京農工大学
国際条約作りへ交渉開始、明るい材料も
世界では、深刻化するプラスチック問題に対処しようと動き始めている。
国連環境総会は今年2月、ケニア・ナイロビでの会議で、プラスチックごみについて、法的拘束力のある国際条約を作るとの決議を採択し、今後の条約採択に向けた交渉が始まった。国内でもこの4月、新しい法律「プラスチック資源循環法」(正式名称はプラスチックに係る資源循環の促進等に関する法律)が施行された。
ただ国際条約作りの議論はスタートしたばかり。高田教授は「どんなものになるのかは今後の議論次第だ。どのぐらい法的拘束力があるものになるのかということが極めて重要になる」と話す。
また「マイバッグやマイボトル、ゴミ拾いといった個人の取り組みが大事なのはもちろんだが、サプライチェーンの下流に当たる消費の部分だけを抑制するのでは不十分だ」とも指摘。上流や中流に当たるプラスチック生産企業や流通業界に、抜本的な対策強化を促す態勢を整えないといけないという。
「プラスチックを減らす、再利用する、リサイクルするという選択肢の中で、生産量や使用量をまず減らすのが、脱プラに際して最も確実な方法だ。プラスチックを天然素材に変更することに加えて、エネルギー集約型の経済社会様式を変革することが必要になる」(高田教授)
(文・川口敦子)
※記事の一部の表現を変更しました。2022年7月13日11時55分