ソフトバンクグループの投資事業「ビジョン・ファンド」と別に自前のファンド設立に乗り出すラジーブ・ミスラ副社長(7月27日時点。その後、8月31日に副社長辞任を発表)。
Screenshot of Softbank Vision Fund website
※7月27日に以下の更新を行った後、ラジーブ・ミスラ副社長が辞任を発表するに至り、内容を再度更新しました(8月31日時点)。
※ミスラ副社長の独自ファンド設立を報じた記事公開(7月8日)後、ソフトバンクグループの現役マネージングパートナー2人が退社して合流することが報じられたため、内容を更新しました(7月27日時点)。
ソフトバンクグループの投資事業「ソフトバンク・ビジョン・ファンド」を長年率い、同社が世界最大の投資会社へと変ぼうを遂げるけん引役となったラジーブ・ミスラが、現在の役職の一部から退き、60億ドル(約8100億円)規模のファンドを自ら立ち上げることが分かった。
リンクトイン(LinkedIn)のプロフィールによれば、ミスラはメリルリンチで8年、ドイツ銀行で12年、さらにUBSで4年と、世界最大級の金融機関で債券やコモディティを担当する経営幹部として活躍。
2014年に金融財務戦略(ストラテジック・ファイナンス)責任者としてソフトバンクグループに移り、副社長兼英ソフトバンク・インベストメント・アドバイザーズ最高経営責任者(CEO)を務めてきた。
自前のファンド設立後も副社長には留任するとしていたが、8月31日に副社長職も退くことが突如同社から発表された。Insiderは二転三転する事態の異常さを繰り返し報道してきたが、9月1日朝時点で同社から一連の動きの背景について説明は一切ない。
ミスラは在任時、孫正義会長兼社長の右腕として、配車サービス大手ウーバー(Uber)、シェアオフィス大手ウィーワーク(WeWork)、フードデリバリー大手ドアダッシュ(DoorDash)への巨額投資を推進してきた。
ただし、ウィーワークは2019年に計画した新規株式公開(IPO)で挫折し、ウーバーも上場直後から株価下落続きで公正価値が減少。ソフトバンクグループが2020年3月期の通期決算で約1兆円という創業以来最大の最終赤字(当時、22年3月期に約1.7兆円赤字で更新)を記録する要因にもなった。
米ウォール・ストリート・ジャーナルが最初に報じたように、孫社長は7月7日に社内向けメッセージを通じて、ミスラがソフトバンク・ビジョン・ファンド2の運営トップを退くことを明らかにした。ビジョン・ファンド1のトップは留任するという。
かなりややこしい人事で、実際、ソフトバンクグループの公式ウェブサイト(日本語)では、英ソフトバンク・インベストメント・アドバイザーズがビジョン・ファンド1および2両方の運営主体と説明されている。
しかし、実態は多少異なる模様で、今回の孫社長の社内向けメッセージによれば、ビジョン・ファンド1の運営主体は上記の通りソフトバンク・インベストメント・アドバイザーズだが、ビジョン・ファンド2(2019年設立)は別法人のソフトバンク・グローバル・アドバイザーズが運営する。
ビジョン・ファンド1は2017年設立で、先述のウーバー、ウィーワーク、ドアダッシュのほか、中国の配車サービス大手ディディ(滴滴出行)、東南アジアの配車サービス大手グラブ(Grab)、インドの格安ホテル運営オヨ(Oyo)、自動運転配送ニューロ(Nuro)など、大きな成長を遂げた投資先も多い。
ビジョン・ファンド2は2019年設立と比較的新しく、フィンテックやヘルステック、エンタープライズ向けテックなどを柱に投資先を増やしている。人工知能(AI)契約審査プラットフォームを開発するリーガルフォース(LegalForce)に出資したことが最近日本でも話題になった。
ミスラは両社のCEOを兼務してきたが、自前のファンド設立に伴い後者のCEOを退任、前者のCEOのみ引き続き務めることになった。冒頭で触れた8月31日付の副社長辞任後もその点に変化はないという。
業界関係者の間では2022年4月、ミスラが退社する可能性があるとの噂が広がっていた。
しかし当時、Insiderがソフトバンクグループに取材したところ、広報担当を通じて退社の可能性を否定する返答があり、加えてアメリカにおける投資事業でミスラはさらに大きな職務を担うことになるとの情報提供まで受けていた。
経営幹部の「副業」を容認した
孫社長は先述の社内向けメッセージで、次のように書いている。
「この8年間、ラジーブが私のそばにいてくれたことは、私にとって格別の幸運でした。今日、彼がソフトバンクグループの外で新たに(複数の資産クラスにまたがる)マルチアセット投資ファンドの構築および運営という素晴らしい機会を得たことをお知らせしたいと思います。
新たなファンドでは投資対象を含めて、ビジョン・ファンドよりはるかに幅広い権限や職務を担う予定で、テクノロジーと金融市場にまたがるラジーブの卓越したスキルが存分に発揮される場になることは間違いありません。
詳細は追ってラジーブから皆さんにお伝えすることになると思いますが、私としては彼がこれから取り組むすべての事業が大きな成功を収めることを祈っています」
このメッセージが心からの発言かどうかには疑問が残る。
2022年1月末に高額の報酬をめぐる意見の対立からマルセロ・クラウレ副社長兼最高執行責任者(COO)が退社した際、豪金融調査サービスMSTファイナンシャルのシニアアナリスト、デイビッド・ギブソンはInsiderの取材に対し、「マサはその喜びを仲間たちと分かち合いたいとは考えていないのです」と表現。孫社長がソフトバンクグループの主要投資先に個人的な出資を重ねたことで、彼を支える周囲に疎外感を与える形になっていたことを指摘している。
今回、孫社長がミスラの独自ファンド設立を容認したことは、そうした「個人的な出資」との経営幹部からの批判、あるいは羨望のまなざしに妥協したとも理解できる。
ミスラは2022年に入って、自身が設立する新たなファンドの出資候補者と協議するため、中東を訪問している。
内情に詳しい関係者によれば、候補者にはアラブ首長国連邦(UAE)のシェイク・ムハンマド・ビン・ザーイド・アル・ナヒヤーン大統領の弟で、UAE投資開発会社ロイヤル・グループ会長のシェイク・タフヌーンが含まれるという。
また、英フィナンシャル・タイムズ(7月7日付)はファンドの他の出資者として、UAEアブダビ首長国政府系ファンドのムバダラ・インベストメント(Mubadala Investment)およびADQ(旧アブダビ開発ホールディング)の名を挙げている。
経営幹部の混乱
ミスラが今回ソフトバンクグループでの職務縮小を決断したことは、クラウレ副社長兼COOを失ったばかりの孫社長にとって大きな打撃となる可能性がある。
2021年までふり返ると、米金融大手ゴールドマン・サックス出身で副社長兼最高戦略責任者(CSO)の佐護勝紀、ドイツ銀行出身でSVFマネージングパートナーのコリン・ファン、同ジェフ・ハウゼンボールドの3人をはじめ、マネージングパートナー級以上の重要な経営幹部の退社が相次いでおり、一連の人材流出に歯止めがかからない深刻な状況も見てとれる。
もう1人、孫社長にとって決定的なのは、2021年12月に自らのファンド設立に向けて退社の交渉中と報じられたソフトバンクグループ副社長兼SBマネジメントCEOアクシェイ・ナヘタの進退だ。
ブルームバーグ(2020年11月6日付)によれば、ナヘタはミスラと同じくドイツ銀行の出身で、英半導体設計最大手アーム(Arm)の米画像処理半導体大手エヌビディア(Nvidia)への売却を売り込んだ人物とされる。
直近のブルームバーグ報道(7月7日付)は、そのナヘタがミスラのファンド設立に参加するとしている。
現時点では他メディアの後追い記事が出ておらず、ナヘタの動向は定かではないものの、リンクトインのプロフィールを確認すると、2022年4月でソフトバンクグループ副社長、SBマネジメントCEOの両方を退任した模様で、ミスラと合流する可能性は考えられる。
さらに、最新のブルームバーグ報道(7月27日付)によれば、ドイツ銀行出身の2人の現役マネージングパートナー、ヤンニ・ピピリス(欧州中東アフリカ地域担当)とムニッシュ・バルマ(アメリカ担当)もミスラのファンドに合流することを決めた模様だ。
幹部人材流出の続くソフトバンクグループは現在、投資先企業の公正評価下落、上述のアームのエヌビディアへの売却失敗、中国政府によるディディなど出資先企業への規制強化に伴う巨額損失など、投資事業で苦境に直面している。
最近も、出資先であるスウェーデンの後払い決済クラーナ(Klarna)について、同社出資時に456億ドルだった評価額が、最新の資金調達に伴う評価見直しで65億ドルまで下落したことが、ウォール・ストリート・ジャーナル報道(7月1日付)で明らかになったばかりだ。
(翻訳・編集・情報補足:川村力)