地球はひどい状態にある。国連は報告書を発表するたびに、地球壊滅にさらに近づいていると警告し、「即座に思い切った対応をするように」と指導者たちに求める。
だが、事態が切迫していることは政策立案者たちも認めているものの、問題にどう対処するかについては議論が白熱するところだ。
2050年までに気温が摂氏1.5度よりも上昇するのを防ぎ、その結果として次々と生じる異常気象、海面上昇、生物多様性の喪失、穀物の不作を阻止するには、2030年までに地球規模で温室効果ガスの排出量をほぼ半減させる必要がある。
この目標を達成するには、エネルギー部門が石油や石炭といった化石燃料を使うのをやめ、ソーラーパネル、風力タービンなどを使用した再生可能エネルギーに移行し、電気自動車(EV)に乗る必要がある。
この転換を実現するには、人類はこれらの技術を実現するための原材料を生産する必要がある。リチウムイオン電池を製造するためにはリチウムや黒鉛などの原料が欠かせない(リチウムイオン電池はEVや風力発電および太陽光発電の貯蔵システムに使用されている)。
世界銀行は2017年から、息が詰まるほどの気温上昇により、これらの鉱物の需要が現在の供給量の数倍になるだろうと予測してきた。だがこうした鉱物の大規模な増産は、問題を解決するどころか、さらに多くの問題を引き起こすおそれがある。
なぜ「消費を抑える」という発想にならないのか
気候政策は従来、化石燃料から再生可能エネルギーへの切り替えを促進する新しい技術を支持してきた。
しかし、世界の10億台以上の自動車をEVへ切り替えるのに必要な採鉱量を考えると、エネルギーをよりクリーンなものに置き換えるよりも「消費を減らす」「消費方法を変える」といった発想のほうが、持続可能な開発目標(SDGs)への近道になる可能性がある。
例えば、温室効果ガスの3分の1にあたる産業界からの排出について、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)は、地球を救う最も重要な手段は「原料の使用、生産、廃棄の量を大幅に削減すること」であることを明らかにしている。
「今後20〜30年の間に、仮説の上では抜本的な削減(最大50%まで)が行える可能性があるとする研究を目にしてきました。これはかなりの原料削減と言えます」
そう語るのは、イェール大学のエネルギーシステム准教授で、IPCCのレポートの第5章(需要サイドの気候ツールの評価に関する章)の寄稿者でもあるナラシンハ・ラオ(Narasimha Rao)だ。
IPCCの後に続く機関も増えている。エネルギー転換のアナリストグループであるブルームバーグNEF(BloombergNEF)は2022年5月の報告書で、自動車での移動を「わずか10%減らす」ことで、EV需要に対応しようと躍起になる企業の負担を軽減できる可能性があるとしている。
「EVの利用をモデル化したときに非常に印象的だったのは、2050年までに排ガスゼロを達成するのに十分な数のEVを生産することが、いかに難しいかということでした」と、ブルームバーグNEFのインテリジェントモビリティアナリスト、アンドリュー・グラント(Andrew Grant)は振り返る。
消費を減らしたり消費の方法を変えたりすることで、温室効果ガスを素早く効果的に減らせる可能性がある。しかし、気候政策の多くは、消費を抑えるのではなく、新しく採掘される原料へのニーズをあおろうとするものばかりだ。
金融機関、コンサルティング会社、国際エネルギー機関(IEA。石油業界を支援するために設立された機関だ)は気候変動対策を、クリティカルミネラル(重要鉱物)の採掘と排出削減のトレードオフとして定義してきた。その過程で彼らは、世界中で鉱物を探し回る採鉱会社や投資家たちにとって夢のような予測をしてきた。
「つまり、気候危機に対する私たちの取り組みは消費者主導のものだと言っているわけです。これは地球、気候、世界中の多くのコミュニティにとって悪いニュースです」
そう語るのは、カリフォルニア大学サンタバーバラ校のハビエラ・バランディアラン(Javiera Barandiarán)准教授だ。同准教授は、さらなる採鉱が必要だとする気候政策に異議を申し立てる主張者、研究者、コミュニティの集まりに加わっている。
このネバダ州のアメリカ先住民族のような地域コミュニティの多くが、地域内の新規採鉱プロジェクトに反対している。
Ty O'Neil/SOPA Images/LightRocket/Getty Images
こうした問題に対しては、できるかぎり早く技術を導入することがシンプルな解決法のように思える。「汚い」炭化水素から「クリーンな」電気へのエネルギーの転換を容易にする、EVのような製品を開発するといった具合に。
だが、クリーンエネルギーの配電網が必要になることと、化石燃料車が減る代わりに採鉱による害が出ることを天秤にかけるのは難しい。クリーンエネルギーへの移行にはさらに鉱物が必要になるが、どの鉱物をどれくらい、どのように入手するのかは、答えを出さねばならない重要な問題だ。
循環型鉱物経済政策の提唱者で、非政府組織アースワークス(Earthworks)のラケル・ドミンゲス(Raquel Dominguez)は次のように語る。
「誰にとって『一番簡単』なんでしょうね。EV製造のために必要な鉱物の採掘現場近くの住民にとっては、簡単なことではありません。EVを製造するためにその地域社会が犠牲になるわけですから」
鉱山開発のためにアボリジニの遺跡を爆破
鉱山は通常、発見から操業までに10年以上かかる。いざ操業となれば、巨額の資本を必要とし、危険で、温室効果ガスの主要排出源となる。選鉱は溶かした岩を成形するため、主に化石燃料の燃焼に依存している。またその過程は脱炭素化が難しい。
この業界の排出量は既に地球全体の7%を占めるが、より多くの車の製造、道路、森林伐採の需要が増えるにつれ、鉱山の間接的排出量は増加する。
そのうえ、鉱山は地域社会と、その土地の生態系にダメージを与えるおそれがある。鉱山は住民に立ち退きを余儀なくさせ、森林を伐採し、むき出しになった土地は水を汚染し、大規模な洪水を引き起こす可能性がある。
リチウムやニッケルといった金属はごく少量しか存在しないが、その選鉱の過程で残りの岩を有毒廃棄物に変え、採鉱会社はその扱いに苦心する。水路に捨てたり、ボロボロになったダムの裏に保管したりすることさえある。
企業は世界各地で、気候変動対策と銘打った新たな採鉱プロジェクトへの反発に直面している。セルビアでは2021年、多国籍採鉱会社リオ・ティント(Rio Tinto)が大規模リチウムプロジェクトを発表したが、同国の独裁者の失墜以来最大の反対運動が巻き起こり、政府がプロジェクトを差し止める事態となった。
同時期にはテスラ(Tesla)が自社の自動車用に鉄ベースの電池を使用することを検討し始めたことから、オーストラリアの鉄鉱石鉱山業者が鉱山開発のためにアボリジニの遺跡を爆破した。これによりオーストラリアは、自国の鉱業管理を見直さざるを得なくなった。
また、カナダのとある企業は、「生物多様性の危機を引き起こし、太平洋の島国に経済的な影響を及ぼす」という警告に反し、太平洋の海底の採鉱を正当化するために気候危機を利用している。
アメリカでは2022年に入り、チリのある企業が銅とニッケルを採掘するための1年越しの取り組みが水の泡となり、環境保護主義者が起こした数件の訴訟に敗訴した。その計画では、ミネソタ州にある100万エーカーに及ぶバウンダリー・ウォーターズ保護原生地域が破壊されることが見込まれていた。
アリゾナ州では、アナリストがエネルギー転換の中で最も有望な銅の供給源と呼ぶものが、「地元のアパッチ族コミュニティの権利を踏みにじり、自然界の生物を脱水状態にする」として、抗議者たちから非難された。さらにアイダホ州では、金鉱はネズパース族が使う水に過度な悪影響を与えると環境保護庁が判断したにもかかわらず、ある金鉱会社は「クリーンエネルギーを求める競争に参加できる」と息巻いていた。
2015年、ブラジルの鉱山廃棄場でダムが崩壊した結果、赤い有毒な泥が大量にまき散らされ、村全体を覆い尽くした。
Christophe Simon/AFP/Getty Images
地域住民の反対にもかかわらず、アメリカの政治家たちは両党合意で、鉱業を気候に関する話し合いに持ち込み、この業界を後押ししてきた。
トランプ政権は採掘会社が許可を取得し、鉱山から出た汚染の除去を回避するための地ならしをした。バイデン政権もまた、気候政策に取り組むには鉱業の拡大が必要だと強調してきた。
共和党・民主党両党の上院議員は、「電池の原料についてはほぼすべての業界で中国企業が優位に立っており、これはアメリカ企業と国家の安全を脅かすものである」と主張している。だからアメリカは電池原料の生産を強化する必要があるのだ、と。
だがこれらの議論の大部分が、需要と供給の両サイドを調整するよりも、できるだけ需要をあおることに強い関心を持つ人々に支配されている。
EVメーカーは気候問題についての科学的研究とメディアの議論に大きく立ちはだかっているほか、モルガン・スタンレー(Morgan Stanley)などの金融機関やウッドマッケンジー(Wood Mackenzie)などのコンサルティング会社に触発されて自社を気候問題の救済者としてブランディングしてきた採鉱会社もある。
「こうした企業(採掘会社)は利他的な精神に突き動かされて行動しているわけではありません。年間何十億ドルも稼ぐという、自社の利益のために動いているんです」(前出のドミンゲス)
需要予測を鵜呑みにしない
鉱物の需要予測は、一連の仮定と、EVの利用と電池価格に関するデータ(このデータは絶えず変化している)に基づいて立てられる。
コロンビア・センター・オン・サステナブル・インベストメント(Columbia Center on Sustainable Investment)で採鉱・エネルギーチームを率いるパーライン・トレダノ(Perrine Toledano)は次のように話す。
「グリーン移行は、鉱物という観点にかなり集約されます。ですが、どの鉱物がどのくらいの量なのかを明らかにするのは非常に難しいです。唯一できるのは、現在の技術に基づいて予測することですが、10〜15年先のことは分かりません」
現在でも広く引用されているのが、2020年の世界銀行の予測だ。世界経済が排出量を削減し、2100年までに気温の上昇を摂氏2度未満に抑えるなら、電池などの気候技術におけるリチウムと黒鉛の需要は、2018年の総生産量の5倍に増えると予測していた。
だが、こうした予測は常に変化している。縮小することもあるのだ。2017年に世界銀行は、必要なリチウムの量は少なくとも1000万トンだと予測していた。しかし直近の報告書では、必要なのは500万トン未満と予測している。コバルトの需要予測も、2017年のほうが数倍多かった。
IEAは2021年、「気候変動対策のためには、リチウムの生産量を2040年までに42倍に増やす必要があり、必要となる黒鉛、コバルト、ニッケルの増産率はその約半分」と結論づけている。この予測には鋼鉄など多くの原料が含まれていないが、これらは地球全体の排出量の10%を占める可能性があり、バッテリーパックや車のフレーム、道路工事、充電インフラに使用されている。
こうした予測を見ると、世界のリーダーたちは採鉱量を増やす指示をしたほうがよさそうに感じてしまうが、世界銀行の予測には注意したほうがいいとトレダノは警鐘を鳴らす。
コモディティ価格が上昇することもあり得るし、人権問題や政治不安のある地域や国から原料を採取することを企業が危惧する可能性もある。もっと効率的で長寿命の電池が開発される可能性もある。充電ポートが至るところに普及すれば、300マイル(約483km)もつバッテリーを開発する必要性は減るだろう。
それに、電池化学におけるささいな変化も、大規模に展開されれば、数十の鉱山が開かれたり、閉鎖されたりすることにつながるかもしれない。新たなイノベーションは常に生まれるため、必要だった鉱物の需要が減ったり、別の鉱物が必要とされることになるかもしれない。
「これまでもそうだったように、テクノロジー分野での鉱物組成は変化しています。今後も変わっていくでしょう」と、持続可能な採取政策を立案するために官民の機関と協力しているトレダノは言う。
鉱物はどんな気候技術にも必要になるだろうが、特定の鉱物をめぐる経済を計画すると、全産業が足踏みすることになりかねない。そうした不透明性から、採鉱にばかり重点を置いた気候計画は疑問視されてしかるべきだ。
「みんながEVに乗る」のではなく
EVはエネルギー移行において極めて重要であり、ガソリンを食う車よりははるかにいい。だが、EV自体は大きな大きな気候パズルのたった1つのピースにすぎない。EVと採鉱にスポットライトを当てなくなったからといって、対策不足ということにはならないのだ。
カーシェアリング構想、野菜中心の食事、大型車への課税は、いち早く排出量を減らすだけでなく、原料需要を減らすことにもつながる。カーボンプライシングを厳格化すれば、企業は化石燃料ベースのサプライチェーンを縮小するようになり、輸送距離の短い地産地消が促されるかもしれない。
世界銀行の予測が2020年にスケールダウンした主な理由の1つは、原料の再利用とリサイクルを含めたためだ(それでもこの予測は、前出のトレダノいわく「リサイクルが現在のレベルにとどまるという横ばい仮説」に基づいている)。
リサイクルが気候政策の一翼を担えるという考えに誰もが同意しているわけではない。業界関係者、主に自動車メーカーの関連会社はリチウムイオン電池の部品を再生する工場を増築し始めているもののハードルは高く、関係者の中には「再生鉱物により新たに鉱物を採掘する必要が減るのは10年後かもしれない」と予測する者もいる。
だがアースワークスのドミンゲスは、「再生材への切り替えは早く始めるほど大きな影響を及ぼしうる」と述べる。2021年のある報告書は、リサイクルプログラムを早期に開始した場合、銅の需要の半分を、そしてリチウム、コバルト、ニッケルの需要の4分の1を補える可能性があるとしている。
欧州委員会は電池規制を修正しているところだが、製造業者に自社製品の再利用もしくはリサイクルを義務づけることになる見通しだ。最近のカリフォルニアのレポートも同様の措置を推奨している。天然資源保護協議会の報告書で、カリフォルニア大学サンタバーバラ校のバランディアランら共著者たちは、南米の「リチウムトライアングル」にあるコミュニティへの負担を緩和するために、公共交通機関の拡大を提案した。
こうした類の政策は、クリーエネルギーへの移行に的を絞ったアプローチと併用すれば、採鉱だけに頼る場合よりも早く、壊滅的な温暖化から人類を救える可能性がある。クリーンエネルギー政策で鉱物が目を引くのは、「アメリカなどでは長年、自動車などの贅沢品の消費を支えるため採鉱が奨励されてきたから」だとバランディアランは言い、次のように続ける。
「私たちは早急に気候変動問題に取り組む必要があります。ですが、個々人がEVを所有するというような間違った解決法ではなく、真の解決法にコミットした、人間中心かつ地球中心のアプローチを採らなければいけません」
[原文:Electric cars have a dirty secret — and it's a big one]
(編集・常盤亜由子)