「アイスのエルメス」と称される高級アイスブランド「鍾薛高」がSNSで大炎上した。
「小紅書」公式アカウントより
「アイスクリームのエルメス」と呼ばれる高級アイスブランド「鍾薛高(Chicecream)」の炎上が収まらない。
火であぶったり室温31度の部屋に1時間放置しても形を保っているアイスバーの動画が拡散し、品質への疑義が広がっていることが、ついには日本のYahoo!ニュース トピックスでも紹介された。中国の若い女性に照準を合わせ急成長した同ブランドは、何を間違えたのだろうか。
溶けないのは過剰な添加物原因? SNSで批判
7月初め、鍾薛高のアイスバーの「溶けにくさ」を検証する動画がSNSで次々に拡散した。屋外で1時間放置したり、ライターであぶっても溶けないことから、過剰な添加物が使われているとの批判が膨らんだ。
鍾薛高は同月2日、「当社の商品は原材料に固形物を多く含んでおり、溶けても水分が出にくい。添加物は国の基準を守りわずかしか使用していない」と声明を出し、6日には商品の原材料の配分や植物性由来の増粘多糖類「カラギーナン」の使用量についてより詳細に公表した。
2度にわたって説明を行ったのは、1度目の声明で炎上が収まらず、共産党系メディアや当局までもが反応したため、騒動がより大きくなったからだ。
炎上が収まらなかったのは、問題の本質が「食品安全問題」ではなかったからだろう。「添加剤が多いから溶けない」説は、既に専門家から「脂肪を多く含んだアイスは溶ける過程でも水分が出にくい」「火であぶったら溶けずに炭化してしまう」などと解説がなされ、否定されている。
共産党系メディア人民網はSNSの公式アカウントで、「鍾薛高が直面している最大の問題は、使用している原材料ではなく、高い価格を消費者にいかに受け入れてもらうかだ」と指摘した。消費者が求めていたのは、アイスの安全性ではなく、価格の妥当性に対する納得できる説明だった。
SNS→EC誘導の「Z世代最適化ルート」
SNSにレビューを大量投稿して知名度を上げていた鍾薛高だが、そのSNSで鍾薛高に反発する投稿が拡散した。画像は小売店で買ったアイスクリームがなかなか溶けないことを検証した動画。
「小紅書」より
鍾薛高が注目されるようになったのは2020年夏。雲南省のコーヒー豆や高知県産のゆずなど高級食材をふんだんに使用し、中国らしいデザインを取り入れる「国潮」ブームを意識したデザインのアイスバーは、中国版TikTok「抖音(Douyin)」、写真投稿SNS「小紅書(RED)」など女性に人気のSNSで大人気になった。
中国で一般的なアイスバーの価格は2〜8元(約40〜160円、1元=20円換算)だが、鍾薛高の商品は13〜18元(約260〜360円)と海外ブランドのハーゲンダッツ並みに高い。2018年には1本66元(約1300円)のアイスバーを発売し、「アイスのエルメス」と反響を呼んだ。
中国ではこの数年、SNSとECを駆使してZ世代の間でバズをつくり、VCから資金調達して短期間で急成長するスタートアップが次々に出ている。
果実酒メーカー「Miss Berry」は2019年の設立時から「アルコールの空白市場」とされていた若い女性にターゲットを絞り、果物を使った低アルコール飲料を商品化。アリババと二人三脚でEC市場を開拓し、わずか1年で果実酒カテゴリーの販売トップに立った。
プチプラコスメの完美日記(PERFECT DIARY)は2017年に最初の商品を発売し、2019年のアリババのセール「ダブルイレブン」で中国ブランドとして初めてコスメカテゴリーの売り上げ首位を獲得した。同社は商品のパッケージに中国らしさを取り入れ、「国潮ブーム」のけん引役としても知られる。運営する逸仙電商(Yatsen)は2020年11月にニューヨーク証券取引所に上場した。
鍾薛高も含めたこれら「インフルエンサー銘柄」の共通点は、
- SNSに口コミを大量投下したりインフルエンサーを起用してZ世代にリーチする
- アリババのネットセールなどでカテゴリ販売トップに躍り出て注目を集める
- 生産は外部に委託する
- SNS→ECモデルによって中間費用をカットする
などだ。また、Miss Berryは大手アルコール飲料メーカー、完美日記の創業者は化粧品メーカーでマーケティングの責任者を務めた経験があり、「Z世代」というターゲットありきで起業している。
鍾薛高の林盛CEOは広告代理店出身だ。アイスクリームメーカーのブランディングで実績を重ね、2018年に鍾薛高を設立した。同氏は高級アイスを作りたかったわけではなく、低価格帯、高価格帯に強力な競合企業がひしめくことから、インフルエンサーやSNSの活用でブランディングしやすいハイエンドを選ばざるを得なかったようだ。
消費者の財布狙う「アイスクリームの刺客」
アリババのECで販売を拡大し、2021年には3度目の資金調達を行うなど、快走を続けていた鍾薛高は、なぜ炎上したのか。そこにはいくつかの伏線がある。
今年は6月から異常な暑さだった。それは中国も同じで、アイスの売れ行きが伸びるにつれ、SNSで「アイスクリームの刺客」という言葉がハッシュタグ付きで拡散されるようになった。
コンビニやスーパーの冷凍庫からアイスを取り出してレジに持っていくと、20元(約400円)近い支払いを求められる。買い手はその金額に驚くものの、会計の段階でキャンセルするのも気まずいので、仕方なく購入する。食べてみるとそのアイスは非常に濃厚だが、期待していた「清涼感」は感じない。
鍾薛高は最近、事業拡大に向けてスーパーやコンビニに販路を拡大した。SNSでは有名だが、マスでの認知度が高くない同社のアイスは、店舗の冷凍庫で他社商品と一緒に陳列される。価格は表示されないことも多い。
スーパーやコンビニにアイスを買いに来た消費者は、冷凍庫に高級アイスが潜んでいるとは思いもせず、うっかりと手に取ってしまう。消費者サイドから見ると鍾薛高は財布を狙ってくる「アイスクリームの刺客」に他ならない。
「だまされた」という感覚、そして「品質と価格が見合っていないのではないか」という疑いが、鍾薛高への反発に変わり、品質を検証するコンテンツがSNSに投稿されるようになった。それが冒頭で紹介した「溶けないアイス」動画だ。
もう一つの伏線は、世界的な原材料価格の高騰で、アイス全体の値段が上がっていたことだ。5元(約100円)以内で買えるアイスが減る一方で、今年5月に高級白酒ブランド「茅台(マオタイ)」が乳飲料大手の孟牛とコラボして1カップ50元(約1000円)を超えるアイスクリームを売り出すなど、アイスのブランド化は止まらない。「アイスの値段が上がる」ことへの反感も、鍾薛高の炎上に油を注ぐ形となった。
価格の高さ、消費者を納得させられず
高級アイスブランドの代表格であるハーゲンダッツは、中国では店舗展開を中心にし、ブランド力を維持している。
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繰り返すが鍾薛高の炎上の真因は、「食の安全」ではない。しかし鍾薛高は消費者の思いに気づかず、「(添加物の使用は)国の基準を守っている」とそっけないコメントを出し、収束させようとした。そのズレがさらなる消費者の怒りを招いた。
鍾薛高の失敗の直接的な原因は、トレンドに敏感な若い女性に照準を絞り込んでSNS特化型のマーケティングを行っていた同社が、老若男女が日用品を購入しに訪れるコンビニとスーパーに商品を供給したことだ。それこそショッピングセンターのカバン売り場に、桁が1つも2つも違うエルメスのガーデンパーティーを並べるようなやり方である。しかも鍾薛高は、エルメスほどの認知度も歴史もない。価格の高さが「エルメス」に例えられているだけだ。
高級アイスの代表格であるハーゲンダッツは、中国では専門店を出したり小売店で自社の冷凍庫に商品を陳列することで、他のアイスとは“別物”であることを消費者に明示している。
同社も今回の騒動を受け、コンビニやスーパーでも自社冷凍庫の設置を進める方針を示している。しかしより深い問題は、鍾薛高というブランドを認知している消費者の多くが、「価格が高いのは、マーケティング費用が上乗せされているから」と考えていることだろう。
鍾薛高は2018年に66元(約1300円)の商品を発売したとき、「原材料コストだけで40元(約800円)」と明かし、素材へのこだわりをアピールした。しかし、2019年に2度、広告で実際と異なる説明をしたとして、広告法違反で行政処分を受けている。
SNSで特定の層をターゲットにしている間は、高価格も話題性を高めるツールだったが、オフラインに展開したことで、「派手だが本物ではない」という色がついてしまった。
Luckin Coffee(瑞幸珈琲)、奈雪の茶、元気森林、Miss Berry……。中国のカフェ業界、食品業界は巧みなマーケティングとVCからの資金調達で、短期間で一気に規模を拡大し、ユニコーンとしてもてはやされたり上場する企業が次から次へと出てくる。
トレンドに乗らないと急成長できないが、食を扱うならばたとえスタートアップであっても「誠実さ」「品質」は必要だ。それが欠けているといずれ大きなつけを支払わされることを、鍾薛高の事例は教えてくれる。
浦上早苗: 経済ジャーナリスト、法政大学MBA実務家講師、英語・中国語翻訳者。早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社(12年半)を経て、中国・大連に国費博士留学(経営学)および少数民族向けの大学で講師のため6年滞在。最新刊「新型コロナ VS 中国14億人」。未婚の母歴13年、42歳にして子連れ初婚。