今週も、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生が経営理論を思考の軸にしてイシューを語ります。参考にするのは先生の著書『世界標準の経営理論』。ただし、本連載はこの本がなくても平易に読み通せます。
人事に力を入れている世界のトップ企業は何をしているのでしょうか。アマゾン、スターバックス、マクドナルドの事例から、日本企業に欠けている人事と経営戦略の関係性について見ていきましょう。
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アマゾンの人事はどこがすごいのか?
こんにちは、入山章栄です。今回はライターの長山さんが持ってきてくれたお題について考えてみましょう。
ライター・長山
先日、私はアマゾンジャパンの立ち上げのときから働いていた方による、アマゾンの人事について紹介した本(『Amazonのすごい人事戦略』)のライティングを担当したのですが、取材で聞いた話がすごく面白かったんです。
はじめのうちはベンチャー企業だったアマゾンが、人事にものすごく力を入れて、ユニークな制度を整えるまでの話を聞いていたら、つくづく日本の人事は遅れていると思わざるを得ませんでした。入山先生は日本の人事について、どこが課題だと思われますか?
なるほど。僕もそのあたりはすごく興味があります。具体的にはアマゾンの人事は、どういうところがすごいんですか?
ライター・長山
まずアマゾンにはOLP(Our Leadership Principles)という14項目からなる企業理念があります。日本の企業理念は言葉だけで空疎なことが多いですが、アマゾンではOLPに沿って人材を採用し、人事評価を下し、経営戦略を実行するようになっている。
どんなに優秀でもOLPと合わない人は採用しないし、どんなに売り上げを上げたとしても、それがOLPに反していたら評価されない。これを全世界で徹底しているのがすごいですよね。
ほかにも「採用責任者は直属の上司」とか、「採用率が1~3%」とか、「採用で苦労するべきだ」とか……。
採用で苦労すべき、というのは?
ライター・長山
つまり、合わない人を採ってしまって、あとから教育に苦労するよりも、最初から合った人を採れという方針らしいです。
なるほど。アマゾンをはじめ、グーグルなど世界トップクラスのテック企業は、人事にめちゃめちゃ力を入れているんですよね。彼らの競争力が高いのは、「戦略が優れているからだ」とか「製品が素晴らしいからだ」と思いがちですよね。もちろんそれもそうなのですが、僕から見るとこういったトップクラスのテック企業が強い理由の一つは、まさに「人事に戦略があるから」だと理解しています。
結局、会社というのは人と組織でできている。建物でいえば基礎工事のようなものです。そこがしっかりしているから、競争力が高いんです。
一方、日本の多くの会社は基礎工事をしていない。人事や組織開発に力を入れていません。それで「いい人材がいないんですよ」と他人事のようにぼやいている。ですから、この点についてはまずはトップが意識改革をする必要がありますし、人事のセクションももっと戦略的に構える必要があるでしょう。
テック企業が人事や企業文化の育成に熱心なのは、世界的には人材の流動化が進んでいるからでもあります。例えばアマゾンの採用率は1~3%と、入社するのも大変ですが、逆にいうとアマゾンに入れるくらいの人材であれば、他社から声がかかることも多い。
それにアメリカや最近のヨーロッパ、アジアは良くも悪くも雇用が流動化しているので、報酬も大事だけれど、「この組織は自分に合っている」と思える企業文化がないとみんなすぐに辞めてしまうんです。だからこそ魅力ある企業文化や働く環境づくりに力を入れている。
逆に日本の、特に大企業の多くはいまだに終身雇用が前提です。「まさか当社を辞める人なんていないでしょう」と思っている。だから「社員に気持ちよく働いてもらうにはどうすればいいか」という発想になりにくい。
しかし今後は日本でも雇用の流動化が間違いなく進みます。このあたりの課題は、近いうちに浮き彫りになってくるでしょう。
ソラコムの「リーダーシップステートメント」
ところでこの連載の第111回でも紹介しましたが、僕が取締役を務めているソラコムという会社があります。日本のIoTプラットフォームのトップ企業ですが、いまグローバルプラットフォームを目指してアメリカでも人を採用しています。
いまのシリコンバレーでは人を採用するのが難しく、途轍もない金額を払わないといい人材が採れないのですが、ソラコムはアメリカでネームバリューがまだ低いわりには、いい人材が採れているし、離職率も低いんです。それはなぜか。
理由の一つは、ソラコムに「リーダーシップステートメント」という、アマゾンのOLPのような企業理念があるからかもしれません。
実はソラコムの3人の創業者は、全員アマゾンのAWS(Amazon Web Service)出身。ソラコムのリーダーシップステートメントとアマゾンのOLPには重なる項目もありますし、もしかしたら創業者の3人は強く影響を受けたのかもしれません。
ソラコムも採用ではカルチャーフィットを重視しています。合わない人はどんなに優秀でも採用しない方針ですし、企業文化はとにかく明るくて気持ちのいい人ぞろい。
あるとき僕は、時差の関係で早朝に行われた大事なソラコムの会議に間違って欠席してしまったことがあります。
平謝りする僕に対してソラコムの人たちは、「あはは、そういうこともありますよね~」と笑い飛ばしてくれると同時に、冗談で「入山さんの代わりを務めてくれた人に、お金を払ったほうがいいですよ」と言うなど、とにかく僕の心が軽くなるような対応をしてくれた。
これも企業文化の表れだと思います。
戦略が違えば求められる人材も違う
人事に関する日本企業の一番の問題点は、人事と経営戦略が紐づいていないことでしょう。
会社が何のためにあるかといえば、ビジョンやミッションを達成するためにあるわけですが、そのためには戦略を持っていなければいけない。そして戦略が違えば、求められる人材の姿も変わります。
例えばある人から教えてもらったことですが、マクドナルドとスターバックスの人材育成はまったく違います。なぜならそれは戦略が違うから。
マクドナルドの戦略とは、世界中で同じ品質のものを適切な価格で速く提供すること。目指すのは「優れたオペレーションの効率化」です。粒ぞろいの人材が戦略実行に不可欠なので、マクドナルド大学で気合いを入れて優秀な人材を育成している。
一方スターバックスの戦略は、スターバックスの店舗を利用することで顧客にイケてる経験をしてもらうこと。よく言われるように、スターバックスはコーヒーを売っているのではなく、「スターバックス・エクスペリエンス」を売っているのです。
でもどうすればお客さんがいい気分になるかは、お客さんによっても違うし、時間によっても、国や地域によっても違う。だからスタバは現場に徹底的に権限委譲をするし、その場で臨機応変な対応ができる人を育てようとする。
このように戦略と人材育成とは密接な関係があるべきですが、日本の会社はそもそも戦略がはっきりしていないことも多い。ですからまずはそこを明確にすること。
人材育成は10年、20年と時間のかかる仕事ですが、基礎工事のできていない建物を放っておくことはできませんからね。
BIJ編集部・常盤
やはり人が原点ですね。いろいろとヒントをいただきました。ありがとうございました。
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(構成:長山清子、撮影:今村拓馬、連載ロゴデザイン:星野美緒、編集・音声編集:小倉宏弥、常盤亜由子)
入山章栄:早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所に勤務した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』『世界標準の経営理論』など。