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- 従業員にリモートワークを許可している企業は、この選択肢を昇給を抑えるための手段として利用している可能性がある。
- ある調査では、リモートワークを賃上げを抑制するための手段と見ている企業が38%に達していた。
- 従業員の側も、このことに薄々気づいている可能性がある。一部にはリモート勤務の継続と引き換えに報酬カットに応じる人も出始めている。
この記事を自宅でくつろぎながら読んでいる人は、オフィスワーカーでありながら、もはやオフィス勤務が必要なくなった、数多くの働き手のひとりかもしれない。
コロナ禍をきっかけに、いわゆる知識労働者(以前からノートパソコンの画面が見られる環境さえあれば、どこでも仕事をできていた可能性がある人たち)の多くにとっては、リモートワークが標準的な働き方になった。一部の人にとっては、これは願ってもない環境であり、いつどこで働くかという問題について、働き手がある程度の裁量権を得るきっかけになった。
しかし、従業員がパジャマで働くことを容認している一部の企業には、実は隠れた動機がある可能性が浮上した。それは、いまだに人手不足が続く労働市場をにらんだ、人件費の圧縮だ。
これについて、全米経済研究所(NBER)が、新たな調査報告書を発表した。ホゼ・マリア・バレーロ(Jose Maria Barrero)、ニコラス・ブルーム(Nicholas Bloom)、スティーブン・J・デイビス(Steven J. Davis)、ブレント・H・マイヤー(Brent H. Meyer)、エミール・ミハイロフ(Emil Mihaylov)という5人のエコノミストがまとめたこの報告書は、賃金とリモートワーク、そして、この2要素に関する各企業のアプローチについて検証したものだ。
公共ラジオ放送NPRの番組「プラネット・マネー(Planet Money)」が最初に報じたこの報告書は、アトランタ連邦準備銀行の「企業不確実性調査(Survey of Business Uncertainty)」をベースにしている。同調査は、数百人の企業幹部を対象に毎月実施されているものだが、今回の報告書を記したエコノミストらは、4月および5月分のこの調査に、新規の質問をいくつか追加した。
この中でエコノミストらは、企業幹部に対して、自らが経営する「会社が、在宅(あるいは、その他のオフィス以外の場所)での勤務を認めたのは、従業員の満足度を保ち、賃上げ圧力を緩和するため」だったかどうかを訊ねた。すると、調査対象となった企業の38%が、従業員に在宅勤務を許可し、これを賃上げを抑えるための方法として使っていると回答した。
この傾向は、比較的規模が大きな企業で特に顕著であり、そのような企業で「リモートワークを許可したのは、賃金上昇を食い止める取り組みのひとつだった」と回答した割合は52.4%に達した。
さらに一部の企業は、従業員にリモート勤務を継続させるものの、その場合は賃金カットとの引き換えにする計画を立てている。調査を行ったエコノミストらは企業に対し、今後1年の間に、「賃上げ圧力を抑制するために」従業員に対して、少なくとも週に1度はリモートワークを許可するつもりはあるかと訊ねた。こちらの質問には、企業幹部の41%が「そうするつもりだ」という趣旨の回答をした。また、従業員数が250名を超える企業の幹部では55%が、実際にこうした制度を計画中だと答えている。
この調査報告書では、この結果はインフレ抑制のためには良いニュースかもしれないと述べている。リモートワーク継続との交換条件として、従業員に賃上げ抑制を受け入れてもらえば、賃金の高騰をストップでき、企業は人件費の上昇分を顧客に転嫁しなくて済むからだ。
アメリカのリモートワーカーの中には、ニューヨークやサンフランシスコなどの大都市を離れ、生活費が安い地域へ転居する動きもある。また、完全リモート勤務の職種を設けている企業は、アメリカ国内のどこに住んでいる人でも雇い入れることができる。リモート環境への移行が進めば、これまでは生活費の高い大都市のオフィスで働く人材を募集していた企業も、賃金額の期待値が異なる地域で求人ができるというわけだ。
一部では、新たな居住地に対応する形で賃金をカットされたリモートワーカーも、既に出始めている。これについて企業側は、こうした施策に踏み切った理由として、生活費の安い地域では、競合する他社の賃金レベルが、大都市とは異なっていることを挙げている。
今回の調査では、雇用主である企業の側が、労働市場における働き手の希望とどう折り合いをつけているのか、その実態も垣間見ることができる。従業員は、今でも在宅勤務を希望しており、なかには、再びオフィス勤務を強制されるなら会社を辞めるという者もいる。人事関連業務の大手代行会社ADP(Automatic Data Processing)が、3万2000人の労働者を対象として行った調査では、回答者の64%が上司からフルタイムのオフィス勤務に復帰するよう要請された場合、新しい職を探すか、探すことを検討すると述べている。
裏を返せば、企業にとっては、リモートワークの容認は、従業員の離職を防ぎ、満足度を保つために有効な方法と言える。調査にあたった5人のエコノミストは、リモートワークが離職率に影響を与え、人材募集のコスト抑制につながる可能性も指摘している。
企業は同時に、リモートワークの機会を提供することで、従業員に払う賃金を、他の勤務形態と比べて抑えられる可能性がある。一部の働き手も、この条件を受け入れている。2021年9月に、オウル・ラボ(Owl Labs)とグローバル・ワークプレイス・アナリティクス(Global Workplace Analytics)が2050名の労働者を対象に行った調査「State of Remote Work survey」では、コロナ後も、少なくとも勤務時間の一部をリモートにできるのなら5%の賃下げに応じる、と答えた人の割合は38%に達していた。
39歳のアロンソ・モリス(仮名)は、その気になればもっと稼げるはずだと考えているものの、リモート勤務には賃金カットを受け入れるだけの価値があると、Insiderに語った。
本名と勤務先を伏せる条件でInsiderの取材に応じたモリス氏は、「このような柔軟な働き方は人生を変えるものだ」と述べている。
[原文:Companies are letting you work from home so they can pay you less — and so you'll be happier]
(翻訳:長谷 睦/ガリレオ、編集:Toshihiko Inoue)