電気自動車(EV)スタートアップのカヌー(Canoo)が小売り大手ウォルマート(Walmart)からの大量予約受注に成功した。関係者はさまざまな意味で衝撃を受けているようだ。
Canoo
2020年12月末に特定買収目的会社(SPAC)との合併を通じて上場した米電気自動車(EV)メーカーのカヌー(Canoo)は7月12日、米小売り大手ウォルマート(Walmart)と、商用EV「ライフスタイル・デリバリー・ビークル(LDV)」4500台(最大1万台のオプション付き)の大型売買契約で最終合意に至ったと発表した。
カヌーの株価は2021年11月末以降、下落基調が続いていたが、今回の契約合意発表を受け一時107%の急上昇を記録した。
同社は2021年11月中旬、本社所在地をそれまでのカリフォルニア州トーランスからウォルマートが本拠を置くアーカンソー州ベントンビルに移すと発表。それから1年も経たないうちに今回の最終合意発表にたどり着いた。
本社移転発表時はウォルマートとの提携も取り沙汰されたが、ミシガン州やテネシー州、ケンタッキー州のように自動車サプライチェーンのハブとして知られるエリアと違って、アーカンソー州はそうしたバックグラウンドを欠くことから、一部の関係者は(ウォルマートとの提携なしの本社移転を)驚きをもって受けとめた。
一方、ウォルマート側の視点に立つと、同社は2040年までにグローバルで二酸化炭素(CO2)排出量ゼロを目指す目標を掲げていることから、今回の大量発注はその達成に向けた動きと位置づけられる。
ウォルマートは2022年1月、米自動車大手ゼネラル・モーターズ(GM)の商用EV子会社ブライトドロップ(Brightdrop)に配送用EVバン5000台(『EV600』および『EV410』)を予約発注。
同月、さらに米自動車大手フォード(Ford)にも配送用EVバン『E-Transit(イー・トランジット)』1100台を発注した。
少しさかのぼって2020年には、同社グループのウォルマート・カナダが米EV大手テスラ(Tesla)のEVトラック「セミ(Semi)」130台を予約発注しているが、こちらは開発遅延やサプライチェーン障害の影響によりいまだ生産開始に至っていない。
2022年6月、ベンチャーキャピタル主催の自動車テックイベント「UP.Summit 2022」参加時の動画。コンシューマー向け「ライフスタイル・ビークル(LV)」の走行中の様子を確認できる。
Canoo YouTube Official Channel
今回のウォルマートとの契約最終合意は、生産台数の引き上げに悪戦苦闘中のカヌーにとって、文字通り命拾いの助け舟となる可能性がある。
カヌーの株価は2020年12月上旬に22ドルの過去最高値を記録。冒頭で触れたように2021年下半期に一時再高騰を見せたあと反落、直近の2022年7月初旬には2ドル前後、最高値との比較でおよそ90%下落となっている。
今回の合意はカヌーとウォルマート両社にとってどんな意味を持つのか。Insiderはアナリストや業界関係者に話を聞いた。
「ひと息つく余裕が生まれた」
カヌーは当初、ベントンビル工場で2022年第4四半期(10〜12月)に「ライフスタイル・ビークル(LV)」(現在予約受付中のコンシューマー向け)を生産開始し、年産3000~6000台を目指すとしていた。
ところが、トニー・アクイラ最高経営責任者(CEO)は第1四半期(1〜3月)の決算発表時に、目標を達成できるかどうか「未定」とした上で、ベントンビルの生産ライン稼働開始は数週間遅れて2023年初頭に、オクラホマ州プライアーで計画を進めている新工場の生産開始も2024年に、それぞれずれ込む見通しを明らかにしている。
そうした厳しい状況のなか、Insiderの独自取材により、カヌーが全従業員940人のうち約6%にあたる58人を解雇したことが判明した(7月1日付記事)。
重要な人材を流出させただけでなく、サプライヤーへの支払いも滞っている(5月11日付記事)。
米自動車業界専門データベースのオートフォーキャスト・ソリューションズ(AutoForecast Solutions)でバイスプレジデント(グローバル自動車市場予測担当)を務めるサム・フィオラニは現状をこう分析する。
「カヌーでは数多くの経営幹部が会社を去り、同社自身も財務状況の厳しさを公言しなくてはならないくらい、まさに逆流でのパドリングとも言える厳しい時期が続きました。
しかし、規模感のある予約注文が入ったことで、あとは生産段階に移行できるだけの十分な資本さえ揃えば、ひと息つく余裕が生まれる可能性があります。
それに、最初の納品を実現することで、カヌーは追い求めてきた正当な評価を一部得られるでしょう。
ただし、今回の契約合意に続いて、すぐに目標生産台数の販売先について長期を見据えた計画が必要になります。ウォルマートと合意した(オプション含む)最大1万台は、カヌーの目指す目標生産台数の一部に過ぎず、経営的に自立を果たすにはもっと大きな事業計画を描く必要があるのです」
「信頼を回復させる大きな一歩」
米資産管理大手ウェドブッシュ・セキュリティーズ(Wedbush Securities)のシニア株式調査アナリスト、ダン・アイブスによれば、カヌーは年初来「苦難の連続」だったが、今回の契約最終合意を契機に同社の反撃が始まるという。
「カヌーにとっては、信頼を回復させる大きな一歩です。ウォルマートが顧客リストに加わったというのは、要するに世界最高のブランドと仕事をしていると喧伝するのと一緒です。最終的により大きな成功につながるでしょう」
ウォルマートほどの大企業が(財務すら危機的状況と公言する)カヌーとの売買契約を結んだことに驚く人もいるかもしれないが、この動きは「理にかなっている」とアイブスは断言する。
「ウォルマートから見れば、(まだ他社への販売合意に至っていない)カヌーが同社への販売・納品一直線になってくれるわけで、それこそがウォルマートの期待するところです。
他のラストワンマイルビークルを開発するメーカーは、フェデックス(FedEx)やユナイテッド・パーセル・サービス(UPS)、場合によっては直接の競合関係にあるアマゾン(Amazon)と提携しているかもしれません。カヌーについてはその問題がなく、きめ細かなサービスを受けられるでしょう」
「受注は朗報、残る大問題は納品できるかどうか」
カヌーは手持ちのキャッシュが不足している。第1四半期決算発表後のゴーイング・コンサーン(継続企業の前提)に関する注記のあと、6億ドルの資金調達計画を発表している。
これには、専門用語で言うところの「PIPEs」(プライベート・エクイティ・ファンドが上場企業の私募増資を引き受けること)を通じた5000万ドル、ヨークビル・アドバイザーズ(Yorkville Advisors)への株式売却2億5000万ドル、包括的発行登録制度を使った株式公募3億ドルなどが含まれる。
カヌーがキャッシュを使い果たしたことで、拘束力のある予約注文が入ったとき、それに対応する資金を本当に調達できるのか、一部の関係者は疑問視してきた。
匿名を条件に取材に応じたカヌーの元従業員はこう語る。
「ウォルマートとの最終合意は資金調達の実現に向けた“滑走路”になってくれるはずです。敗北の見えかけたゲームで起死回生の得点につながる最後のロングパスのようなものですが。
とは言え、ウォルマートとの最終合意にまでたどり着いたことに私は本当に驚いています。受注に成功したことは間違いなく朗報。ですが、製品を完成させ、納品するという厄介な仕事が残っています」
(翻訳・編集:川村力)