EC世界最大手アマゾン(Amazon)はヘルスケア分野に力を入れている。今回、がんワクチン開発への参画がInsiderの取材により判明した。
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アマゾン(Amazon)が本拠を置く米ワシントン州シアトルの研究機関「フレッド・ハッチンソンがん研究センター(Fred Hutchison Cancer Center)」と共同で、がんワクチンの開発に取り組んでいる。
アメリカ食品医薬品局(FDA)の承諾を受けた臨床試験の参加者(被験者)を募集していることが、Insiderの調べで分かった。
開示された申請書や本プロジェクトに詳しい関係者によると、この臨床試験は乳がんおよびメラノーマ(悪性黒色腫、皮膚がんの一種)患者向けの個別化ワクチン(個々の患者に最適化させるオーダーメイド免疫療法)の開発を目指している。
プロジェクトが成功すれば、個別化されたがん治療をより手ごろな価格で提供することが可能となり、抗がん剤を使った化学療法に代わる選択肢として大いに注目されることになるだろう。
アメリカ国立医学図書館が運営する臨床試験のオンラインデータベース「クリニカルトライアルズ(Clinicaltrials.gov)」に掲載された概要によれば、アマゾンとフレッド・ハッチンソンがこの治験について初めて情報を提出したのは2021年10月下旬。
治験の開始日は2022年6月9日で、一次終了予定日は2023年11月1日となっている。
現在は治験薬の安全性を確認する「第1相試験」の初期段階で、参加者として18歳以上の患者計20人を募集している。
試験全体の立案・運営に責任を負う主体(スポンサー)はフレッド・ハッチンソンで、アマゾンは「協力者(コラボレーター)」として申請書に記載されている。
開発中のがんワクチンは「個別化ネオアンチゲンワクチン」と呼ばれ、がん細胞にだけ発現するネオアンチゲンという抗原をターゲットにワクチンを投与、免疫反応を誘導するもの。
がんの種類や患者によって異なる抗原(ネオアンチゲン)を迅速に見つけ出し、他の正常な細胞を傷つけることなくがん細胞だけを攻撃することができる。
研究概要によれば、今回の臨床試験では、末期(ステージⅢC〜ステージⅣ)のメラノーマと、転移して治療に抵抗性を示した「ホルモン受容体陽性・Her2陰性」乳がんの治療を対象にワクチン候補の安全性を検証する。
フレッド・ハッチンソンの広報担当は、Insiderが把握した臨床試験に関する情報が正確であることを認めた。
一方、アマゾン側に取材したところ、臨床試験がフレッド・ハッチンソンを主体として実施されていることを認めた上で、ヘルスケア関連の研究機関や企業と提携してプロジェクトへの取り組みを強化していく考えを示した。
アマゾンの広報担当はメールで次のように説明した。
「アマゾンは、フレッド・ハッチンソンと提携した個別化がんワクチンの研究開発において、機械学習などの科学的知見を提供しています。臨床試験はまだ初期段階であり、終了までに数年かかるでしょう。
臨床試験が順調に進めば、ヘルスケア、ライスサイエンス関連など他の組織ともオープンに協力していきたいと当社は考えています」
アマゾンは従前からヘルスケア分野の新事業に力を入れてきた。
近年、オンライン薬局サービス、総合診療専門医(家庭医)によるプライマリーケア(初期診療)事業、PCR検査を含む自社内の臨床検査施設を相次いで立ち上げたほか、心拍数や血中酸素濃度などを測定できるウェアラブル端末「ハロー(Halo)」を発売している。
アマゾンのアンディ・ジャシー最高経営責任者(CEO)は2021年の従業員総会で、同社は医療分野におけるディスラプター(創造的破壊者)になると宣言、プライマリーケア事業は最優先事項の一つと強調している。
匿名を条件に取材に応じたアマゾンの関係者によると、個別化がんワクチンの開発は、秘密のベールに包まれた同社の研究機関「グランドチャレンジ(Grand Challenge)」から生まれたプロジェクトの一つだという。
この研究機関では、ムーンショット型(前人未到で困難だが、実現すれば大きな社会的インパクトをもたらす)の破壊的イノベーションに取り組んでいる。
ヘルスケアテクノロジーに精通した医師とエンジニアからなるアマゾンのがん研究チームは(社内研究機関の)グランド・チャレンジを「卒業」するのに十分な進展を見せたと、同関係者は語る。
がん研究チームは現在、バイスプレジデント(デバイス担当)のロバート・ウィリアムズの直下で活動している。ウィリアムズの直属の上司は、ハードウェア研究開発部門「ラボ126(Lab126)」担当のシニアバイスプレジデント、デイブ・リンプ。
がんワクチンを含む医薬品規制を所管するアメリカ食品医薬品局(FDA)には厳しい臨床試験の要件があり、第1相、第2相といった試験の各フェーズ完了までには何年もかかる可能性がある。
アマゾンが開発を進める個別化ワクチン免疫療法は、がん研究の中でも黎明期の分野であり、新型コロナワクチンの開発を米製薬大手ファイザー(Pfizer)と成功させたドイツのビオンテック(BioNTech)も最近ようやく第1相試験を開始したばかりだ。
(翻訳:田原寛、編集:川村力)