米小売り大手ウォルマート(Walmart)が電気自動車スタートアップのカヌー(Canoo)の最終合意に至った購入契約の歪(いびつ)な内容が明らかになった。
Walmart
米証券取引委員会(SEC)の開示書類を読む限り、電気自動車(EV)スタートアップのカヌー(Canoo)は、近ごろ最終合意に至った小売り大手ウォルマート(Walmart)との売買契約で「貧乏くじを引かされた」のかもしれない。
7月12日に公開された上記書類には、ウォルマート側が一方的に売買契約をキャンセルできる選択肢が詳細に記されている。
カヌーは同日、ウォルマートと商用EV「ライフスタイル・デリバリー・ビークル(LDV)」4500台(最大1万台のオプション付き)の売買契約で最終合意に至ったと発表した。
2021年11月末から下落基調が続いていたカヌーの株価は一時急上昇を記録した。
Insiderは両社合意発表の翌日、業界の専門家や元従業員に取材した上で、いくつかの問題点を指摘している。まさにそれらが、SECの開示書類で浮き彫りにされた形だ。
問題点とはつまり、ウォルマートがカヌーに依存する度合いより、カヌーがウォルマートに依存する度合いのほうが圧倒的に大きいことだ。
今回合意に至った契約には、ウォルマートがカヌーの株式を取得できる(潜在的に)有利なオプションが含まれている。
今回、ウォルマートに対し、カヌーは同社発行済み株式の約24%に相当する6116万株のワラント(=定められた行使期間内に一定価格で株式を取得できる権利を持つ有価証券)を発行した。
SEC開示書類によれば、1株あたりの額面価格は0.00001ドル、全額払込済みかつ追加払込義務のない普通株で、権利行使価格は2.15ドル(書類提出直前のカヌー株価は2.58ドル)に設定されている。
ワラントで設定された最大交付株式数6116万株のうち1529万株分については、ウォルマートが即時権利を行使。この契約合意が報道された直後からカヌーの株価は急騰、現在(7月18日終値)は3.96ドル、時価総額は約10億ドル(約1350億円)となり、ウォルマートの持ち分は約6000万ドル(約82億円)まで膨らんでいる。
ワラントの権利未行使分は、カヌーがウォルマートとの取引を通じて「実現した正味売上高に比例して」四半期ごと、正味売上高が3億ドルに達するまで段階的に行使される。
生産開始を前に資金繰りに苦しむカヌーにとって、ウォルマートとのこの合意内容は「必要に迫られた取引」だと、テクノロジー専門ベンチャーキャピタル(VC)ループ・ベンチャーズ(Loup Ventures)のマネージングパートナー、ジーン・マンスターは指摘する。
「こうした契約を回避する選択肢もありますが、それならそれで、同じ市場からもっと大きな資金を調達する手立てを考えなくてはいけなくなります。が、それはほとんど不可能に近い。
現時点では、会社を手放すことなく契約合意に持っていけたことで、カヌーはひとまずの勝利を手にしたと言っていいでしょう。ウォルマートにとって有利な契約内容であることは間違いありませんが、それでもカヌーにとってはプラスなのです」
ウォルマートにとっては「逃げ道」だらけ
今回の合意内容には、ウォルマート側が取引から一方的に手を引くことを可能にする「安全装置」が数多く盛り込まれている。
両社は「信頼性評価、保証、車両の設計と部品、納期、発注と処理の条件」に関する具体的な合否判定の基準設定に合意しており、カヌー側がそれらの基準を満たせない場合、ウォルマートは取引を打ち切ることができる。
2022年第1四半期(1〜3月)の業績発表によれば、カヌーの保有する「現金および現金同等物」は3月末時点でわずか1億490万ドル(約200億円)であり、合意した基準が満たされず契約解消に至る懸念は小さくない。
ループ・ベンチャーズのマンスター(前出)は、SECに提出された契約合意書類を読む限り、ウォルマート側は、カヌーに配送用EV4500台を条件通りに納品する能力があるかどうか疑問視していることが感じられると分析する。
「理論、構想段階から完成車両の納品までの間には、言って見れば何光年もの隔たりがあり、そうした現実の厳しさを誰もが認識しています。だからこそ、ウォルマートは納品が実現に至らなかった場合に契約を解消できるよう、逃げ道となる手段を抜かりなく組み込んだのだと思います」
カヌーの複数の現役もしくは元従業員に取材したところ、今回の合意は要するにアメフトの「ヘイルメアリー」、敗北寸前の試合で逆転を狙って最後に賭けたロングパスだと語った。
しかし、別の現役従業員によれば、今回の契約合意で確かに社内のプレッシャーは高まったものの、2021年11月中旬にウォルマートが本拠を置くアーカンソー州ベントンビルに本社所在地を移してから、ウォルマートとの契約は常に視界に入っており、合意は「時間の問題だった」という。
その一方、ウォルマートとしては、カヌーからのEV購入契約が仮にうまくいかなくても、2040年までにグローバルで二酸化炭素(CO2)排出量ゼロを目指す同社の戦略は特にダメージを受けない。
カヌーと契約合意した4500台は、最大1万台のオプションを含めても、ウォルマートが必要とするEVのごく一部に過ぎないからだ。
同社はすでに、米自動車大手ゼネラル・モーターズ(GM)の商用EV子会社ブライトドロップ(Brightdrop)に配送用EVバン5000台(『EV600』および『EV410』)を、同フォード(Ford)にも配送用バン『E-Transit(イー・トランジット)』1100台を発注済み。
ウォルマートが抱える物流向け車両はアメリカ最大規模を誇り、最近の同社推計によれば、ドライバー1万2000人、トラクター(けん引用の動力車)1万台、トレーラー(トラクターにけん引される積貨車)8万台を稼働させている。カヌーとの規模感の違いは明白だ。
アマゾンとの「協業禁止条項」
そして何より重要なポイントは、今回の契約合意により、カヌーは米Eコマース大手アマゾン(Amazon)およびその子会社・関連会社と「EVの設計、製造、コンサルティング、助言、リース、販売に関わる」あらゆる契約を結べなくなったことだ。
カヌーと競合するEVスタートアップのリビアン(Rivian)に配送用EVバン『EDV 700』10万台、欧州(仏伊)ステランティス(Stellantis)にも配送用EVバン『Ram ProMaster(ラム・プロマスター)BEV』数千台をそれぞれ予約注文するなど、アマゾンもウォルマート同様に物流車両の電動化に取り組んでいる。
今回のウォルマートとの合意で、大口顧客になるポテンシャルを秘めていたアマゾンと協業するチャンスは失われたわけだ。
なお、アマゾンはリビアンの発行済み株式の約18%を保有しており、2022年第1四半期(1〜3月)決算では同社の株価急落を受けて76億ドル(約1兆円)の評価損を計上している。
稼働中の生産拠点を持ち、生産開始にたどり着き、購入者への納品まで始まっている(リビアンほどの)有力EVスタートアップでもそれだけのリスクが伴うのに、カヌーはまだそのどの段階にも達していない。
アーカンソー州とオクラホマ州の生産拠点はいずれも生産開始できる状況にない。2022年に入って重要な複数の幹部人材が会社を去り、さらには従業員の約6%をレイオフ(一時解雇)し、サプライヤーへの支払いも滞っていることが明らかになっている。
ウォルマートとの契約合意が果たしてどのような結末、あるいは未来につながるのか、引き続き注目される。
(翻訳・編集・情報補足:川村力)