米労働省が7月13日に発表した6月の消費者物価指数(CPI)は前年同月比で9.1%上昇、市場予想の中心(8.8%)を上回った。
9.6%の上昇を記録した1981年11月以来、約40年半ぶりの高い伸び率となった。
前月比でも1.3%上昇(5月は1.0%)と伸びは加速しており、米連邦準備制度理事会(FRB)が3月以降3回にわたって実施してきた利上げは、景気過熱を抑えるまでには至っていない。景気減速もしくは後退も、物価面からはまだ確認されない。
なお、外的要因に左右されやすい食料・エネルギーを除くコア指数は前年同月比5.9%の上昇で、6カ月ぶりに6%を割り込んだ。2月以降、ピークアウトしたようにも見える【図表1】。
【図表1】米消費者物価指数(CPI)と失業率の推移。
出所:Macrobond資料より筆者作成
ただ、賃金の動きを反映しやすいサービス価格が加速を続けている以上、金融政策については「さらなる引き締めが必要」で変わりない。
こうした消費者物価の動向を受けて、米連邦公開市場委員会(FOMC)が7月会合で(従来想定されていた0.75ポイントではなく)歴史的水準となる1ポイントの引き上げに動くとの見方が強まり、それが米金利とドルの上昇を促している。
金融政策の効果がおよそ1年後に現れるとすれば、2022年の大幅利上げは翌23年の景気減速(もしくは後退)に直結する。裏を返せば、それが可視化されるまでは、金利・為替市場では現在のような相場が続くと考えておくのが無難だろう。
住宅関連の消費・投資意欲に落ち込み
さて、インフレ高進に合わせて政策金利が急激に引き上げられれば、それは国債利回りの上昇を通じて、住宅ローン金利にも反映される。
現状、米住宅ローン金利は前年比で倍程度の水準まで急上昇している【図表2】。
【図表2】米住宅ローン金利(固定、15年・30年)。
出所:Macrobond資料より筆者作成
その影響をまともに受けて、住宅販売件数は新築・中古ともに2021年末ごろにピークを打っている【図表3】。
【図表3】米住宅販売件数(中古・新築)。
出所:Macrobond資料より筆者作成
供給制約の影響で住宅販売価格が高止まりしやすい状況があり、そこに住宅ローン金利の急上昇も重なって、住宅販売件数の減少傾向はおそらく当面続く可能性が高い。
米経済における住宅投資の割合は3~5%程度だが、それに付随する耐久財・半耐久財消費(自動車や冷蔵庫、洗濯機など)の存在を踏まえると、住宅市場の浮沈は景気の転換点につながりやすい。
そのように住宅投資を起点とした消費・投資意欲に落ち込みの兆候が見られる以上、米経済の景気後退入りが現実味を帯びて語られるのには根拠がないとは言えない。
住宅関連の指標は、消費者物価指数や雇用統計と同じくらい重要な基礎的経済指標と見なすのが妥当だろう。
住宅価格の低下からインフレ沈静化へ、が基本シナリオだが…
なお、住宅価格の動向は消費者物価指数の3割を構成する「帰属家賃」の動きに大きな影響を与える。
帰属家賃とは、家屋を購入して住む場合でも、持ち家に家賃を払っている状態と見なし、サービス支出の一環としてカウントする統計上の考え方だ。
下の【図表4】に示すように、帰属家賃は2021年末ごろにピークアウトしたと考えられる(橙線の右端部分)。
【図表4】米住宅価格と帰属家賃(3カ月移動平均)。「Owners’ equivalent rent of residences」が対象。
出所:Macrobond資料より筆者作成
したがって、食料およびエネルギーの価格がここからさらに大きく上昇するのでない限り、秋口には(3割を占める帰属家賃が低下していくのだから)消費者物価指数もはっきりと減速を確認できるだろう。
2021年は春と秋に商品市場が高騰しているので、その季節性が再現されない限り、前年比での変化率は下振れしやすい。
もっとも、住宅価格については加速が止まっただけで、際立って下落しているわけではない。現時点では「高止まり」という表現が妥当だ。
仮に住宅価格が間もなく減速して十分に下落したとしても、消費者物価指数に下押し圧力となって働くまでには数カ月のラグがある。したがって、FRBの金融政策を年内中に大きく変えるほどインフレが劇的に沈静化する展開は考えにくい。
さらに、ここまで住宅価格や帰属家賃の動きから消費者物価が減速に向かう流れを見てきたが、一方でリスクシナリオも存在する。
それは供給制約が悪化する展開だ。
米住宅市場の供給制約は、パンデミックおよびウクライナ危機にまつわる建設資材の不足に加え、コンテナや港湾労働者、トラック運転手などサプライチェーンに関わる物的・人的な供給が間に合っていないことが要因として挙げられる。
それらの供給制約が解消に向かわず、むしろ悪化するようなことがあれば、FRBがいくら大幅利上げで需要を削り落としても、インフレ圧力(ここでは住宅価格上昇)は収まらない。
供給が徐々に回復しつつ需要が確実に落ち込むことで、住宅価格も下がりやすくなる、というのが基本シナリオではあるものの、供給面で何らかのトラブルが起きる可能性をまったく無視するわけにはいかないだろう。
※寄稿は個人的見解であり、所属組織とは無関係です。
(文・唐鎌大輔)
唐鎌大輔(からかま・だいすけ):慶應義塾大学卒業後、日本貿易振興機構、日本経済研究センターを経て欧州委員会経済金融総局に出向。2008年10月からみずほコーポレート銀行(現・みずほ銀行)でチーフマーケット・エコノミストを務める。