今や企業が成功するには、ただ単に良い製品やサービスを提供するだけでは不十分だ。継続的なイノベーションによって、消費者ニーズの変化についていく必要がある。
しかし、それは簡単なことではない。日々の業務をこなしながら次の大事業を思いつくなんて従業員にはハードルが高い、と多くの企業は思うだろう。
だが賢い企業は、イノベーションが「探索」と「実験」から生まれること、そして良い結果にはある程度の「失敗」が伴うことを理解している。
「Facetune(フェイスチューン)」という写真編集アプリを開発したライトリックス(Lightricks)は、実験に真剣に取り組んでいる。イスラエルに拠点を構える同社は、テッククランチ(TechCrunch)によればシリーズDで1億3000万ドル(約173億円、1ドル=133円換算)を調達し、現在のバリュエーションは18億ドル(約2400億円)だ。同社の社員は全員、勤務時間の10%を探索と実験に充てている。
そこでInsiderは、ライトリックスの共同創業者兼CEOのゼブ・ファーブマン(Zeev Farbman)に、この取り組みが同社の成長にどう貢献しているかを聞いた。
「連続ヒット」飛ばせる企業は何が違う?
ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院のダシュン・ワン(Dashun Wang)准教授らのグループは、芸術、文化、科学の分野で「連続ヒット」の成功を重ねるパターンについての論文を執筆した。2021年9月に『ネイチャー・コミュニケーションズ』誌に掲載されたこの論文は、「このような連続ヒットは開発前に探索を行った場合に起こる」ことを突き止めた。
ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院のダシュン・ワン准教授。
提供:Dashun Wang
そのメカニズムはこうだ。ある個人が実験を開始する時、「探索期間」としてさまざまなプロジェクト、ワークスタイル、トピックなどを試すことから始める。この期間はまだ特定の目標がないことが多いため、基本的には試行錯誤の時期だ。
しかし、いったん「これだ」というものが見つかればそれにフォーカスして創作に没頭する。これが「開発期間」と呼ばれる、専門性の高い分野を開拓したりプロダクトを完成させたりする時期となる。
ワン准教授の研究は個人に焦点を当てたものだが、この原理は企業にも当てはまる。同論文の共著者であるハーバード・ビジネススクールのステファン・トムケ(Stefan Thomke)教授は、ネットフリックス(Netflix)やブッキング・ドットコム(Booking.com)などの企業が成功した大きな理由は「実験的思考が企業文化の中心に組み込まれていたから」だと語る。これらの企業は、インパクトが大きいと分かった実験結果を利用するタイミングもよく理解しているという。
トムケ教授によると「実験を企業カルチャーに組み込まず、純粋に開発のみに専念する企業は時代遅れとなり、孤立する危険性がある」という。その一方で、成功した実験を活用せず、ただ新しいことを次々と試すという「開発なき実験」もまた、敗者企業の戦略であるという。
そうなれば個人のキャリアが開花する可能性も下がるし、企業が製品・サービスで成功を収める可能性も下がってしまう。
ライトリックスの10%ルール
「ライトリックスは、開発と探索のバランス、そしてそこから得られる利益を重視しています」
Insiderの取材に応じたファーブマンCEOはそう語る。同社のビジネス特性を考えても、実験は不可欠だ。
「我々はクリエイティブな人々のためのツールを組み立て、創造しています。この分野は常にイノベーションを必要とするんです。社員は顧客の写し鏡的な存在であり、創造的な探索活動に自然と引き付けられています。当社では、ビジネスニーズと社員のニーズがうまく合致しているんです」
しかし、実験を成功させるうえでは探索活動を日常業務の中に組み込む必要がある。そこでファーブマンは、社員に対して構造的なフレームワークを課すことにした。
ライトリックスのゼブ・ファーブマンCEO。
提供: Zeev Farbman
社員は単に勤務時間の10%を任意の活動に費やすのではなく、上司と相談し、自分自身も成長しながら会社を新しい方向に導く可能性のある「実験」、つまりプロジェクトを考案するのだ。
例えば、ビデオレンダリングへの理解を深めるという探索活動なら、「エンジニアならそれはインフラ部門に参加することかもしれないし、デザイナーであれば特定の分野を掘り下げるコースに参加することかもしれない」(ファーブマン)。デザイナーは往々にしてモーションデザインに精通していなため、それを学べるように会社が専門家を招く。そして社員が身につけたスキルを、会社の利益になる形で応用できないかを探るのだ。
時間の費やし方も社員によって異なるという。プロジェクトに半日を費やす社員もいれば、2週間ごとに丸1日、または四半期ごとに1週間を費やす社員もいる。
探索プロセスに失敗を組み込む
もちろん、すべての探索や実験が会社の成果につながるわけではない。しかし同社はその点も織り込み済みだ。
チームが潜在的なソリューションを探求し続けるかどうかは、潜在的な利益による。「クリエイターのための機会を作れるかどうかによりますね」とファーブマンは言う。
「長期的に彼らの成功に役立つツールであれば、その分開発にも長い時間をかけます」
例えば、ライトリックスが継続的な改善を続けている分野のひとつに「モバイルの動画レンダリングの効率化」がある。ファーブマンいわく、「技術的な打開策が見つかれば問題は解決、というものではない」。顧客の要求はさらに高まっていくため、結果的にこの分野の探求を継続的に行っているのだという。
その一方で、研究開発チームは短期プロジェクトに携わることが多いため、常に変化に対応できる機敏さも求められる。短期プロジェクトからは長期的な高収益は見込めないため、うまくいかなければすぐに失敗を認めて次に移るというアプローチが多くなる。
領域依存型プロジェクト(新スキルの習得など)に関しても同じことが言える。ある社員が新しく身につけたスキルを何かに利用しようと思ったとしても、会社が大規模なプロジェクトを実行するのは組織レベルの高収益が見込める時だけだ。
探索と実験のバランスはプロジェクトによって異なるが、ファーブマンによれば、同社は「毎月のプロダクト情報シンクロ会議と360人の社員レビューにより、進捗状況とインパクトの大きさを定期的に評価している」という。これらのプロジェクトや発想は、各社員の個人目標でもあるため、上司との1on1でも進捗状況を確認している。
「シンクロ会議では、どのプロジェクトを拡大し、どのプロジェクトを再検討しなければならないかを決定します。
(長期的なプロジェクトでは)多くの場合、一つのプロダクトを発売することに意義があるのか、またはそのプロダクトをより深掘りし、他のプロダクトと組み合わせてより有効性の高いプロダクトをつくったほうがいいのかを見極めることになります」(ファーブマン)
これが、探索が開発に変わるタイミングだ。
なぜ実験の余地を残す必要があるのか
「企業が実験を仕組みとして組み込むことは、あったらいいことではなく必要なこと」だとファーブマンは考えている。
「優秀な人材に関して言えば、彼らのほうが会社側より多くの選択肢を持っている時代です。実験とそれに伴う失敗を許容しない会社は、許容する会社に社員を奪われるリスクを抱えています」(ファーブマン)
この点にはトムケ教授も同意見で、「優秀な人材は学びたい、自由な発想を持ちたいと考えているものです」と話す。実験に取り組むカルチャーがあれば、優秀な人材はそれを実践できる。
しかし、これは一朝一夕に実現できることではない。特に、純粋に利益を最大化するという考えに基づいて運営されてきたレガシー企業や官僚型組織にとってはそうだ。
トムケ教授は「まず会社の狙いを社員に教育するところから始めるべき」と語る。「それから、具体的なツールやインフラを整える必要があります」
企業の本気度も非常に重要だ。「企業はこのプロセスにリソースを投入し、社員が実験ツールにアクセスしやすくしなければならない」とトムケ教授は語る。
最終ゴールは、これを会社の日常業務の一部にすることだ。
「実験がごく自然に、まるで呼吸するように当たり前な日常業務の一部になることが目標です」(トムケ教授)
ライトリックスは実験をまさにそのように位置づけている。
「試行錯誤を重ね、機能や製品統合の可能性を探れば探るほど、新しい発見につながります」(ファーブマン)