採用ソフト「グライダーAI」による最近の調査で、コロナ禍が始まってから候補者による不正が倍増したことが分かっている。
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採用活動のリモート化と人材不足により、応募者側が嘘をつきやすい環境になってきている。そこで企業は、AIを活用して不正を働く候補者の特定に乗り出している。
オンライン選考における候補者の不正も変化してきた。Zoom面接でカメラに映らない他の誰かが代わりに質問に回答をしていた事例や、リモート試験であることを悪用して、他の人に認知テストやコーディングテストの替え玉になってもらっていた事例もある。採用したら面接した人とは別の人物が来た、というケースもある。
こういった不正は、企業にとってコストが無駄になるだけでなく、腹立たしいものだ。採用自体にかかるコストだけの話ではない。見合った能力がない人間でも、入社が決まればその新人をサポートするために周りの人間は生産性を下げざるを得ず、これがチームの士気にも影響する。
さらに、セキュリティ面での懸念もある。犯罪歴のある人たちが企業の機密情報や顧客データにアクセスできるような在宅のIT系職種に応募することでリスクが高まっていると、最近FBIは企業に注意喚起した。
採用活動のためのソフトウェアを開発するグライダーAI(Glider AI)によれば、コロナ禍が始まってから候補者による不正はほぼ倍増しているという。グライダーAIの役員は、候補者の1割がなんらかの不正を試みたと推定している。
フォーチュン500企業の候補者選考に携わる人材派遣会社、マトレン・シルバー(Matlen Silver)で顧客戦略・業務担当のシニア・バイスプレジデントを務めるキャメロン・エドワーズ(Cameron Edwards)は、この現象は業界・職種を問わず見られるが、特に技術職、IT、開発者の採用に多いと指摘する。
「経歴を盛る人は昔からいましたが、最近は単純に自分を偽っているような事例がどんどん増えています。デスクの下に隠れて応募者の代わりに質問に答える人がいたこともありました。その人の頭頂部が見えていたんですよ。ただ、もっとバレにくい方法もあります」
企業はこうした不正に対策を打つべく、選考過程で応募者が不正を行おうとするのを検知するツールを導入し始めている。
技術が急速に進歩し、また人材不足で企業が採用を急ぐ今、悪質な方法に対して先手を打つのは簡単なことではない。しかし、リモートでの採用が常態化してきた今、対策をとろうと考える企業が増えてきている。
リモート採用はまたとない不正のチャンス
応募者が面接で嘘をついたりスキルを偽ったりすることは昔からあった。レファレンスチェックを行っているチェックスター(Checkster)が2020年に実施した調査では、候補者の78%が、自分について噓をついたことがある、または嘘をつくことを考えたことがあると回答している。
しかし専門家たちは、仕事に対する従来の常識が薄れるにつれ、不正行為が以前より多く、また悪質になってきていると指摘する。
「この2年間で、仕事に対して我々が当たり前だと思っていたあらゆることが疑問視されるようになりました」と言うのは、ニューヨーク州立大学バッファロー校経営大学院のG・ジェームズ・レモイン(G. James Lemoine)教授だ。
「一社当たりの勤続期間は以前より短くなり、オフィスにも出社せず、『大退職時代』と言われる今、退職する人も増えています。『このルールももう守らなくていいんじゃないか』と考える人がたくさんいるのです」
もう一つの要因として、選考ツールを提供するハイアビュー(HireVue)でチーフ・データ・サイエンティストを務めるリンジー・ズローガ(Lindsey Zuloaga)が指摘するのが「リモート採用の限界」だ。コロナ禍以前は、ほとんどの応募者がオフィスを訪問し、採用担当と面接したり人間が監督するなか試験を受けたりしていた。
「対面での面接では、応募者が目の前のホワイトボード上でコーディングしていたので、採用が決まって出社すればそれが本人かどうか分かった。だから今のような不正は起こりづらかった訳です」(ズローガ)
グライダーAIで業務部門のバイスプレジデントを務めるベン・ウォーカー(Ben Walker)は、人材不足の影響で状況はさらに悪化しているという。
「技術職が十分に確保できず、以前より速く選考しなければいけない状況です。そのため、『できます』と言ったことが本当にできるのかを把握しづらくなっていて、その隙につけ込む人が出てくるんです」
AIはどうやって不正を特定するのか
今や選考プロセスにおいてAIは当たり前のように使われている。米国人材マネジメント協会(Society for Human Resource Management)によれば、グローバルでは企業の88%が人事の業務に何らかのAIを活用しているという。
採用プロセスが進化するなかで、応募者の不正を見破るためにAIツールを活用するトレンドが来ることはごく自然な流れだと企業側は言う。
スマホを使っている、複数の画面を開いているなど、応募者の疑わしい行動パターンをもとにテクニカルな試験におけるカンニングや盗用を検知できるツールもある。また、リモートの面接官にはほとんど聞こえないような応募者以外の声を検知するツールや、試験を受けている場所を分析することで同じ部屋に他の人がいることを検知したり、リモートデスクトップが使われているかどうかを検知したりするツールもある。
不審な点を検知すると、採用担当者に対して応募者の行動をよく見るよう警告を出したり、公開コードとの類似性を確認するよう促したりするのだ。
「候補者がコーディングの試験中にブラウザを開いてインターネット上の情報をコピペしていたり、面接中に他の人が応募者のマイクにアクセスしていることなどをAIが検知してくれたりするんです。このツールを導入してから、以前は見抜けなかった不正行為をかなり多く検知できるようになりました」とマトレン・シルバーのエドワーズは言う。
フォーチュン1000企業向けに高スキルの人材を斡旋する人材紹介会社、マインドランス(Mindlance)の共同創業者ヴィク・カルラ(Vik Kalra)は、コロナ禍直前にAIツールを導入した。もともとは選考過程で生じうる無意識の偏見への懸念から、応募者の能力に関するより客観的なデータが欲しくて使い始めたのだという。
ただ、コロナ禍になってからは候補者の不正もAIに検知してもらうようになった。採用活動は常に人間の判断とデータの組み合わせだという。
「面接とは、自由回答の質問やテストを通して、直感と一般的な感覚を組み合わせながら候補者の能力を評価することに他なりません」
今はどちらかというとデータを頼ることが多くなったという。
「不正がないことを確認し、さらに候補者がそのポジションに最適であることを検証する必要があります」
AIを使う一番の利点は、候補者の本人確認のための顔認証技術だとカルラは言う。面接や試験を受けた人間と同一人物であることを、内定を出す前に確認することができるようになったのだ。
その結果、マインドランスの選考過程(グライダーAIのツールも使われている)をパスした候補者のうち、約75%がクライアントに採用されているという。ちなみに、AI導入以前は3割程度だった。
もちろん、AIがすべての不正を見破れる訳ではない。悪質な応募者のやり口はどんどん巧妙になり、抜け道を見つけることもある。
また、AIや機械学習に頼りすぎる採用もどうなのかという批判もある。選考プロセスにおけるAIの使用についてもっと調査すべきだという政治家もいる。データやアルゴリズムに隠されている人種や性別に関する固定観念が、人間の偏見を反映させてしまうからだという。これは特に、ダイバーシティが進んでいないテック業界に顕著だ。
これを受けてAIプラットフォームの大手は、人間の判断力も活用すべきとよく訴えている。
テック業界向けの採用プラットフォームを提供するダイス(Dice)のプロダクト・マネジャー、ダニー・ジョーンズ(Danny Jones)は言う。
「応募者の不正行為はすぐに傾向が変わるため、適切なツールを最適な人間と組み合わせることが必要になります。当社では、機械化したプロセスやAIを活用したプロセスにおいては常に裏で人間が関与するようにしています」
(翻訳・田原真梨子、編集・大門小百合)