ドイツ南部の都市トゥットリンゲンで育ったパトリック・シリング(Patrick Schilling)は、地元の図書館を利用することができなかった。
生まれつき手足が短いという障害を持つシリングは、幼い頃から電動車いすに頼る生活だった。実家から一番近い図書館は、階段を使わないと中に入れなかったため、読み物を探すときはもっぱらインターネットを使っていた。
シリングは最近、グーグルのプロダクト開発部門に異動したが、以前は在宅勤務でグーグルクラウドコンピューティング部門の戦略的ディール・メーカーとして働いていた。シリングにとってはここでの経験が、テクノロジーとイノベーションに情熱を注ぐようになった貴重なきっかけになったという。
「ここには2つのポイントがあります。ひとつは、もしあなたが電動車いすを使っていて、それが初めて故障したとしたら、何百万人もの人のために作られた技術なのだから実際に役に立つものにしたいという、内発的動機が生まれます。
もうひとつ。僕はかなり早い段階から技術の進歩の恩恵を受けてきました。地元の図書館は階段を使わなければ入れなかったけれど、インターネットが登場した途端、読みたいものはデジタルでほとんど読めるようになったんです」
世界保健機関(WHO)によると、日常生活を送るために何らかの補助器具を必要としている人は世界に10億人近くいるが、そのような技術を実際に利用できる人はごくわずかだ。
シリングは労働者階級の家庭に育ち、「この分野への知的接触」がほとんどなかったため、不便の多い世界を渡り歩くのには苦労も多かったという。
「身体的障害を持っていることの良い点も悪い点も醜い点も、幼いうちから経験しました。
両親には本当に感謝しています。両親はまさかこういう事態になるなんて予想もしていなかったけれど、僕が生まれたその日から『人生を大切にするかフイにするかは自分次第』という方針で育ててくれました。
だから僕は、一日一日を大切にしようと思っています」
障害から素晴らしいライフスキル学んだ
グーグルに入社して4年が経過した。シリングは、自分の成功は10代の頃に取り組み始めた内的な「発想の転換」によるところが大きいと考えている。
思春期の終わり頃、シリングは自分があまり良い状態でないことに気がついた。「何かというと『なんで自分なんだ? なんで自分がこんな目に遭わなきゃいけないんだ』と考えてしまっていたんです」
しかし、壊れた車いすを処分したことで考えを改めた。
「車いすには何度もがっかりさせられてきました。だってこいつのせいで、バスに乗ることも、タクシーに飛び乗って友達と食事をしに行くこともできないんですから。
でも、日常生活を送れるのも海外留学できたのも友達と良い関係でいられるのも、自分がこれまでやってこられたのは車いすがあったから。そう気づいたとき、ネガティブなことにばかり目が向いていた発想から、発想を切り替えることができたんです」
シリングは2018年、ノースカロライナ州立大学プール経営学部で卒業スピーチを行った。
NC State/YouTube
シリングは、車いす生活を送ってきたおかげで素晴らしいライフスキルを学べたことに気づいた。彼が自分の可能性に挑戦することができたのは、この気づきによるものだ。
「車いすの生活で電車に乗ろうと思えば、それ自体がひとつのプロジェクトになります。電車は車いすで利用可能か? 駅はどうか? これはもうプロジェクトマネジメントですよね。道行く人に助けを求める必要があるならコミュニケーション能力も求められる。
こうしたことが強みになるんです。そしてこの強みは、企業や社会全体にも還元することができます」
障害を持つ次世代の従業員たちに期待
シリングのグーグルにおける経験は圧倒的にプラスになってきたが、職場での積極的な働きかけが引き続き必要であるという現実には決して満足していない。「1週間のうち、たいていは何かのパネルに招かれたり、同じような課題を抱えている若者と会ったりといった予定が入っています」と彼は言う。
シリングには今、定期的に会っているメンティーが7、8人いる。メンティーたちの様子から、職場の障害者支援の将来は心配しなくても大丈夫だと感じているという。
「僕はいま27歳。僕が通っていた高校では僕が初めての障害者だったけれど、僕より10歳も若い彼らはもう、泣き寝入りしたりしません」
シリングは、知り合いの若者のエピソードを語ってくれた。その若者は面接の際、自分に腕がないことを採用担当者が不安に思っていると感じたそうだ。
「そこで彼は、採用担当者を見てこう言ったんです。
『いいですか、私には腕がありませんが、それで何か困りますか? 腕がなくても仕事はうまくこなせます。だから冷静になって、腕のことは忘れて、私が御社にどんな貢献ができるかということに集中しませんか?』」
シリングは破顔してこう続ける。
「それを聞いて『すごい、ブラボー!』と思いましたね。こういう若者たちが成長して、『ノー』を受け入れない様子を見られるなんて最高です」
(編集・常盤亜由子)