イラスト:iziz
シマオ:皆さん、こんにちは! 「佐藤優のお悩み哲学相談」のお時間がやってまいりました。今日も読者の方からいただいたお悩みについて、佐藤優さんに答えていただきます。さっそくお便りを読んでいきましょう。
私は30代で不動産の営業をやっています。仕事上、大家さんとのお付き合いが多いのですが、その際の手土産やプレゼントにいつも頭を悩ませます……。だいたい皆さんある程度いろいろなプレゼントをもらってきている方々ですし、お金もあるので、「これをあげても喜ばれないのでは」と思ってしまうのです。
営業として、こういった贈り物は相手の懐に入る一つの手段なので、年齢や趣味を考慮してお渡ししますし、雑誌の特集やテレビで取り上げられているとなるべくチェックするようにしています。もし、外交官時代などに培った佐藤さん流のプレゼント術などがあればご教示いただきたいです。
(飽きない、30代前半、会社員、男性)
プレゼントと賄賂の違い
シマオ:飽きないさん、お便りありがとうございます! 僕もプレゼント選びって苦手で、いつも悩んじゃいます。
佐藤さん:仕事における手土産やプレゼントの選び方で難しいのは、それがプレゼントなのか賄賂なのかという線引きです。
シマオ:賄賂! そう言うと、すごく悪いことをしているみたいですね……。どこに線引きがあるのでしょうか?
佐藤さん:分かりやすい線引きは金額です。極端な話、筆記具が好きな人だからと言ってモンブランの高級万年筆を贈ろうとすれば、すぐに何十万円になってしまいます。あるいはワイン好きの人だからと年代物のロマネ・コンティを贈るなら300万円や400万円はざらです。
シマオ:たしかに、それだけの金額のものになるともう賄賂ですよね。
佐藤さん:なので、普通のビジネスパーソンなら、5000円くらいが目安になるでしょう。業界にもよりますが、1万円を超えると少し度を越してしまう印象です。1回の金額は低くても、あまり頻繁に渡すなら、それも賄賂と言えるでしょう。
シマオ:なるほど。外交の世界は社交が多いと思いますが、外交官ならではの手土産選びのコツって何かあるんですか?
佐藤さん:外交官の事例は残念ながらあまり参考にならないでしょう。というのも、外交官がするプレゼントというのはそもそも賄賂性が高いからです。
シマオ:かなりの金額が動いている……?
佐藤さん:もちろん、基本的にまともな国の公務員は賄賂が禁止されています。例えば、アメリカは1回の接待や贈答が20ドルを超えてはいけないという規定がありますし、日本も国家公務員倫理法で5000円以上の利益供与がある時には報告義務があります。
シマオ:結構厳しいんですね。
佐藤さん:ただ、外交官は人間関係を築くために換金性の高い物を渡したりすることがあることも事実です。私がモスクワに赴任していた時代はソ連崩壊の混乱期でした。通貨の価値が低いので、モンブランのボールペンやエルメスのネクタイなど換金性の高い物を贈ったことがあります。
シマオ:プレゼントというよりも通貨の代わり……!
自腹を切った先には「業務上横領」が待っている
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シマオ:そもそもですが、個人的には贈り物をしたりするのって、ゴマをすっているみたいでちょっと嫌なんですよね……。それでも、やっぱり必要なんでしょうか?
佐藤さん:ゴマをする、すなわち相手に気に入られることは仕事において必要なことですよ。ただし、そのことによってどれだけの利益を出せるかというバランスは常に意識しておくべきです。
シマオ:あくまでビジネスだというドライな感じでいい、と。
佐藤さん:その意味でも、飽きないさんに申し上げたいのは、プレゼント選びにエネルギーをかけすぎる必要はないということです。ゴマをすって人に気に入られるという行為も、最初は効果がありますが、それも逓減していきます。プレゼントの価格を1000円から1万円に上げたからといって、10倍気に入られる訳ではないのです。
シマオ:そのことを加味した上で、自分でどこまでやるかの上限を決めておくとよいということですね。
佐藤さん:それから、贈り物をする際には原則として自腹を切らないことです。普通の会社員なら会社に経費として請求するでしょうが、保険の外交員みたいに裁量の大きい営業の世界では、自腹で接待や贈答をする場合もあります。しかし、基本的に自腹は避けた方がよいと考えます。
シマオ:自分が損するからですか?
佐藤さん:それよりも、自分のお金を会社のために使っていると、公私混同が当たり前となり、その分をあとで「補填」していいんだという発想になるからです。
シマオ:つまり、会社のお金を使ってもいいんだ、という……。
佐藤さん:そうです。そして、行き着く先は業務上横領になってしまう。人間の認識は「非対称」です。会社のために1000円を使ったなら、いずれ会社から5000円くらい取り戻さなければ割に合わないと感じてしまうものなんです。
シマオ:感覚が麻痺してきてしまう……それは怖いですね。きちんと経費で落とすようにします!
贈与とは権力関係である
佐藤さん:少し難しい話になりますが、プレゼントというのは権力関係であると認識しておくとよいでしょう。
シマオ:と言いますと?
佐藤さん:普通に考えれば、プレゼントを贈られる方が贈る方より地位が高いと思いがちですが、それは一面的な見方です。むしろ、もらってばかりの人は権力的には支配されているとも言える訳です。
シマオ:ちょっと、よく分かりません……。
佐藤さん:例えば、京都では隣に住む人から何か食べ物をお重で頂いたりすると、そのお返しに必ずちょっとしたお菓子を添えたりする風習があります。これは、お礼であると同時に、自分は一方的にもらっている訳ではないということを示してもいるのです。
シマオ:つまり、自分は物をもらったからといって相手より下の立場じゃない、というメッセージみたいなものだということですね。
佐藤さん:はい。これは外交の世界でも行われていることです。外交官が他国を訪れる際に、飛行機はビジネスクラスかファーストクラス、ホテルも五つ星の高いところを取ります。その外交官が偉いからではなく、それだけのお金を使う権限があるということを相手に見せつけるためなのです。そして、相手に1万円のレストランに連れていってもらったなら、こちらは2万円のレストランで返すのです。
シマオ:なんだか、マウントの取り合いみたいだな……。
佐藤さん:そうです。古くから、人間はこのようなやり取りをしてきました。そのことを示したのが文化人類学者マルセル・モースの『贈与論』です。アメリカの先住民の中には、ポトラッチという風習を持つ部族があって、彼らは互いに莫大な財産を与え合っています。モースは、そうした贈与に対しては返礼をする義務があり、それにもかかわらず人々は贈与に駆り立てられるということを主張しました。
シマオ:人はなぜか他人にプレゼントをしたくなってしまう。考えてみれば不思議ですね……。
佐藤さん:私たちがそこから学べるのは、一方的な贈与は権力関係になってしまうということです。ですが、少しでも返せばそれは贈与ではなく交換であり、少なくとも一方的な関係にはならずに済むということでもあります。
シマオ:なるほど。借りや負い目によって相手に支配されないようにする知恵ですね……。
佐藤さん:新約聖書の「マタイによる福音書」第18章には次のような言葉があります。
その時、弟子たちがイエスのところに来て、「天の国では、一体誰がいちばん偉いのでしょうか」と言った。そこで、イエスは一人の子どもを呼び寄せ、彼らの真ん中に立たせて、言われた。
「よく言っておく。心を入れ替えて子どものようにならなければ、決して天の国に入ることはできない。だから、この子どものように、自分を低くする者が、天の国でいちばん偉いのだ。また、私の名のためにこのような子どもの一人を受け入れる者は、私を受け入れるのである。」
(「マタイによる福音書」18章 1~5節。聖書協会共同訳)
シマオ:自分を低くする者が、いちばん偉い。
佐藤さん:営業担当でお客さんに対してへりくだっていたとしても、自分はむしろ上なんだという気持ちでいてもいい。反対に、誰かから贈り物をされたからといって、自分が上の地位にあるなどとは思わない方がいい。そういう気持ちでいれば、必要以上に仕事上の関係で悩むことが少なくなると思いますよ。
シマオ:なるほど。プレゼントは思っていたよりも深いのですね……。飽きないさん、ご参考になりましたでしょうか。
「佐藤優のお悩み哲学相談」、そろそろお別れのお時間です。引き続き読者の皆さんからのお悩みを募集していますので、こちらのページからどしどしお寄せください! 私生活のお悩み、仕事のお悩み、何でも構いません。次回の相談は8月3日(水)に公開予定です。それではまた!
佐藤優:1960年東京都生まれ。作家、元外務省主任分析官。85年、同志社大学大学院神学研究科修了。外務省に入省し、在ロシア連邦日本国大使館に勤務。その後、本省国際情報局分析第一課で、主任分析官として対ロシア外交の最前線で活躍。2002年、背任と偽計業務妨害容疑で逮捕、起訴され、09年6月有罪確定。2013年6月に執行猶予期間を満了し、刑の言い渡しが効力を失った。現在は執筆や講演、寄稿などを通して積極的な言論活動を展開している。
(構成・高田秀樹、イラスト・iziz、編集・野田翔)