写真左から京都大学 木下政人准教授、聞き手の三ツ村崇志。
番組よりキャプチャ
“変化の兆し”を捉えて動き出している人や企業にスポットを当てるオンライン番組「BEYOND」。
第10回は、京都大学農学研究科の准教授の木下政人さんが登場。7月13日(水)に放映した番組の抄録を、一部編集して掲載する。
BEYONDのアーカイブはYouTubeでご視聴いただけます。
撮影:Business Insider Japan
──ゲノム編集は「進化を加速させる」と言われますが、これはどういうことでしょうか?
木下政人さん(以下、木下):まず、生物に何らかの変化が起こるとき、それはゲノムに変化が起きたと言い換えられます。
ゲノムの変わる要因は、自然の放射線や人間の化学物質などさまざまです。
いずれにしてもランダムで変わることになり、狙ってゲノムを変えられる確率は非常に低いです。
ゲノム編集は、狙った場所を変えることが可能で、時間を掛けずにゲノムを変えられることから「進化を加速させる」と言えます。
「進化を加速させる」について解説する木下政人さん。
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── 一般的に食べられている野菜や家畜も品種改良の賜物です。こういった品種改良も、低い確率から偶然生まれたものなのでしょうか。
木下:そうですね。例えばとうもろこしは、原種から今の形になるまで3000年かかっています。
SDGsにも則った「ゲノム編集」のマダイ
──ゲノム編集をすると、実施にどういった変化が起きるのでしょうか。
木下:(木下さんがCTOを務める)リージョナルフィッシュで販売しているマダイを例に説明します。このマダイでは「ミオスタチン」と呼ばれる遺伝子を働かなくするようなゲノム編集を行いました。
ミオスタチンが機能しなくなると、動物の筋肉量が増えやすくなります。そのため、ゲノム編集をしたマダイは肉厚になります。
通常マダイとゲノム編集マダイの比較。
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──エサを多く与えなくても肉の多い魚ができるということですね。
木下:そうです。
エサの量が少ないと、養殖業者はかかるコストを節約できます。かつ環境にも優しく、SDGsに則った魚と言えるでしょう。
職人のように手作業で行われるゲノム編集
── ゲノム編集は、実際に生物の中でどんなことをやっているのでしょうか?
木下:ゲノム編集は「クリスパー・キャスナイン」という物質を使って行われています。
ゲノムの編集を、文章の編集に置き換えてみるとイメージしやすいかもしれません。
ゲノム編集技術を「吾輩は猫である」の一節に置き換えて説明。
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──文章をDNAだとすればよいのでしょうか。それを構成する文字のようなものも生物にはあるわけですね。
木下:はい。DNAは、A(アデニン)、T(チミン)、G(グアニン)、C(シトシン)という4種類の塩基で構成されています。文字が並ぶことで初めて文章としての意味を持つように、塩基も並ぶことで遺伝子としての意味が出てきます。
──では、クリスパー・キャスナインは、これをどう編集するのでしょうか?
木下:クリスパー・キャスナインには2つのパーツがあります。編集したい文字列を狙う部分と、狙った部分を切り取るハサミの役割を持つ部分です。
DNAの文字列をクリスパー・キャスナインがサーチして、目当ての文字列を見つけたら、ハサミが働き、文章を切る(編集する)という具合です。
──これで狙った遺伝子を機能しないようにするわけですね。実際にリージョナルフィッシュの商品をつくる際には、どのような工程を経ているのでしょうか?
木下:マダイを例にすると、まずは雄と雌のマダイからそれぞれ未受精卵と精子を採取して人工授精をさせます。
そして、受精した卵一つひとつにクリスパー・キャスナインを注射していきます。
ゲノム編集の手順。
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クリスパー・キャスナインを注射する様子。
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──手作業で注射するのですね。機械では難しいのでしょうか?
木下:卵の大きさには個体差があり、それぞれ微妙に異なります。そのため、人間の目で見て作業をしていく必要があります。
──リージョナルフィッシュではトラフグも販売しています。トラフグも同じやり方で作業をしているのでしょうか。
木下:はい。マダイの卵は透明で中身を確認しながらできます。一方、トラフグの卵は真っ白で中身が見えないという違いはあります。
──魚によってクリスパー・キャスナインの打ち方が変わり、さらに人間の手作業で行う必要があると。いわゆる「ゲノム編集職人」が必要になるということですね。
木下:そうなりますね。まさに我々は職人だと思います(笑)。
──こうしてゲノム編集をした卵を孵化させて、そのまま販売するのでしょうか?
木下:クリスパー・キャスナインを注射しても、ゲノム編集が反映されていない場合もあります。
そのため、ゲノム編集が成功した卵を育てていき、ゲノム編集がされた個体同士で掛け合わせていきます。最短でも二世代分の交配をして、その稚魚を商品として販売しています。
1年半を掛けて「ゲノム編集」の安全性を証明
──「遺伝子組み換え食品」もありますが、ゲノム編集食品とは何か違いはあるのでしょうか?
木下:今ゲノム編集で作られている食品では、外部から遺伝子を入れることはありません。元々その生物が持っているゲノムを変えていきます。
一方で、遺伝子組み換えは他の生物の遺伝子を入れています。それが大きな違いです。
──ゲノム編集は、技術的には好きな遺伝子を入れることも可能だと聞いたことがあります。食品として販売する上では、そういうゲノム編集はしていないということですか?
木下:はい。ゲノム編集には「外来遺伝子を入れない」「少しだけ入れる」「たくさん入れる」の3パターンがあります。
その中で、外来遺伝子を入れない「SDN-1」という手法を取り入れています。
── ゲノム編集の魚を販売する上で、国へ届出を出したということですが、どのような経緯があったのでしょうか。
木下:法律上、届出の提出義務はありませんが、厚生労働省と農林水産省に提出をしました。しかし、提出したら終わりではなく1年半のやり取りがありました。
──時間がかかった理由は何でしょうか?
木下:ゲノム編集の魚の安全性を証明するための期間です。
魚のゲノムを全て解読して大丈夫であるかを調べていました。また、外来遺伝子を入れないゲノム編集は、自然界でも同じようなことが起きると言われているのですが、本当に自然界でも起きているかをデータで説明したりもしていました。
──遺伝子組み換えの食品を受け入れにくいという世間の目もあり、慎重にされている印象です。
木下:私たちもそうですし、国もそう思っていると思います。
そもそも遺伝子組み換えの食品は、例えば大豆であれば、健康被害が起きた例は一つもありません。国が遺伝子組み換えの商品を認めているのは、それが安全だからです。
遺伝子組み換えの商品は、正しい情報が伝わる前に世間で拒否反応が出てしまったこともあり、受け入れられにくい風潮が生まれてしまいました。
ゲノム編集ではそれを避けるために慎重になっているのだと思います。
「正しい知識」と「安心感」を
──最後に、事前に募集をした読者からの質問にご回答いただきたいと思います。
「ゲノム編集を用いた食品に対して、消費者は警戒する反応が多いと感じています。リージョナルフィッシュで食品を販売していく上で、このギャップを埋めるために意識していることは何でしょうか?」
木下:二つの立場で話をします。一つは科学者としての立場で。
ゲノム編集の原理や、ゲノムは自然でも変わるものであり、変わることは怖いことではないといった「正しいゲノムの知識」を伝えていくことを意識しています。
もう一つは会社の立場です。「安全」よりも「安心」感を持っていただくことを意識しています。
「安全」と「安心」は別で、「誰かが食べて安全だと分かり、安心する」という方を増やしていきたと思っています。
リージョナルフィッシュでは試食会も実施しています。地道な作業ですが、上から目線で「食べてよ」ではなく、自ら「食べてみようかな」と思う方にまずは提供していきます。
そうして「安心」する方を増やしていくことが、最終的にゲノム編集、食品全体の「安心」につながっていくと思っています。
7月25日(月)19:00〜はBEYOND特別回として、YET代表/Re:public Inc.シニアディレクターの内田友紀さんをゲストに迎え、「Beyond Sustainability 2022」受賞企業発表をお送りします。
なお、7月25〜29日の5日間は毎日19:00より、Beyond Sustainability 2022の受賞企業が登壇するセッションを配信予定です。ぜひご視聴ください。
「BEYOND」とは
毎週水曜日19時から配信予定。ビジネス、テクノロジー、SDGs、働き方……それぞれのテーマで、既成概念にとらわれず新しい未来を作ろうとチャレンジする人にBusiness Insider Japanの記者/編集者がインタビュー。記者との対話を通して、チャレンジの原点、現在の取り組みやつくりたい未来を深堀りします。
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