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いのちの電話から「いのちのLINE」へ。若者に届けるチャット相談の選択肢

スマホ見てる人

いのちの電話は、「報道されるたびに繋がらなくなる」ジレンマを抱えているという。

撮影:今村拓馬

自死に関する報道で人生に悩んでいる人の後押しをしてしまわぬよう、記事の末尾に紹介されることの多い「いのちの電話」。

世界保健機関(WHO)が作成した自殺対策に関するガイドライン(2017年版)の中で、自殺報道の際には「いのちの電話」などの相談先の情報をあわせて紹介するようにルール化されている。

しかしいのちの電話は「繋がらない」「利用者や相談員たちの高齢化が進んでいる」などの課題も抱えているという。相談員たちに、その思いを聞いた。

「飛び込む」と話す受話器の奥で

相談電話

埼玉いのちの電話事務局で電話対応をする相談員。

撮影:藤本理沙

「長い電話だと、3〜4時間話を聞くこともあります。『飛び込む』と話す受話器の奥で踏切の音が聞こえ、終電が終わるまで電話を繋いだ相談員もいました」

埼玉いのちの電話事務局員の高橋綾子さん(60代)は、その時の状況を思い出した様子で話す。

同センターの局長である内藤武さん(78)は、「いのちの電話の存在が知られるほど繋がらなくなってしまう。今は25回に1回ほどしか繋がらない」とその歯がゆさを語る。

「繋がらない」背景にあるのが、いのちの電話が相談員に対して設けている、いくつかのルールだ。そのうちの一つが、相談員側からは電話を切らないこと。また「死にたい」という電話がかかってきたら、その気持ちが収まるまで電話をつなぎ続けるという約束もある。

いのちの電話ではあえてアドバイスは行わず、聞くことに徹している。「専門家ではなく無償のボランティアだからこそできる、聞いて寄り添う姿勢が必要」なのだと内藤さんは言う。

自殺傾向率は増加も、すぐには増えない相談員

埼玉事務局長内藤さん

埼玉いのちの電話事務局長 内藤武さん。

撮影:藤本理沙

コロナ禍で誰かの支えになりたいと、埼玉センターでは新規相談員を希望する人の数はここ2年で増えてきた。しかし人手不足は未だ深刻だ。

地域ごとに差はあるが、電話相談員になるには、1年半程度の研修を受ける必要がある。研修には自己負担金が必要で、埼玉では6万円と安くはない。これらのハードルもあり、すぐには相談員が増えない。

研修期間は相談者を傷つけないために欠かせない過程とされており、短縮は難しいという。自己負担金についても「非営利団体のため、個人や団体の寄付金で活動は支えられている。やむを得ないが心苦しさがある」と内藤さんは話す。

24時間対応で相談を受ける埼玉いのちの電話事務局では、2021年の受信件数が2万1986件と、全国で最も多かった。10年前の2011年と比較すると、1件あたりの相談時間も29分から39分に増えた。

そのうち自殺傾向率(※)は11.6%から14.4%に約3ポイント増加している。一方で、相談員数は344人から363人に微増、そのうちの実働者数は271人から264人に減っている。

※自殺傾向率…相談者が電話中に直接自傷行為に及ぶ素振りをみせたり、相談員が間接的に相談者がその行為に及ぶのではないかと感じ取った割合。

つまり、相談者からの悩みが深刻化する一方で、受け皿となる相談員が慢性的に不足している状態が続いている。

20代からの電話相談は4%

埼玉事務局

埼玉いのちの電話の事務局の様子。

撮影:藤本理沙

「いのちの電話」では、相談員だけではなく「利用者の高齢化」という課題も抱えている。埼玉では利用者の多くは40代以上が占める。一方で、自殺で亡くなるケースが多い20代からの相談は全体の約4%と少ない。SNSを介したコミュニケーションが主流である若者層に、支援を繋げることができていないのだ。

埼玉ではこうした課題感から、2014年からはメールでの相談を受け付けるインターネット相談窓口(※)を導入した。2021年にはインターネット相談の利用者のうち40%を20代以下が占めるまでに広がった。

※埼玉事務局では、2006年に始まった「みんなのネット相談」と日本いのちの電話連盟が2017年に開始した「連盟ネット相談」の2つに参加している。

ただ、メールにも難しい点がある。

メールでは回答の文章にボリュームがあり、少しでも違った捉え方になり不快な思いを与えないよう、必ず複数名で回答をまとめる形式をとっている。そのため、相談を受けて直後の返信が難しいのだ。

相談員の高齢化と、若年層へのリーチ ── このふたつの「課題」を解決させるために動き出したのが、チャットで相談ができるLINE相談窓口を全国で初めて導入した、茨城いのちの電話事務局だ。

「いのちのLINE」 生んだ、茨城事務局

LINE相談の導入を思いつき、実行したのは、26年前から相談員として携わり、現在茨城いのちの電話で事務局長を務める多田博子さん(67)だ。

茨城事務局長多田さん

茨城いのちの電話事務局長 多田博子さん。

提供:茨城いのちの電話事務局

茨城でLINE相談を導入することになった最初のきっかけは、多田さんが2019年ごろから家族でグループLINEを使うようになったこと。

多田さんはふとこう感じたという。

「考えてみると、今、電話をかけてくる方はほとんどが30代、40代以上。このまま相談者の年齢が上がっていくとどうなるんだろう」

多田さんはもともとSNSなど全く得意ではなかった。しかし「時代にあったやり方にしないと、いのちの電話そのものの存続が難しくなる」という、茨城の初代事務局長の言葉が強く頭に残っていた。

2019年10月、初めていのちの電話運営協議会でLINE相談の導入を提案した。

初めは、「タイピングできる人がいるのか?」「相談員は集まるのか?」「費用は?」と不安の声が相次いだ。

茨城の教育委員会に赴き、費用感の把握から始めた。また、SNS相談などの社外相談窓口を提供する企業からは、システム会社を紹介してもらうなどして導入の準備を進めた。備品購入のためのクラウドファンディングも実施し、56万円を集めた。

キャンプファイヤーキャプチャ

クラウドファンディングサービスCAMPFIREのキャプチャ。目標50万円に対して56万円が集まった。

画像:筆者キャプチャ

LINEの相談員は希望制だ。応対の仕方は、通常の「いのちの電話」と変わらない方針をとっている。違う点は、目安として50分の時間制限を設けていることだ。ルールを事前に伝えるため、目安の時間はほぼ守られるという。

相談者側にとって、LINEは簡単にアクセスできるので相談がしやすい。事前にいたずらを避けられることもメリットだ。

こうした活動に費やした約1年半の期間を経て、2021年5月30日からLINEを使ったチャットで相談できる「茨城いのちの電話 SNS相談」を開始。2022年3月までに、172件の相談が寄せられた。またそのうち、20代以下からの相談が約3割を占めた。

多田さんは「まだ件数としては少ない印象。もっと多くの方の相談に乗れたら」と話す。

数十万の「友だち」抱えるLINE相談窓口も

出典:厚生労働省「令和3年版自殺対策白書」

年齢階級別の自殺者数の推移。15~39歳の各年代の死因の第1位は自殺となっている。

出典:厚生労働省「令和3年版自殺対策白書」

長引くコロナ禍の影響もあってか、若年層の自殺問題は依然として深刻だ。厚生労働省が発表した「令和3年版自殺対策白書」のデータによると、自殺者数は依然として年間2万人を超えており、15~39歳の各年代の死因の第1位は自殺となっている。

直近自殺者数がピークに至った2009年からの自殺死亡率の推移をみると、10代はほぼ横ばい、20代は低下したものの40歳代以上の年代に比べて、減少幅が小さい。

こうした問題に対して、LINEで悩み相談を受け付ける動きも広まっている。2020年5月に始まった、よりそいチャット相談「生きづらびっと」はすでに友だち登録者数が38万人を超えている。

他にも2022年4月に始まった「こころのほっとチャット」では約18万人、「10代20代の女の子専用LINE」は約8万人の友だち登録があった。

大切なのは、いのちの電話精神

チャット対応の様子

チャット相談の様子。

提供:茨城いのちの電話事務局

いのちの電話も、LINEでの対応を広げようと動き出している。同年の9月、多田さんは導入までの手順などを細かく記したレポートを全国のセンター宛てに送った。冒頭にはこんなメッセージを添えている。

「時代により社会の仕組みはどんどん変わります。しかし、私たちがいつも変わらず大切にしたいと思っているのは“いのちの電話精神”です。

この精神・理念を大切に、そこからはブレずに、しかし時代に合った対応をしていかなければ、いのちの電話はいずれ社会の流れから取り残されていくような危機感を感じずにはいられません。誰にも相談できずに苦しんでいる若者がいるのであれば、何とかして電話を使うように若者に歩み寄ってもらうのでなく、こちらから若者に歩み寄る姿勢が必要なのではないでしょうか(一部抜粋)」

このメッセージをみて、東京や福岡、千葉、埼玉など7センターから反応があったという。

多田さんは「これから全国でも検討してもらえるフェーズになるかと思う。茨城から始まった取り組みなので、みんな、どうなるかを見ている。ここで失敗できないぞという思い」と笑顔で話した。

(取材・文、藤本理沙)

※こちらの記事は、Business Insider Japanが開講したBIスクール「編集ライタープロ養成講座」の受講者が、編集部のディレクションのもとに取材・執筆したものです。

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