REUTERS/Maria Alejandra Cardona
今週も、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生が経営理論を思考の軸にしてイシューを語ります。参考にするのは先生の著書『世界標準の経営理論』。ただし、本連載はこの本がなくても平易に読み通せます。
出版の世界では「印税は刷り部数×定価の10%」が長らく慣習になっていますが、書き手がこれだけで生活するのは厳しいという声が上がっています。これからのクリエイターとお金の関係はどうなっていくのか、どうすればいいものをつくることとビジネスを両立できるのか。入山章栄先生が考察します。
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クリエイターは搾取されているのか
こんにちは、入山章栄です。
今回はBusiness Insider Japan編集部の小倉宏弥さんが気になっているというニュースについて、一緒に考えていきましょう。
BIJ編集部・小倉
僕は新卒で出版社に入って以来、15年近く編集者としてやってきましたが、ずっと気になっていたことがあります。それは本を書く人の収入が不安定なこと。
入山先生もよくご存じのように出版社から本を出すと、「刷り部数×定価の10%」が印税として著者に入る場合がほとんどです。しかし先日SNSで、本を出されている著者の方が「印税1割程度しかバックされないのでは、いくら書いても厳しい」と投稿していた通り、それだけで生活するのは難しい。
そんなとき田中泰延(たなかひろのぶ)さんという方が「ひろのぶと株式会社」という出版社をつくったというニュースを目にしました。その新会社は本を書いて生活していける社会を目指していて、著者の受け取る印税が初版は2割で、部数が増えるにつれてダイナミックプライシングで3割、4割と増えていく。すでにクラウドファンディングで1億円を集めるほど支援されています。
これからのクリエイターとお金の関係はどうなっていくのか。どうすればいいものをつくることとビジネスと両立できるのか。入山先生のご意見を伺えればと思います。
なるほど。はっきり言っていまのメディアの世界は、クリエイターのほうが搾取されているといったら言いすぎかもしれませんが、少なくとも立場が不利なのは間違いないでしょう。書籍もそうですし、映像コンテンツやアニメなどもそうだと思います。
なぜならコンテンツビジネスでは、「顧客に作品を届ける接点」が、出版社やテレビ局など限られたところに集中してきたからです。クリエイターが川上から作品を流しても、下流にある「出口」は数が限られている。だから自ずと出版社やテレビ局など、出口側のメディアが強い力を持ち、クリエイターは労働に見合った報酬を得ることがなかなかできませんでした。
もちろん大ヒット作品を持つクリエイターとなると話は別で、脚本家の三谷幸喜さんや漫画家の尾田栄一郎さんなど億万長者もいる。しかし大部分の若手や中堅は経済的に苦労するしくみになっています。もっともそれは創作を仕事にしたい人が大勢いて、クリエイター間の競争が激しいという理由もあるでしょう。
でも一番の理由は、やはり先に述べた構造的な問題だと思います。出版を例に挙げれば、本を出すには出版社と(中間業者の)取次が必要です。そこがある程度の利益を持っていくから、本を書いた人の印税は定価の1割程度に抑えられている。
印税1割が具体的にどれくらいの金額になるかというと、定価1000円の本が大ヒットして5万部売れたとしても、著者の懐には500万円しか入らないということです。5万部といえばいまの出版界では快挙なのに、中堅サラリーマンの年収程度にしかならない。本を書くのは想像するほど割のいい商売ではないということです。
BIJ編集部・常盤
翻訳出版の翻訳家さんたちがおっしゃるのは、それでも以前は重版がかかる機会が今より多かったので、1冊訳せば2度、3度、4度と定期的に重版印税が振り込まれていた。でも今はなかなか重版がかからない、と。結局、本を1冊翻訳するための労働量は変わらないので、重版がかからないと自転車操業になってしまってつらいという声を聞きます。
そうですね。それでもビジネス書の世界では、まだ出版社が著者に本を書かせる言い訳を立てられるんですよ。つまり本を出版することでその人の知名度が上がる。
例えばNewsPicksの初代編集長で、経済コンテンツプラットフォーム「PIVOT」を立ち上げた佐々木紀彦さんは、これから自分を売り出したい人がまずは著書を出すことを重視していて、「本でデビューするのが大事だ」という意見の持ち主です。佐々木さんも東洋経済新報社の社員時代に本を書いて世に出ています。
かくいう僕も1冊目の本にすごく大きな反響があってベストセラーになったからいろいろな方が注目してくださったという側面は間違いなくあります。
しかし世の中にあるのはそういう本だけではないし、そういう意味ではメディア側のほうがこの構造要因を背景にクリエイターに甘えている……と言うと怒られるかもしれませんが、それを言い訳に、対価を安く抑えているところがあるのではないでしょうか。
出演料を抑えるロジックとは
僕は、同じことが他のメディアにも言えると思っています。例えばテレビ。テレビは制作会社も大変で、はっきり言って出口側のテレビ局のほうが儲けてきた。放送は許認可ビジネスであり、テレビ局は電波法で既得権益を守られているからです。だから制作会社は安く買いたたかれやすいし、出演するタレントや演者も一部のスターを除けば多くは同様です。
例えば僕はたまにテレビ番組に出演します。出演料は10万円くらい出してくれるところもあるけれど、だいたい3~4万円くらいのことが多い。仮に1時間番組でもその前の打ち合わせがあるので、拘束時間は1時間では済みません。
僕は出演するのが楽しいし、やりがいもすごく感じているのでそれでもいいのですが、そうでないとちょっと金銭的に見合わない、という人もいるかもしれません。でも、これは彼らが直接そういうわけではないですが、放送局にも出演料を抑えるための言い分があるはずです。それは、
「テレビに出れば顔と名前が売れますから、講演の依頼がたくさん来ますよ。講演で稼いでくださいね」
というもの。「本を出せば顔と名前が売れますから、本業にもプラスになりますし、他から仕事の声もかかりますよ」という出版社の言い分と似ていますね。
誰でもメディアを持てる時代
しかし、今やこういう感覚が崩れ始めている、というのが僕の実感です。理由は簡単で、みんながインターネット上でメディアを持てるようになったから。今までは下流にある顧客接点を出版社やテレビ局などのマスコミが独占していました。しかし今やみんなが勝手にメディアをつくって発信できるようになったので、「出口」部分の既得権益が弱くなってきているのです。
BIJ編集部・小倉
確かに今はクリエイターが「note」などで読者に直接文章を売ることもできます。先日、一つの記事が1億円になったというツイートがバズっていました。Kindleで本を出すなら定価の6~7割を自分の取り分にできます。
そうなるとこのあたりの感覚や慣習も変わってくるのでしょうか。
これからはクリエイターが自分で発信して、自分で料金を設定する方向に向かうと思います。すでに芸能人もどんどん自分のYouTubeチャンネルを持つようになっていますよね。本もそうなるのではないでしょうか。
BIJ編集部・常盤
かつて出版社が持っていた強みは、他にメディアがなかったこと、編集者がついて本づくりのディレクションをすること、あとは作った本を売る機能があったことでしょうね。それに代わる他の手段がなかったから、印税10%だとしても出版社から本を出すメリットのほうが上回っていたのかもしれません。
今は先生のおっしゃるように他にいろいろな代替手段がありますし、必ずしも編集者が編集を加えなくても、もともと文章が上手なら「noteでいいじゃん」となってきます。他の選択肢が増えたというのが、いま出版社が抱えている課題かもしれません。
クリエイターの時代、学ぶべきは韓国エンタメ
これからはおそらく上流のクリエイターと編集者が強い時代です。日本より先にこの状態になったのが韓国で、BTSや映画のプロデューサーが起業して上場するまでになった。
先ほどのPIVOTの佐々木さんは、韓国のエンタメをものすごく研究していますよ。日本にもこの動きがやってくると思っているからです。
つまり、これからはただ作品を配信・配給するだけの土管のような会社は消えていき、クリエイターとプロダクションの時代がやってくる。今すでに大ヒットコンテンツを持つクリエイターは、自分で起業すればいいし、上場を目指せばさらにお金を集めることができるでしょう。
僕が京都市のアドバイザーになったという話を以前この連載でしましたが、実は今、BIOTOPEの創業者である佐宗邦武くんが提唱した「カルチャープレナー」という概念で京都を盛り上げようと考えています。「アントレプレナー」ならぬ「カルチャープレナー」、つまりカルチャーで起業するという造語です。
才能あるクリエイターはみんな起業したほうがいい時代ですから、印税1割でぼやいている必要はない。自分たちで人々に届けていけばいい。
大事なのはプロデュース能力と、コンテンツをつくるクリエイティブ能力。それを持つ個人や個人の集まりが企業をつくって起業して、作品をガンガン広めていくことです。配信する場はいくらでもあります。それで日本でも、億万長者になるクリエイターが、これからはどんどん増えるのではないでしょうか。
BIJ編集部・小倉
お話を聞いて、近い将来のコンテンツビジネスのイメージが浮かんできました。クリエイターの未来は明るそうですね。ありがとうございました。
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(構成:長山清子、撮影:今村拓馬、連載ロゴデザイン:星野美緒、音声編集:小林優多郎、編集:小倉宏弥、常盤亜由子)
入山章栄:早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所に勤務した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』『世界標準の経営理論』など。