Twitter買収計画を撤回し、同社に訴えられているイーロン・マスク。判決次第ではマスクの莫大な財産が差し押さえられる可能性も。
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イーロン・マスクはしばしばルールに従うことを拒否する。もし彼がTwitterの訴訟を担当する裁判所の命令にも従わなければ、厳しい罰を受けることになり、懲役刑の可能性もありうる。
ただし懲役刑は「最後の手段」だ、と話すのはロバート・ミラー(Robert Miller)法学教授だ。ミラー教授は、Twitterが440億ドル(約6兆円、1ドル=136円換算)規模の買収の完了を求めてマスクを提訴しているデラウェア州衡平法裁判所で、M&A関連の法律に豊富な知識と経験を持つ。
ミラーは、ウェルズ・ファーゴ(Wells Fargo)のアナリストが主催する電話会議の席で、裁判所には命令を強制執行するための「非常に強力な権限がある」と述べた。これは、マスクが裁判所の命令に従わずに済むのではないか、という一部弁護士の憶測に反論するものだ。
マスクにこれから何が起こるのか、それとも何も起こらないかは、Twitterが2022年7月19日に起こした訴訟の結果にすべてがかかっている。Twitter側に契約違反があったという理由で2022年4月の買収合意の撤回が認められ、マスクが勝訴する可能性もある。Twitterは7月15日、規制当局への提出書類で、「マスクと合意した価格と条件で合併を完了することに全力を尽くす」と記しており、株主に買収への賛同を再度呼びかけた。
しかしミラーは、Twitterが要求されたすべての情報開示を拒否し、契約に違反したとするマスクの主張が通って彼に有利な判決が下されることは「あり得ない」と言う。
「私が弁護士として確信を持って言えることは、仮にマスク側が買収合意に違反したということであれば、彼は特定履行を命じられることになります」とミラーは言う。特定履行とは、裁判所がごく稀に金銭賠償では不十分だと判断した場合に、契約上の義務を履行するよう命じることである。マスクの場合、合意した買収額440億ドル(約6兆円)でTwitterを買収するよう裁判所から強制的に命じられる可能性がある。
訴訟は2022年10月末前に迅速に解決される可能性が高いとミラーは言う。10月末は、当初買収が完了する予定だった時期であり、一部の融資契約の期限でもある。
裁判所がマスクに何らかの形で「特定履行」を命じた場合、マスクを従わせる手段は複数ある。ミラーによると、マスクを正式に「法廷侮辱罪」に問うことから、同氏の莫大な財産の大半を成すテスラ(Tesla)の株式を取り上げることまで、多岐にわたるという。Insiderは7月15日、マスクに対しコメントを求めるEメールを送ったが、回答は得られていない。
ミラーは、裁判所が持つ権限を行使して命令を遵守させる強制措置として、以下を挙げる。
「スペシャル・マスター」の任命
アメリカ法曹協会は2020年に、複雑な訴訟で「収拾がつかないものを収拾させる」ための任に当たる「スペシャル・マスター(special master)」を、訴訟の迅速化・効率化のために「より一般化する」ことを提案した。ミラーによると、裁判所にはスペシャル・マスターを任命する権限があり、裁判所の命令(文書への署名や財産の引き渡しなど)に従わない個人または法人の代理として行動させることが可能とのことだ。
「もしマスクが命令の履行を拒否するのなら、裁判所はスペシャル・マスターをマスクの代理として任命することができます。その場合、スペシャル・マスターが行うことは、事実上イーロン・マスクの行為となります」とミラーは言う。
マスクのテスラ株を取り上げ、支払い命令を強制
裁判所がマスクに、Twitterの買収を440億ドルか別途承認された金額で行わせるか、数十億ドルに上るであろう損害賠償金の支払いを同社に命じるという結末もあり得る。マスクがこれを履行せず、かつスペシャル・マスターが命令を代行できなかった場合、裁判所は、マスクが保有するテスラの株式を事実上「差し押さえ」し、支払い額を確保することが可能だ。
テスラが登記されているのは、Twitterはじめ何千もの法人登記があるデラウェア州だ。ミラーによれば、このことからテスラの株式は「デラウェア州に存在するとみなされ」、裁判所はその株式を資産として扱うことができるという。また、その資産を差し押さえ、支払いを命じた金額をTwitterに引き渡すこともできる。
青天井の罰金額
裁判所は、命令に従わない者に対する罰金を決定する際の広範な権限を持っている。ミラーによると、裁判所に課せられた唯一の制限は、「正当かつ合理的」な罰金を科すことだという。2021年、買収をめぐって提訴された翻訳会社トランス・パーフェクト(TransPerfect)は、裁判所の命令に従うまで1日3万ドル(約324万円、裁判所の命令当時の1ドル=108円で換算)の罰金を科された。マスクの場合、1日あたり最大数千万ドルの罰金が科される可能性があるとミラーは見ている。
「マスクが命令に従うまで、1日1億ドルの罰金を科すことは可能なのか。そう、裁判所なら可能です」とミラーは言う。「世界一の富豪の目を向けさせるためなら、そういうこともできるのです」
法廷侮辱罪で懲役刑に
デラウェア州衡平法裁判所は、命令に従わない者を法廷侮辱罪に問うだけでなく、懲役刑を科す権限も「明示的に」持つと、ミラーは話す。
裁判所は「懲役刑を最初から視野に入れるわけではない」というが、マスクが命令の履行を繰り返し拒否する場合は、その可能性があるという。
しかし、裁判所はマスクに対し他の権限をもって命令に従わせることができるほか、マスク自身の弁護団からも命令に従うよう圧力がかかるため、裁判所がその手段に訴える「必要はない」と考えられると、ミラーは言う。
(編集・大門小百合)