テスラの普及車「Model 3」。補助金の効果などもあり、日本の都市圏でも見かける頻度が増えてきた(写真は日本で撮影した車両)。
撮影:伊藤有
こんにちは。パロアルトインサイトCEO・AIビジネスデザイナーの石角友愛です。
アメリカ、とりわけ私の住むカリフォルニアでは、テスラをはじめとしたEV車(電気自動車)の普及が進んでいます。
最近、日本でもトヨタのbZ4X(※)や日産のアリアといった新型EV車の発表が続いています。(注:bZ4Xは脱輪の可能性があるとして現在リコール・生産停止中)
その一方で、高額な車両価格に加え、エネルギー価格の高騰や充電ステーションの不足の懸念など、まだまだ日本での普及には壁があるようにも感じています。
そこで、アメリカでテスラに4年ほど乗っているユーザーの目線で、自動車大国のアメリカでなぜEVが「あり」なのか、またEVの普及で消費者のマインドセットがどのように変化したのかなどを解説したいと思います。
日本とアメリカのEV普及率の違い
日本でも受注が始まったSUV型最新車両「Model Y」。写真はドイツに2022年3月に開設されたテスラ車工場ギガファクトリーのオープニングセレモニーの模様。
Patrick Pleul/Pool via REUTERS
実際に、日本とアメリカのEV普及率にはどのくらいの差があるのでしょうか。
一般社団法人日本自動車販売協会連合会が発表している「燃料別販売台数(乗用車)」のデータによると、2021年の日本の普通車の新車販売台数の合算は約240万台で、そのうちEVの販売台数は2万1139台。割合にすると約0.9%です。
なお、同一のソースから算出した2020年の新車販売台数におけるEVの割合は約0.7%(1万7103台)であったことから、前年と比較すると「普及」は徐々に進んでいると言えます。
実際、経産省が2021年に発表した、2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略のなかでも「2030年までに新車販売で電動車20~30%、2040年までには、新車の販売で電動車と合成燃料等の脱炭素燃料の利用に適した車種で、合計100%を目指す」などの枠組みを定めており、日本でも少しずつEV普及に向けての取り組みが始まっていることがわかります。
販売が始まっている日産の軽EV「サクラ」。こうした比較的低価格なEVの登場は、新車販売に占める割合へのインパクトが大きいと想像できる。
撮影:伊藤有
これに対し、アメリカの全米自動車ディーラー協会(NADA)が発表している「NADA DATA 2021」によると、アメリカにおける2021年の新車販売台数(乗用車等)は約1493万台で、そのうちEVが占める割合は約2.9%と、現時点で日本よりもかなり普及が進んでいることがわかります。
なお、米国内での2020年の新車販売台数に占めるEV比率は1.6%だったことから、前年との比較においても1.3ポイント伸びており、アメリカ国内でのEV普及のスピードは日本とは比べ物になりません。
(もっとも、EV普及が進んでいるヨーロッパ諸国、とりわけスウェーデンなどの北欧ではプラグイン式のEVが全体の56%を占めているというデータもあり、国によってEV普及率は大きく異なることが分かります。)
アメリカ市場で特徴的なのは、新たに販売されたEVのうち8割弱を電気自動車専門メーカーのテスラが占める一強状態が続いており、現状ではテスラの販売台数次第でEVの普及率も大きく左右される状況にあるとも言えます。
私自身アメリカに住んでいて、ここ数年テスラの数、とりわけ一番安価な「Model 3」が爆発的に増えているように感じます。
アメリカではEVの新車販売のうち約8割をテスラ社の車種が占めていることがわかる。
アメリカの2020年車種別EV販売台数Top10 by CNET
充電ステーション拡充に力を入れるアメリカ
ロサンゼルスとラスベガスの間にある、郊外のテスラのスーパーチャージャーステーション(2021年撮影)。
REUTERS/Mike Blake
このように、アメリカでEVの普及が加速度的に進んでいる背景には、国家レベルでEVの普及や充電ステーションの拡充に取り組んでいることも影響しています。
現在、アメリカの充電ステーションの総数は約4万8000カ所で、そのうち急速充電ができる施設は約6000カ所だと言われています。(注:施設数であり、充電器の総数ではない)
これに対し、ガソリン車の給油スタンドは全米で15万カ所と、まだまだ数の面ではガソリンスタンドが圧倒的に多いのが現状です。が、バイデン政権は、2030年までにアメリカ国内での電気自動車の販売台数比率を50%にするほか、全米に50万台の充電器(ステーションの数ではなく、充電器の数)を設置するという目標を掲げています。
実際に、2021年11月に成立した「インフラ法案」において目標達成のために75億ドル(約1兆円)の予算が割かれるなど、EVの普及に本腰を入れて取り組んでいることがわかります。
テスラの「スーパーチャージャー」とは何か?
国内のスーパーチャージャーも少しずつ増えている。写真は御殿場にあるスーパーチャージャー。コメダ珈琲の駐車場に併設されている。
撮影:伊藤有
前述の通り、アメリカで圧倒的シェアを誇るテスラ社は、全世界においても最大級の急速充電ネットワークを保有し運営しています。例えば、15分間で最大275km相当分という最速レベルの充電速度を誇るスーパーチャージャーの数は、全世界で3万5000台を超え、日本国内でも49カ所のスーパーチャージャー(2022年7月20日時点)が設置されています。
スーパーチャージャーは、テスラの専用アプリと連動しており、例えば長距離旅行に行く時も、テスラに内蔵されている巨大スクリーン上のナビに行き先を入れると、残りの電池量を計算して移動距離が最小になるスーパーチャージャーでの充電時間を含めたナビゲーションを一瞬で見せてくれます。
走行中に突然電池がなくなって焦って最寄りのスーパーチャージャーを探す、ということがないように、事前に計画ができるので大変助かります(とはいえ、日本国内ではまだ十分に多いとは言えません)。
また、リアルタイムで各スーパーチャージャーの混み具合も確認できるため、混んでいるスーパーチャージャーは避けるということも事前に可能です。スーパーチャージャーは基本的にはテスラ車のみが充電できる作りなのですが、最近の報道によると米国内のスーパーチャージャーを他のEV車にも使用可能にすると報じられています。
テスラは北米で独自のコネクターを使用しているため、テスラ以外の車両が同社のスーパーチャージャーを利用するためにはアダプターが必要です。今後テスラにとって新しいビジネスモデルが生まれるかもしれません。
赤がsupercharger、黒が通常充電器。
出典:テスラ
充電ステーションの新しい「小売りビジネス」
EVメディア米Electrekの記事「テスラファイルでは、サンタモニカでダイナー/ドライブインシアターのあるスーパーチャージャーを計画している」より。
撮影:伊藤有
そんなテスラが、現在ハリウッドでで新しいEV充電ステーションの設立を計画していることをご存知でしょうか。
記事によると、新設される充電ステーションにはスーパーチャージャーのほかに映画館、レストランなどが併設され、これまでにないリテールビジネスの側面も兼ね備えたステーションになることがわかっています。
併設される予定のレストランは2階建てで、1階はキッチンやスツール席のある室内バー、そして屋外バーで構成され、2階の屋上には、バーやテーブル席、2列からなる劇場型の客席も設置されます。さらに、劇場型客席の後ろにはスタンディングバーも併設される予定です。また、1階には注文した料理を駐車場の車へと運ぶための「カーホップエリア」なども設置するとも。
充電に来た人々が思い思いに楽しめる場所となることが予想されます。
EVに載るとマインドセットが変わった
テスラ「Model 3」の室内。
撮影:伊藤有
こうしたEVの普及や関連施設の進歩は、環境面はもちろんのこと、消費者のマインドセットにも影響を与えると考えられます。
よく、電池がなくならないか不安にならない?と聞かれます。
前述の通りナビやアプリで電池容量が常に可視化されており、また、日常生活で運転する上では1日1回のフル充電で十分に事足ります。ですから、電池切れの不安は払拭されている消費者が圧倒的に多いのではないかと考えます。
特に、変化したマインドセットとしては、「ガソリンスタンドに行かないことによる開放感」があります。
アメリカ特有の事情でもあるのですが、ガソリンスタンドは治安が悪いところもあるため、充電プラグを自宅に設置すれば自宅で充電が完了するEVは、「危険な場所に近づかない」という意味でも、非常に魅力的な選択肢なのです。
また、日々の通勤や通学、送り迎えで車を運転をする人にとっては、時間に追われている中でガソリンスタンドに行くなどの工程が自分の生活から一切なくなる開放感は実は大きなものです。
また、オイル交換やブレーキパッド交換などのメンテナンスも、ガソリン車に比べてかなり少なく済むというのは、よく言われていることです。
今後、前述したリテール型のEV充電ステーションがもし増えれば、映画を見に行くついでに充電する、レストランに行くついでに充電する、という行動も増えるかもしれません。また、ハリウッドの中心地に設置されるということから、観光名所になる可能性もあり、同じような観光名所的充電ステーションが作られるようになるかもしれません。
テスラに限らず、EV車における消費者のマインドセットがより多様化することになると考えられます。
(文・石角友愛)