難民申請者が日本企業で働くためのプログラムを提供するWELgee。その根底にあるのは「難民は社会課題ではなく、社会課題を一緒に解決する仲間」という確信だ。
提供:WELgee
1万375人。これは、2019年に世界の紛争地などから日本に逃れ、難民申請をした人の数だ。
一方、同じ年に難民の認定を受けることができたのはたったの44人。わずか0.3%という、限りなくゼロに近い狭き門となっている。
希望を失い身も心もボロボロになる若者たち
紛争や迫害から逃れた難民の人生・キャリアに伴走するNPO法人WELgee(ウェルジー)の代表理事、渡部カンコロンゴ清花さんは、それを“針の穴”に例える。
「問題は、1%にも満たない “針の穴”のような認定率の低さだけではありません。運良く認定される人も、申請から認定まで平均4年4カ月もかかっているんです」(渡部さん)
難民認定を受けると、就労許可はもちろん、国民健康保険の加入や国民年金、扶養手当の受給など日本国民と同程度の待遇が受けられる。
しかし、審査の結果が出るまでは6カ月ごとに「特別活動」という在留資格(ビザ)を更新し続けなければならない。難民申請から8カ月が経てば、難民認定されていなくても就労許可を得ることはできるが、それまでは働けないため、ホームレス状態に陥る人も少なくないという。
「難民の中には20〜30代の若者もたくさんいるんですが、何年もひたすら待ち続け、希望を失って身も心もボロボロになっていく人も多い。難民認定を受けられる可能性がある程度あればまだ気力を保てます。でも、可能性はほぼゼロに近いわけです」(渡部さん)
ウェルジー代表の渡部さん。才能にあふれた多くの若者たちと出会い「難民という枠でくくっておくのはもったいない」と思うようになったという。
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難民認定以外の「生きる道」を模索
ボランティアベースの活動として学生の仲間とウェルジーを立ち上げ、日本で暮らす難民と関わり始めた渡部さんは、ある難民の言葉にハッとさせられた。
「『これほど難民が認められない国で、僕は本当に1%(という針の穴)を目指すことしか生きる道はないのか。』そう言われたんです」(渡部さん)
日本でも、民間の難民支援団体や弁護士が認定率の向上を訴えてきた歴史がある。そうしたアドボカシー(権利擁護)は、命が危険にさらされ、国を逃れてきた人々を支援する重要な活動だ。
それにもかかわらず、「20年経っても認定率が1%を上回らない現実」(渡部さん)を考えると、ほかの方法を探すことも重要だ。そう思った渡部さんは早速動き始めた。
「発想を転換して、難民認定以外で自活する方法はないか?という目標を置いてみたんです。
その観点で調べてみると、安定した法的地位を獲得する手段や経験を生かした職に就くために必要なことなど、いろいろなことが分かってきました。そして、そのために巻き込むべき人は誰かといったように、新しい道筋が見えてきたんです」(渡部さん)
新たな目標に向かって走り始めた渡部さんたちは2018年2月、それまで手弁当で行ってきた活動を本格化させるため、ウェルジーをNPO法人として登記した。
就活をバックアップし在留資格変更につなげる
観光立国を標榜していることもあり、短期滞在のビザであれば取りやすいと言われる日本。行き先を選ぶ余裕はなく「短期滞在ビザが最も早く降りたから」という理由で、縁もゆかりもなければ言葉も通じない日本に逃れてきた難民も多いという。
そんな日本で難民が就職するのは容易ではない。
そのため、ウェルジーではまず、就活のスタートラインに立つためのいわば“助走”段階の支援プログラムに力を入れている。
【図1】ウェルジーが提供しているプログラムの流れ。
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日本の企業文化や採用文化を学ぶ「キャリア教育」、社会人メンターと一緒に自身の強みや適正を探る「メンターシップ」、日本語教育や異文化コミュニケーション、IT技術といった「スキル開発」などを、一人ひとりのニーズや進度に合わせて提供する。
そうして就活に挑戦できる状態になった難民は、就労伴走事業と呼ばれる「Job Copass(ジョブコーパス)」というプログラムを受け、キャリアコーディネーターとともに実際の就活を行っていく——というのが一連の流れだ。
ウェルジーに登録した約300人のうち、プログラムに参加したのは100人、社会保険付きで企業と直接雇用契約を結んだのが19人。
雇用された難民の中には、難民申請中の「特定活動」というビザから、専門的な職種として企業で働く「技術・人文知識・国際業務」というビザに変更できた人が5人に上る。
【図2】ウェルジーの実績。ヤマハ発動機やオカムラといった上場企業からベンチャーまで、さまざまな業界・業種で難民人材が活躍している。
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「技術・人文知識・国際業務」のビザが取れると、日本で働く通常の外国人社員と同じく、海外出張も家族の呼び寄せもできる。さらに、10年間更新できれば、永住権の申請も可能になる。
「『技術・人文知識・国際業務』のビザは、例えば日本で学ぶ留学生が卒業後に日本で就職する場合に得られるビザと同じ扱いになる。いわゆる“外国人人材”として、もうひたすら難民申請の更新をし続けなくても安心して日本で働けるようになるんです」(渡部さん)
【図3】ビザが「特定活動」から「技術・人文知識・国際業務」に変わると、できることが大幅に増える。安心して働けることはもちろんだが、「孤独に陥りやすい難民にとって、家族の呼び寄せができるようになるのも大きい」(渡部さん)
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実は大卒・大学院卒も少なくない難民の実態
活動当初は門前払いばかりだったが、SDGsの認知度が上がってきたせいか、企業側の意識も大きく変わってきたという。
「『この人が入ったおかげでアフリカの新規事業に挑戦できている』といった反響をいただくこともあります。そんなふうに、実体験を通して難民に対する固定観念を変えていくことは本当に大事なことだと思うんです」(渡部さん)
大学時代に2年間、バングラデシュのNPOや国連開発計画(UNDP)に所属し、国内避難民コミュニティの中で生活した経験を持つ渡部さん。
「難民というと、大変そうとか、よく分からない社会課題的な存在だと思われがちなんですが、決してそれだけじゃないんです」(渡部さん)
帰国後の日本では、才能や個性にあふれた多くの難民と出会った。大学生や起業家はもちろん、独裁政権に抵抗して社会を変えようと野党の青年グループを率いていた医師もいれば、アフリカの空手チャンピオンだった若者もいた。
ウェルジーのプログラムを受けている難民も、半数以上が大卒・大学院卒だという。
【図4】ウェルジーのプログラムに参加した難民170人のデータ。8割がアフリカ出身、半数以上が大学・大学院卒という高学歴を保有している。
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「こんなに才能にあふれた人たちを『難民』という枠にくくっておくのはもったいないんですよね。
だから、一方的に難民を支援するだけではなく、彼らの中にある可能性やパッション、積み上げてきたもの、それを日本の社会側が発掘し、より良く伸ばしてベストマッチさせる仕組みをつくりたい。難民の若者たちは、社会と世界の未来を担うチェンジメーカーになっていくと思っています」(渡部さん)
目標は、2025年までに難民人材を雇用する企業が100社になること。少しでも事例を増やし、難民人材雇用が一般的な世の中にしていくために力を注ぐ。
将来的には、現在の就労プログラムだけでなく、新たなプログラムの開発も視野に入れているという。
「生きていく道の見出し方は人それぞれ。1つのプログラムに全員が乗れるわけではありません。例えば、ビザのない子どもたちや特別なスキルを持たない人たちが日本で生きていくためには、どんな解決策が考えられるのか。
そのためにも常にイノベーションを起こし続ける必要があります。企業やサポーター、いろいろな人たちと一緒に“耕して”いきたいと思っています」(渡部さん)
(文・湯田陽子)
※WELgee は、サステナビリティ経営に取り組む企業を表彰するBusiness Insider Japanのアワード「Beyond Sustainability2022」のヒューマニズム部門にノミネートされています。ノミネート企業13社の中から受賞した4社が登壇するオンラインイベントが、2022年7月25日(月)~29日(金)に開催されます。詳しくはこちらから。