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過去60年間でアメリカ人の労働環境は劇的な変化を遂げた。
1950~60年代にかけては労働者の3分の1近くが製造業に従事していた。アメリカ産の自動車、飛行機、洗濯機、テレビなどは近隣諸国へも輸出され、アメリカの象徴でもあった。
しかし現在では、労働者の80%以上が金融や介護、飲食、手荷物搬送などサービス業に従事しており、製造業は10%未満である。
この変化は必然的なものだと考える経済学者や政治家もいる。技術の向上で生産効率が上がれば、企業は人件費の安い海外に生産拠点を移すからだ。彼らは、このシフトは100年以上前にアメリカが農業から製造業に移行したのと同様にごく自然な流れであり、アメリカで製造業を復活させる取り組みはナンセンスだと主張する。
しかし、バランスのとれた経済構造から富裕エリート層向けサービスに過度に依存する経済へのシフトは、中産階級の縮小と所得格差の拡大という弊害をもたらした。
都市部から工場の仕事が失われたことが、黒人世帯の慢性的な貧困の原因になっているという調査結果もある。また、マサチューセッツ工科大学のデビッド・オーター(David Autor)経済学教授は、中国との貿易拡大に伴う雇用損失は、製造業を直撃しただけでなく、工場周辺の地域全体の所得低下や福祉依存度の上昇にもつながり、その傾向は特に中西部の小都市で顕著だと指摘している。
こうした格差を是正するための取り組みとして、女性や有色人種が多く働く介護や小売など、サービス産業の仕事の労働環境改善の必要性が叫ばれてきた。
しかし、アメリカはサービス産業に特化した経済に早まって移行してはいないだろうか? 必要なモノを自国で製造しつつ、高賃金の仕事を創出することはできないのか?
製造業が歴史的な復活を遂げられる兆候は確かにある。アメリカが経済構造のバランスを取り戻し、工場の衰退によって深刻な打撃を受けた人々や地域に新たなチャンスを与えることができるかもしれない。
製造業の国内回帰が重要な理由
より豊かな経済を目指すのであれば、製造業を立て直すことには意義がある。
2020年の製造業の平均年収は7万3000ドル(約970万円、1ドル=134円換算)で、小売業(3万6759ドル、約490万円)、レジャー・サービス業(2万5874ドル、約340万円)、教育・医療サービス業(5万5355ドル、約740万円)など主要なサービス産業の賃金よりもはるかに高い。同程度の学歴と経験を持つ労働者を比較すると、2010年代の製造業の報酬は他の業種より10%ほど高かった。
それでも、製造業全体の報酬(手当を含む)は1980年代、他の業種と比べ約17%高かったものの、ここ10年ほどで13%まで低下している。これは、製造業の雇用者に占める労働協約の適用率が2001年の15.5%から2021年には8.5%とほぼ半減したためだ。
企業側は社員の賃金を引き上げるどころか、アウトソーシングに切り替えて派遣会社から現場の労働者を確保するようになった。その結果、製造業の最下層では賃金が低下している。
製造業の雇用は地方にとって特に重要だ。オハイオ、ペンシルベニア、インディアナ、ミシガン、イリノイ、ウィスコンシン、ミネソタの小都市では、民間企業で働く労働者の4人に1人は製造業に従事し(2017年時点)、この割合はこれらの州の大都市よりもはるかに高い。
強い製造業が復活すれば、雇用が海外に流出し工場が衰退してしまった地方都市を活性化できる。全米を通して郊外や地方で仕事が生まれれば、都市部への移住ラッシュも緩和され、大都市での深刻な物価高も軽減できるだろう。
強い製造業はすべての人に恩恵をもたらす。工場が多くある製造業中心の町では、工場労働者とその家族が地域の学校や病院を利用するため、サービス業の雇用が増える傾向がある。また、強い製造業はアメリカの技術優位性を高め、高収入の仕事も創出する。
アメリカの製造業を強化することは、中国などの国々との貿易赤字を減らすほか、国民所得を増やし、アメリカ人の生活水準を上げることにもなる。
今こそモノづくり大国を復活させる時
製造業の雇用が増えるのはいいことだが、何十年も低迷してきた産業を今になってなぜ復活させるべきなのか、と問う人もいるだろう。
ひとつには、アメリカ国民がそれを強く望んでいるということがある。新型コロナウイルスの感染拡大やサプライチェーンの混乱に起因するインフレを抑えるための苦難は、経済における製造業の重要性をアメリカ国民に認識させ、海外生産に過度に依存するとどうなるかを知らしめた。
国内では、個人用保護具を迅速に製造する設備が不十分なため海外から調達する必要があったが、輸入マスクの6割がアメリカの性能基準を満たしていないことが明らかになった。
また、世界的な半導体不足により自動車生産が数カ月にわたって停滞し、特に中古車価格の大幅な上昇を招いた。半導体市場の37%がアメリカで製造されていた20年前なら大きな問題にはならなかったかもしれないが、現在ではわずか12%のシェアしかない。
デロイト(Deloitte)の最近の調査によると、アメリカ人は製造業をより好意的に捉えており、調査対象者のおよそ4人に3人が、パンデミック時に製造業の重要性が高まったと答えた。そのため、半導体の国内生産への投資といった構想に超党派の支持が高まり、優秀な若者が製造業への就職を強く希望するようにもなった。
製造業はわずかな支援で再起できる可能性を秘めている。パンデミック中に需要が高まったことで、製造業は経済全体よりも早く回復し、パンデミック初期に失われた雇用の96%を回復した。
米NPO団体リショアリング・イニシアティブ(Reshoring Initiative)は2021年、製造業の国内回帰により約22万人の雇用がアメリカに戻ると推定し、これまでにない最大の増加幅だと述べた。
実際、製造業の雇用は過去120カ月のうち92カ月で増加しており、それ以前の10年間では120カ月のうち85カ月で減少していた。2020年に激減したアメリカの製造業の実質生産額は、2022年第1四半期には経済の回復に伴い2.8兆ドル(約375兆円)にまで急増している。
製造業の課題とその解決策
製造業の復興を阻んでいる要因は、主に「人手不足」と「投資不足」の2つだ。しかし、業界と政治家がかつてアメリカの工場を崩壊させた環境を改善できるのであれば、これらの課題は解決できる。
問題のひとつに、製造業の均質な労働力が失われつつあることがある(定年退職者も少なからずいる)。
コロナ前と比べ、経済全体の求人数は約1.6倍増なのに対し、製造業では2倍強以上となっている。コロナ以降も、製造業の求人は2021年7月の時点で94万3000件、2022年5月時点でもいまだに80万9000件ほどある。
しかも、この危機的な人手不足はさらに悪化すると予想されている。
2015年の調査では、2015年から2025年にわたり製造業で必要とされる人材が200万近く不足すると予測された。米シンクタンクのセンチュリー財団(The Century Foundation)の現地調査で筆者が訪れた工場では、製造・技能職の従業員全員が60歳以上だった。人手不足がかなり深刻なため、通常のようなさながらFBIばりの入念な採用プロセスを踏むのは難しく、既存の従業員の友人やきょうだい、義理の家族から新たな働き手を調達している。
製造業はもともと圧倒的に白人男性の多い職場だが、ここ数十年で多様性の欠如が悪化している。1998年から2020年にかけて、製造業の黒人労働者の数は30%減少し、60万4500人の雇用が失われた。
また、女性のリプレゼンテーション(多様性を反映した参加)も常に立ち遅れている。女性政策研究所(Institute for Women’s Policy Research)が2016年に発表した報告書では、高卒で大卒でなくてもできる高収入の製造業の仕事のうち、女性の占める比率はわずか7%だった。
このようないわゆるミドルスキルの仕事の中で、女性労働者の比率が低いのは建設業だけだ。製造業で働く女性へのセクハラの横行はもとより、女性用トイレさえない工場も珍しくない。
仮に、女性や黒人、ヒスパニック系の労働者が多く就労したとしても、その昇進は限られることだろう。製造業では、白人が管理職に就く確率が有色人種に比べて3倍も高いからだ。労働力の多様化は、製造業における成功の鍵だ。
1世代前、製造業の労働者の8割は高卒以下の学歴しか持っていなかったが、2016年には、2年制大学卒、業界認定資格、職場実習など高等教育を受けた労働者の割合が増えた。
多くの企業がこのことに着目し、労働組合や教育機関(特に2年制のコミュニティカレッジや高校)と連携し、製造業で活躍するために必要なスキルを磨ける職場実習や短期プログラムを設立している。このようなプログラムを効果的に行うには、まずは実習生と彼らをサポートできる業界の女性や有色人種のメンターとを結びつけることが重要だ。
製造業は中産階級を再建できる
製造業が直面するもうひとつの大きな課題は、アメリカ発のイノベーションを自国で製品化できていないことだ。
オートメーションにせよバイオテクノロジーにせよ、製造業の未来はハイテク技術で切り開かれる。しかし、シリコンバレーやアメリカの大学が技術研究の世界的リーダーでいる一方で、その成果物は大半が海外で製造されている。加えて、アメリカではベンチャーキャピタルによる製造業のハードウェア技術への投資額は微々たるものにすぎない。
ミズーリ、インディアナ、オハイオなどの州は、州政府支援によるベンチャーキャピタル開発ファンドを設立し、地元の製造業スタートアップへの投資を増やしている。連邦政府もこうした取り組みに呼応し、リチウム電池からバイオ医薬品に至るまで、さまざまな製品が国内で製造されるよう後押ししなくてはならない。
また、現在の技術投資は、アメリカの隅々まで均等に行きわたってはいない。この問題に対処するため、議会は「地域テクノロジーハブ」という拠点を設立し、これまで投資が見過ごされてきた地域社会に対し、連邦政府が高度な製造技術に投資を行うプログラムを提案(制定すべきである)している。
製造業はかつてアメリカの経済成長を支える原動力だった。製造業が国民の健康や暮らしにとっていかに重要であるかを知らしめたパンデミックから経済が回復するにつれ、製造業は切望されていた質の高い高収入の仕事をしかるべき人々に再び提供することができるようになった。
製造業復活の兆しはすでに現れている。
アンドリュー・ステットナー(Andrew Stettner):プログレッシブ系シンクタンク、センチュリー財団の労働政策ディレクター兼シニアフェローで、アメリカの製造業に関する第一人者である。
(翻訳・西村敦子、編集・常盤亜由子)