スノーピークで製品開発の責任者を務める吉野真紀夫氏。
撮影:横山耕太郎
ハイスペックなキャンプギア(用品)メーカーとして知られるスノーピーク。
作業服大手のワークマンが1人用のテントを、超低価格の4900円で発売したことが話題になったが、スノーピークのエントリーモデルの用テントは3万円という価格設定だ。
また2022年に発売した最新作の大型2ルームシェルター「ゼッカ」は、28万8000円(税込)という驚きの高価格だった。
この強気な値段設定を支えるのは、 大規模モニター調査や競合他社の研究をするといったマーケティング調査はせず「自分たちが必要だと思う商品をつくり、新たな市場を開拓する」という製品開発にある。
スノーピーク「ゼッカ」の特徴を解説。
撮影:山﨑拓実
スノーピークの商品はどのように生み出されるのか?
元ユニクロのデザイナーで、新商品開発の責任者を務める執行役員・未来開発本部長の吉野真紀夫氏に聞いた。
29歳で東京から新潟へ移住
吉野氏はユニクロでデザイナーを務めたあと、スノーピークに転職した。
撮影:小林優多郎
「ファストではなく、じっくり、ゆっくりとモノづくりをしたいと考えたのが、スノーピークに転職した理由です」(吉野氏)
東京駅から上越新幹線で約2時間の燕三条駅。そこから車でさらに40分の位置にスノーピークの本社はある。
現在は全国から集まった600人を超える社員を抱えるスノーピークだが、吉野氏が入社した当時は、社員はまだ60人程度。ほとんどが地元・新潟県三条市出身だった。
その中で「ユニクロ」から転職してきた吉野さんは、異質なキャリアと言える。
吉野氏は都内のカバン専門店で約5年勤務した後、ユニクロを展開するファーストリテーリングに3年間勤務。当時、ファーストリテーリングは1994年の上場直後で、事業拡大のため積極的にデザイナーを採用していた時期だった。
「ユニクロでは徹底的なマーケティングとコスト管理がなされた上で、商品をデザインします。デザインする前に『このくらいの値段で、このくらい宣伝して、このくらいの量を販売したい』というデータがまずあって、そこに向けてデザインしていきます。爆発的に成長するブランドでデザイナーとして関われたことは、貴重な経験でした」
コスト管理と短時間でのデザインに追われる日々だったが、癒しとなったのが趣味のキャンプと釣りだった。
当時、スノーピークは釣り用品にも注力しており、吉野氏にとっては身近なブランドだったという。2003年にスノーピークの山井太社長(現・会長)と面談し転職を決めた。
「住み慣れた都内を離れ29歳の時に三条市に移住しました。転職してみたら周りの社員から『なんで東京からこんな田舎の会社に来たのか』と驚かれました」
ベストセラー「焚火台」に見るDNA
スノーピークのベストセラー「焚火台」。シンプルなデザインが特徴。
撮影:横山耕太郎
スノーピークでの製品開発は、ユニクロとは全く違っていた。
「スノーピークは何も決まっていないところから始まります。ユーザーの声を聞きながら、私達が欲しいと思うものをつくる。そして山井社長(現会長)にプレゼンする。マーケティングはしない分、すごくシンプルでもあります」
そんなスノーピークのモノつくりを象徴する商品が、ベストセラー商品「焚火(たきび)台」だ。
「例えば、ターゲットを絞った商品をつくろうとすると、色をつけたり、デコレーションしたりしたくなります。
焚火台はそぎ落とされたデザインで、モノとしての美がある。息が長いというのはこういう商品のことで、スノーピークのDNAを感じます」
焚火台は1996年に販売。当時はまだ、地面でそのまま焚き火するのが当たり前だった。地面に焚き木の跡が残ってしまう問題を解決するために商品化したが、発売から数年は見向きもされなかった。
しかし、次第に評判を呼び、今では焚き火には欠かせない商品となった。他のブランドも相次いで焚火用の商品を発売し、新たな市場を切り開いた。
ユーザーの声から生まれた「スノーピークの代名詞」
スノピークの代名詞と言われる「ランドロック」の現行モデル。
提供:スノーピーク
吉野氏が入社時、焚火台はすでにベストセラーに成長していたが、吉野氏も新しい市場を切り開くような商品の開発を期待されていた。
そこで吉野氏が取り組んだのが、リビング空間とテントが一体となった大型のテントだった。
スノーピークでは1998年から、ユーザーを対象にしたキャンプイベント・スノーピークウェイを始めた。当時の山井太社長を始め、多くの社員とユーザーが焚き火を囲んで商品についての感想を聞いた。
「ある年、イベントで焚き火をしている時に、ユーザーのご夫婦から『子どもが大きくなってきて、今使っているシェルターが手狭になってきたんです』という声を聞き、新商品を着想しました」
ユーザーらと社員による焚き火トーク。スノーピークのイベント「LIFE EXPO 2021」で撮影。
提供:スノーピーク
子どもの成長にも十分に対応できるような広い居住空間を確保するため、リビングルームとベッドルームの2つの部屋が1つとなった2ルームシェルターの開発が、この言葉をきっかけに始まった。
これまでに経験のなかった2ルームシェルターは、大型であるために風の影響も大きく受ける。そこで風に強いフレームつくりが課題だったという。
多くのフレームを使えば強度がでるが、組み立てが複雑になってしまうため、負荷を計算し、より少ないポールでより強度が出る設計を目指したという。
またテントから出入りしやすいように、開口部を大きく設計するなど細部にもこだわり、2009年に販売したのが「ランドロック」だ。
大人2人、子ども3人の家族が使えるサイズを想定し、全長6メートルを超える大型のテントで、当時の発売価格は12万9800円。当時は、他のブランドでは類をみない高額な値段設定だった。
苦境を救った、熱心な愛好家
ユーザーが参加するキャンプイベントは山井太前社長が企画した。吉野氏は「山井氏とユニクロの柳井氏、偶然一文字違いですがカリスマ性は同じレベル」と語る。
提供:スノーピーク
「商品を売ることを考えると、どうしても商品を売る小売店の声や、マーケティング調査で世の中の一般の声を聞くことになります。ただそれでは、市場にまだないような商品を生むことはできませんでした」
とは言えは、市場にはまだなかった6メートルを超えるサイズと、高価格のランドロックは、発売当初は全く売れなかった。
「開発者としてのパッションは伝えられたのですが、『値段は高いし、新しい形のシェルターは売れない』と言われました」
そんな状況を変えたのもまた、スノーピークのユーザーを集めたキャンプイベントだった。
「見たことがない形と金額のランドロックを、愛好家が使って『これ使ってみるとすごくいいよ』と口コミを広げてくれました。カタログでは興味を持ってもらえなくても、実際に目の前で使っている人がいると『めっちゃおもしろいテントだ』と評判の連鎖が起きました」
発売から2~3年が経ったころには、9月、10月の秋キャンプの時期には、キャンプ場がランドロックだらけになったと言い、いまでもスノーピークの代名詞にもなっている。
スノーピークの新作「ゼッカ」。
撮影:横山耕太郎
そんなスノーピークの最新作は、2022年4月に発売した28万円を超える「ゼッカ」。左右に二つの空間を配した大型の2ルームシェルターで、フロント面を大きく開けられるため、より風景を楽しめる設計になっているという。
吉野氏は「ランドロックと同じように、数年後にはキャンプ場を埋めるようになるはず」と期待を込める。
事業の多角化をもたらすリスク
「アウトドア」の売り上げが圧倒的ではあるが、事業の多角化を進めていることがわかる。
出典:2022年12月期 第1四半期決算説明資料
これまでコアな愛好者からの支持を受け、成長を続けてきたスノーピークだが、ここ数年は「キャンプギア頼み」の成長モデルからの脱却が鮮明だ。
中期経営計画などでは「衣食住働遊にそった体験価値・自然指向のライフバリューの提供」をうたい、その文字通り、アパレルからレストラン経営、住宅事業、オフィス環境整備、キャンプ場経営など多角化を推し進める。
もともとスノーピークでアパレル事業を担当していた山井梨沙氏が、社長を継承したことも、スノーピークの多角化戦略の象徴と言える。
ただ事業の多角化は、これまでスノーピークを支えてきた熱心なユーザー離れのリスクもはらむ。
スノーピークはポイント会員制度を設けており、その会員数は2022年5月現在で70万人。商品の累計購入額が増えるほど、ランクが上がるシステムを採用している。
累計30万円以上を購入した会員の割合は、会員全体の約6%だが、売り上げ全体の4分の1を占めるという(データは山井梨沙著『経営は焚き火のように』より)。
高価格帯のキャンプギアを購入してきた熱心な愛好家にしてみれば、キャンプの関係のない領域へ事業を拡大していくのは、必ずしも歓迎すべきことではないだろう。
「永久保証」の歴史
スノーピークは「品質に一生責任を持つ」として、製品を「永久保証」している。
撮影:横山耕太郎
激変するスノーピークだが、多くのデザイナーやクリエイターを束ねる吉野氏は、この変化をどう捉えているのだろうか?
「今はキャンプギアとアパレルのデザイナーは分けていますが、これからはそうした境目をなくしていきたい。従来の発想にとらわれずに、衣食住働遊という新しい領域で、スノーピークならではの知見を活かした提案をしたい」
吉野氏が強調するのは、これまでの歴史で育んできたモノづくりの姿勢を持ち続けることだ。
「スノーピークのキャンプギアは、『永久保証』です。商品を作る側からしたら、永久保証は本当に重いしばりで、レベルを満たさない商品には、スノーピークのロゴは入れられません。
創業から64年間続いてきた歴史や信念は変えずに、他分野にも乗り込んでいきたい」
事業を多角化しつつ、ファンに愛されてきたブランド力をどう保っていくのか?
この高い壁を乗り越えていけるのかどうか注目したい 。
(文・横山耕太郎)
編集部より:表現の一部を変更しました。2022年7月25日18:15