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スノーピークが熱烈ファンを生み出す秘訣。ユニクロ出身のデザイナーが語った信念

野真紀夫

スノーピークで製品開発の責任者を務める吉野真紀夫氏。

撮影:横山耕太郎

ハイスペックなキャンプギア(用品)メーカーとして知られるスノーピーク。

作業服大手のワークマンが1人用のテントを、超低価格の4900円で発売したことが話題になったが、スノーピークのエントリーモデルの用テントは3万円という価格設定だ。

また2022年に発売した最新作の大型2ルームシェルター「ゼッカ」は、28万8000円(税込)という驚きの高価格だった。

この強気な値段設定を支えるのは、 大規模モニター調査や競合他社の研究をするといったマーケティング調査はせず「自分たちが必要だと思う商品をつくり、新たな市場を開拓する」という製品開発にある。

スノーピーク「ゼッカ」の特徴を解説。

撮影:山﨑拓実

スノーピークの商品はどのように生み出されるのか?

元ユニクロのデザイナーで、新商品開発の責任者を務める執行役員・未来開発本部長の吉野真紀夫氏に聞いた。

スノーピーク…1958年、新潟県で金物問屋として創業。創業者の息子・山井太氏が1986年に入社し、キャンプ用品のブランド化を進め、96年には社長に就任。社名をスノーピークに変更した。2014年にアパレル事業を開始し、その後は住宅事業や飲食事業に参入するなど事業の多角化を進めている。2015年に東証一部に上場。2021年には山井氏の娘・山井梨沙氏が社長に就任した。2005年以降、16期連続の増益を達成している。

29歳で東京から新潟へ移住

ユニクロ

吉野氏はユニクロでデザイナーを務めたあと、スノーピークに転職した。

撮影:小林優多郎

ファストではなく、じっくり、ゆっくりとモノづくりをしたいと考えたのが、スノーピークに転職した理由です」(吉野氏)

東京駅から上越新幹線で約2時間の燕三条駅。そこから車でさらに40分の位置にスノーピークの本社はある。

現在は全国から集まった600人を超える社員を抱えるスノーピークだが、吉野氏が入社した当時は、社員はまだ60人程度。ほとんどが地元・新潟県三条市出身だった。

その中で「ユニクロ」から転職してきた吉野さんは、異質なキャリアと言える。

吉野氏は都内のカバン専門店で約5年勤務した後、ユニクロを展開するファーストリテーリングに3年間勤務。当時、ファーストリテーリングは1994年の上場直後で、事業拡大のため積極的にデザイナーを採用していた時期だった。

ユニクロでは徹底的なマーケティングとコスト管理がなされた上で、商品をデザインします。デザインする前に『このくらいの値段で、このくらい宣伝して、このくらいの量を販売したい』というデータがまずあって、そこに向けてデザインしていきます。爆発的に成長するブランドでデザイナーとして関われたことは、貴重な経験でした」

コスト管理と短時間でのデザインに追われる日々だったが、癒しとなったのが趣味のキャンプと釣りだった。

当時、スノーピークは釣り用品にも注力しており、吉野氏にとっては身近なブランドだったという。2003年にスノーピークの山井太社長(現・会長)と面談し転職を決めた。

住み慣れた都内を離れ29歳の時に三条市に移住しました。転職してみたら周りの社員から『なんで東京からこんな田舎の会社に来たのか』と驚かれました」

ベストセラー「焚火台」に見るDNA

焚火台

スノーピークのベストセラー「焚火台」。シンプルなデザインが特徴。

撮影:横山耕太郎

スノーピークでの製品開発は、ユニクロとは全く違っていた。

スノーピークは何も決まっていないところから始まります。ユーザーの声を聞きながら、私達が欲しいと思うものをつくる。そして山井社長(現会長)にプレゼンする。マーケティングはしない分、すごくシンプルでもあります」

そんなスノーピークのモノつくりを象徴する商品が、ベストセラー商品「焚火(たきび)台」だ。

「例えば、ターゲットを絞った商品をつくろうとすると、色をつけたり、デコレーションしたりしたくなります。

焚火台はそぎ落とされたデザインで、モノとしての美がある。息が長いというのはこういう商品のことで、スノーピークのDNAを感じます」

焚火台は1996年に販売。当時はまだ、地面でそのまま焚き火するのが当たり前だった。地面に焚き木の跡が残ってしまう問題を解決するために商品化したが、発売から数年は見向きもされなかった。

しかし、次第に評判を呼び、今では焚き火には欠かせない商品となった。他のブランドも相次いで焚火用の商品を発売し、新たな市場を切り開いた。

ユーザーの声から生まれた「スノーピークの代名詞」

TP-671

スノピークの代名詞と言われる「ランドロック」の現行モデル。

提供:スノーピーク

吉野氏が入社時、焚火台はすでにベストセラーに成長していたが、吉野氏も新しい市場を切り開くような商品の開発を期待されていた。

そこで吉野氏が取り組んだのが、リビング空間とテントが一体となった大型のテントだった。

スノーピークでは1998年から、ユーザーを対象にしたキャンプイベント・スノーピークウェイを始めた。当時の山井太社長を始め、多くの社員とユーザーが焚き火を囲んで商品についての感想を聞いた。

「ある年、イベントで焚き火をしている時に、ユーザーのご夫婦から『子どもが大きくなってきて、今使っているシェルターが手狭になってきたんです』という声を聞き、新商品を着想しました」

焚き木イベント

ユーザーらと社員による焚き火トーク。スノーピークのイベント「LIFE EXPO 2021」で撮影。

提供:スノーピーク

子どもの成長にも十分に対応できるような広い居住空間を確保するため、リビングルームとベッドルームの2つの部屋が1つとなった2ルームシェルターの開発が、この言葉をきっかけに始まった。

これまでに経験のなかった2ルームシェルターは、大型であるために風の影響も大きく受ける。そこで風に強いフレームつくりが課題だったという。

多くのフレームを使えば強度がでるが、組み立てが複雑になってしまうため、負荷を計算し、より少ないポールでより強度が出る設計を目指したという。

またテントから出入りしやすいように、開口部を大きく設計するなど細部にもこだわり、2009年に販売したのが「ランドロック」だ。

大人2人、子ども3人の家族が使えるサイズを想定し、全長6メートルを超える大型のテントで、当時の発売価格は12万9800円。当時は、他のブランドでは類をみない高額な値段設定だった。

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