ソフトバンクグループ傘下で、イギリス、アメリカでの新規株式公開(IPO)が計画される英半導体設計大手アーム(Arm)の近況を取材した。
REUTERS/Neil Hall
英半導体設計大手アーム(Arm)は、米画像処理半導体大手エヌビディア(Nvidia)による買収計画が「規制上の課題」(アームを保有するソフトバンクグループの発表による)に阻まれて失敗に終わり、2022年の船出を波乱の中で漕ぎ出した。
それでも、同社のレネ・ハース最高経営責任者(CEO)は過ぎてしまったことをふり返ることなく、長期化する半導体不足を何とか乗り切り、クラウドやネットワーク、自動車、IoT(モノのインターネット)向けの事業を強化していく方針を強調する。
Insiderの取材に対し、ハースはこう語る。
「(エヌビディア傘下入りの破談は)ふり返るようなことではまったくありません。私たちは現在のアームが好きだし、会社としての前進を考えたとき最高の位置取りをしていると考えています」
ソフトバンクグループによる買収(2016年9月、買収金額は310億ドル)以前、アームは現在より広い市場向けに半導体設計を行っていたが、それがいまや「まったく異なる会社」に変わったとハースは説明する。
高性能なチップが必要とされるクラウドや、機能安全(安全機能をあらかじめ組み込んで許容範囲の安全を確保すること)を求められる自動車など、特定市場向けの半導体設計を新たに生み出すことに重心を置くようになったからだ。
アームの大口顧客にはいま、クラウド市場シェア首位のアマゾン・ウェブ・サービス(Amazon Web Services)、シェア2位のマイクロソフト(Microsoft)が名を連ねる。
一方、アームを保有するソフトバンクグループは、アームを2023年3月末までに上場させる準備を進めている。
最新の状況変化として、英フィナンシャル・タイムズ(Financial Times)が7月18日、(主要閣僚の離反に続くジョンソン首相の辞任など)イギリス政権内の混乱を理由にロンドンでの上場計画を一時停止していると報じたことが挙げられる。
ソフトバンクグループは以前から、アームの顧客の多くが本拠を置き、テクノロジー企業にとって資金集めがしやすいアメリカでの上場を有力候補として挙げ、孫正義会長兼社長も「本命はナスダック」(ロイター、6月24日付)としてきた。
いずれにしても、同社はイギリスでの上場や最終判断について、「コメントを控える」(ブルームバーグ、7月19日付)としている。
英半導体設計大手アーム(Arm)のレネ・ハース最高経営責任者(CEO)。
Arm
そうした曖昧(あいまい)な状況に置かれたアームだが、交渉の先行きにかかわらず、直面する最大の問題は相変わらず半導体不足だ。
(製造装置や材料を供給する)サプライヤーがアドバンスト・マイクロ・デバイセズ(AMD)、エヌビディア、ブロードコム(Broadcom)、インテル(Intel)などの半導体メーカーに製品を出荷できなければ、アームも設計のロイヤルティ料金を受けとることができない。
アームの半導体設計はブレーキシステムなどに使われており、メーカーから出荷された製品チップを入手できなければ、完成品である自動車も当然出荷できない。
そんな厳しい状況の中でも、アームは成長を続けている。
同社が5月12日に発表した2021会計年度(2021年4月〜2022年3月)通期決算は、5G対応スマートフォンや自動車分野の成長が著しく、ロイヤルティ事業が前年度比20%増の15億4000万ドル(約2080億円)、非ロイヤルティ(ライセンス事業)は同61%増の11億3000万ドル、総売上高は同35%増の27億ドルと過去最高を記録した。
また、チップ出荷数も過去最高の292億個を記録し、半導体不足の影響がなければさらに大幅な記録更新が可能だったとハースは語る。
半導体不足は、自動車やコンピューターをはじめ世界中のサプライチェーンに壊滅的な打撃を与えている。
アップル(Apple)のようなエレクトロニクス機器メーカー、ゼネラル・モーターズ(GM)やフォード(Ford)などの自動車メーカーは軒並み、半導体供給不足に苦しんでいる。
一方、そのような半導体不足の中でも、半導体大手インテルは米アリゾナ州で2工場の新設計画を進め、ファウンドリー(受託生産)専業の台湾セミコンダクター・マニュファクチャリング(TSMC)は2022年第2四半期(4〜6月)に181億6000万ドル(約2兆4500億円)という記録的な売上高を記録している。
アームは今後、機械学習など高いパフォーマンスを要求されるタスクに対応するため、より電力効率の高い半導体設計の実現に注力していくという。
ハースによれば、自動運転市場の先行きに強気の見通しを持っており、車両の安全性はさらに高まっていくという。また、仮想現実空間を介したコミュニケーションの場として、メタバースにも成長のチャンスがあると見る。
「(大量のデータを高速処理する)ハイパフォーマンスコンピューティング(HPC)に対する需要、それに加えて電力効率に優れたコンピューティング機能に対する需要は、まさにそうした(自動運転やメタバースなどの)分野でかつてないほど高く、そこでシェアを拡大できるよう投資を続けていくつもりです」(ハース)
(翻訳・編集:川村力)