「メタバースの時代がやってくる」とベンチャーキャピタリストでアマゾン・スタジオの元戦略責任者であるマシュー・ボールは述べている。
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1992年、作家ニール・スティーブンスンが小説『スノウ・クラッシュ』でメタバースという言葉を初めて使ったとき、それはディストピア(暗黒の世界)的な未来都市という意味合いを持つものだった。現在は、インターネットにおける次の大きな進化、つまりデジタル世界をより物理的に表現したものを象徴する言葉として使われている。
また、著名なメタバース専門家のベンチャーキャピタリストでアマゾン・スタジオの元戦略責任者でもあるマシュー・ボール(Matthew Ball)も、2022年7月15日放送のポッドキャスト「Conversations With Tyler」で、メタバースについてホストのタイラー・コーウェン(Tyler Cowen)を相手にこう述べている。
「メタバースとは、大規模で相互運用が可能な3Dレンダリング画像を使ったリアルタイム仮想世界のネットワークです。1人1人が存在感を持ちながら、実質的には無制限の数のユーザーが持続的かつ同期的にその世界を体験ができるのです」
「メタバースは、現実の世界と並行して存在する仮想次元のことで、現実の世界ではできないことがたくさんできる上に、そこに現実世界が再現されていると、私は説明しています。そこで何ができるか、なぜできるか、何人参加できるかといったことには制限はなく、私たち全員が同時に参加できる世界なのです」
ボールの新著『The Metaverse: And How It Will Revolutionize Everything』 は、彼が過去5年間探求してきたテーマに焦点を当てたもので、2022年7月19日に発売されたばかりだ。
VR/ARデバイスはメタバースに必要ではない
メタバースにバーチャルリアリティの要素があるからといって、「メタバースによって私たちのやることすべてが3Dに移行するというのは誤解」だとボールは指摘する。そして、メタバースを現実世界に代わるものだと考えるのではなく、より豊かな社会性、より自然な表現、よりインタラクティブなコンテンツを実現しうるものと考えるべきだと強調した。
しかし、現在のウェアラブルAR技術は、メタバースの壮大なビジョンからはかけ離れており、快適性と機能性のバランスを取るのに苦労しているという。Snapchatの運営企業であるスナップ(Snap)が開発したAR対応のスマートグラスSnap Spectaclesを例に挙げ、わずか30分しか使用できず、装着時の視界は期待値よりかなり低い品質だとボールは述べた。
「バッテリーの寿命が驚異的に延び、量子コンピューティングが実現しない限りARスマートグラスのビジョンは実現しないと多くの人が思っています」とボールは説明する。しかし実際には、VR/ARヘッドセットのようなデバイスはメタバース体験に必ずしも不可欠なものではないと指摘した。
ボールは、一般的な人々がメタバースの恩恵を享受するには15年以上かかると見ている。しかし、ゲームプラットフォームRobloxのユーザーの大多数が子どもであることや香港の国際空港にはリアルタイムで旅行者を追跡する3Dシミュレーションがあることを考えると、メタバースの世界はすでに人々の間にかなり浸透していると話す。
終わりなき教育、出会い、ゲーム体験の充実
メタバースの世界がさらに充実した新しい次元に移行することで、今までの教育や出会いの経験などがこれからさらに進化し続ける、とボールは言う。今まで現実世界では物理的に実現不可能と思われていたものやコストがかかりすぎていたものが、仮想世界ではほとんどお金をかけずに実現できるという。
メタバースでは、現実世界でうまくいかなかった学習分野も、もっと楽しく探求できるようになるだろう。「探求心旺盛の人にとっては、そういう仮想環境を今までとは比べ物にならないくらい簡単に探し出せるようになります」とボールは言う。
未来の学生は、例えば教科書で物理を学んだり、宇宙飛行士が羽根やハンマーを月面に落とすのを見て学ぶ代わりに、さまざまな惑星の重力を模した大気中で実験を行い、重力を調節することができるかもしれない。
「あなたが小さくなり、マジック・スクールバス(訳注:絵本『フリズル先生のマジック・スクールバス』シリーズの中に出てくるスクールバス)に乗って人体の循環器を旅する、なんてこともできるようになるでしょう」
「私たちはよく、普通なら行けない場所に行って『もし自分が原子だったら?』『0.5秒後には潰されてしまうような場所にずっといられたら?』なんて素朴な疑問を持つことがありますよね。教育ではこういうことにこそ大きな意味があるんです」(ボール)
同様に、オンラインデートや人とのつながりの深さも、バーチャルな環境を通じて強化できるとボールは言う。特に、現実では見知らぬ人とデートすることを躊躇する人でも、デジタル空間であれば安心して交流することができる。
ボールは、バーチャル体験が物理的な交流に置き換わることはないものの、現実を拡張する可能性は信じていると言う。
ゲームの未来
ビデオゲームというと攻撃的なイメージがあるかもしれないが、意外にも任天堂の「あつまれ どうぶつの森」のように社会性や創造性に重きを置いたゲームの方が、実はシューティングゲームよりはるかに人気がある、とボールは言う。
ゲームをする子どもやティーンエイジャーは増えているが、これは必ずしも悪い傾向ではないともボールは言う。なぜならビデオゲームは、一人でテレビを見るような「孤独で受動的な」タイプの娯楽とは異なり、目的を共有し、チーム内で協力しながら迅速かつ戦略的な意思決定を行う方法をプレイヤーに教えてくれるものだからだ。
ゲーム開発者は、ユーザーに快適な体験を提供しようと思うものだ。中毒性や強迫性のある行動に合わせてフィードを最適化するソーシャルメディアとは違って、攻撃性の高いゲーム環境は厳しく取り締まられるだろう、とボールは言う。
「彼らの哲学、つまりゲームデザイナーが何十年も文化的にトレーニングされ、最適化していくものは、比較的静的で非人間的なアルゴリズムやSNSのプラットフォームがやることとは大きく違います。
もしインターネットが良い力を発揮するなら、メタバースの最前線にいる企業の哲学も、今よりもっと良いものになるんじゃないかと期待しています」(ボール)
完全な分散化はありえない
しかしボールは、メタバース世界で完全に分散化されたエコシステムは成立しないだろうと見ている。
「結局のところ、メタバースの基礎となるプロトコルがどれほど非中央集権的であっても、ブロックチェーンがどれほど普及しても、中央集権的な形態は多少残ります。習慣は強力だし、ブランドは力がある。なぜなら、そのブランドが持つ信頼、知的財産、エンジニアによる開発投資にかけられる収益と規模のサイクルがあるからです」(ボール)
将来的には特定のソフトやハードウェアのプラットフォームが影響力を増すとはいえ、その影響はより限定的なものになるとボールは考えている。また、また、SNS企業間の相互運用性に関するEUの法律など、現行法は私たちが思うほどメタバースの機能拡充の妨げにはならないだろうと、ボールは言う。
「複数の相手とやりとりする時、自分がサーバーを持っていない相手とは、基本的に同じレベルのセキュリティで情報をやりとりできません。だからこの先は、何が望ましい結果で何が技術的に実現可能なのか、といったことが課題になっていくでしょうね」(ボール)
(翻訳、編集・大門小百合)