日本でもベストセラーになった『GIVE & TAKE』の著者、アダム・グラント教授。
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職場での競争はかつてなく激しくなっており、経営者は優秀な従業員がより給与の高い仕事に転職しないよう確保するのに苦労している。
福利厚生や給与を充実させることはよく見られるインセンティブだが、従業員に離職を促す目に見える要因よりも、企業文化の方が10倍重要だ——そう語るのは、組織心理学者のアダム・グラント(Adam Grant)ペンシルベニア大学ウォートンスクール教授だ。グラント教授は7月半ば、ゴールドマン・サックスが主催した「10000スモール・ビジネス」サミットでこのテーマについて講演した。
「従業員の引き留めはどんどん難しくなっています。潜在的には世界中どこでも働く機会がありますから」
グラント教授はそう語ると、心をむしばむカルチャーを防止して従業員を引き留めるために企業が導入できる3つの実践的な方法を挙げた。
退職者面接ではなく「非退職者」面接を試そう
多くの企業は退職者面接を実施している。従業員が仕事のどんなところに不満をいだいていたかを知ろうというわけだが、それでは遅すぎるとグラント教授は言う。
そうではなく、経営者は「非退職者」面接を実施して、うまく行っているところとそうでないところを把握すべきだ。例えば、入社した理由や辞めないでいる理由を聞けば、離職を招く要因が見えてくるはずだ。
新入社員を対象に「入社者」面接を実施して、会社で仕事をしていて一番楽しいところ、目標、これまで出会った中で最悪の上司などについて聞いてみるのもいいだろう。そうすれば、良いところは見習って悪いところは反面教師にできる。
「こうすることで、従業員は自分が歓迎されていると実感できるでしょう。従業員の経験をカスタマイズすれば、離職防止につながります」(グラント教授)
しかし、単に率直なフィードバックを求めるだけでは、従業員が気兼ねしてしまうこともあるかもしれない。グラント教授は、リーダー自身が自分の欠点について話したり、チームに寄せられたフィードバックを読み上げたりして、リーダーに建設的な批判を受けとめる用意があると示すことを提案する。
「そうすれば、手遅れになる前にどこを改善すべきか(従業員から)意見が出る」ようになるとグラント教授は言い、あまり深刻にならずにこのプロセスを楽しむことを経営者に勧める。
古い習慣を振り返り、最善の方法を問い直してみよう
従業員からのフィードバックを受け取るようになると、改善点が見えてくる。
「最善と思っていた方法が、もはや存在しない世界に合わせて作られたものだという意見が出始めます」とグラント教授は言う。
最善と思っていた方法や以前からある習慣に頼るのではなく、「現在のビジネス環境でもこれらは効果的だろうか?」と問う必要がある。
解決策を見つける際には、会社を救うアイデアよりも「会社を殺す」アイデアを考えるといい、とグラント教授は言う。というのも、防御より攻撃の時のほうが従業員はクリエイティブになることに気づいたのだという。
「従業員はありとあらゆる未開拓の可能性を掘り下げ、物怖じせずに意見を出してきます。駄目なところを指摘するのが彼らの仕事ですから」(グラント教授)
組織が直面する脅威や機会は常に変わっていくため、これを少なくとも年に2回行うことをグラントは勧める。ただし、これがそもそも企業文化に組み込まれているのが理想だ。
仕事の質は職場の健全さによって決まる
コロナ禍が人々の仕事や私生活に打撃を与えたことで、職場では自社のやり方が従業員のメンタルヘルスにどんな影響を与えるかという点に目を向けるようになった。
「コロナ禍に良い面があるとすれば、メンタルヘルスは職場の健康の一部だということがにわかに認識されるようになったことでしょう。生活の質が低ければ仕事の質も下がってしまいます」(グラント教授)
従業員の健康を優先するには、組織の慣習を見直す必要がある。例えば、コロナ禍の初期にはオンライン会議の多さに従業員の多くがうんざりして、「Zoom疲れ」なる言葉が生まれた。
Zoom疲れを緩和するために、一部の会議でカメラをオフにすることをグラント教授は提案する。教授が引用したアリゾナ大学による研究では、カメラをオフにすることで疲労が緩和されることが示されたという。
また、リミットを設けないと従業員が燃え尽きてしまうおそれがある。メールやメッセージがひっきりなしに届いては、深い集中を要する仕事の妨げになるかもしれない。そこで、従業員もリーダーも、メールチェックや会議出席に使う時間を限定することを教授は提案する。
「リミットを設けるのは、自分の仕事をこなすためだけではなく、仕事に人生を奪われないようにするためでもあります」(グラント教授)
健康的な労働時間制限を設定した例として教授が挙げたのが、ヘルスケアコンサルティング会社のバイナミック(Vynamic)だ。同社は、平日夜間(午後10時から午前6時まで)と週末のメール送信を禁止する「Zメール」ポリシーを作ったという。
最後に、従業員が会社のパーパスとのつながりを感じられれば、燃え尽きのリスクは低くなるとグラント教授は言い、自身が行ったこんな実験結果を紹介した。顧客が従業員に対し、あなたのおかげでこんな影響があったと伝えたところ、週あたりの収益が171%増加したというのだ。
「自分がしていることにはどんな意味があるのか、従業員が理解できるように心がけてください。自分の仕事の背後にある、より大きなパーパスを可視化するようにするのです」(グラント教授)
(編集・常盤亜由子)